第11話 考察

 ラトリアが水と間違えて酒を飲んでしまい、俺の膝でぐーすか寝息を上げ始めてから三十分ほど経った後。

 見かねたアリーシャさんが、頃合いを見てラトリアを二階ではなく一階にある自室へと運び込んで行った。二日酔いになる可能性を考慮して、今日は一緒に寝るそうである。


「もう、水のすぐ傍にお酒を置くなんて迂闊ですよムサシさん」

「返す言葉もございません……まさか、そっちに手を伸ばすとは思わなんだ」


 リーリエに注意されて、俺はがっくりと肩を落とす。しかし……そうか。目測を見誤る位に、あの時ラトリアは緊張していたのか。ちと、悪い事をしちまったな。


「それで、どうしてムサシさんはあの質問を?」


 酒には口を付けず、アリアが静かに聞いて来た。それに、リーリエとコトハも小さく頷いてアリアに同調する。

 どうやら、俺が興味半分であんな質問をした訳じゃ無い事は、全員にバレていた様だ。


「……皆に単刀直入に聞きたい。強力な魔法が使えるとは言え、スレイヤーでもないラトリアが≪ガリェーチ砂漠≫まで一人で来れると思うか?」

「無理やね」


 俺の問いにコトハが即答する。まぁ、これは迷いようがない質問だな。俺も同意だし、リーリエとアリアもコクリと頷いた辺り同じ答えだった様だ。


「ラトリアさんが地形を変える程の大魔法を使うのは聞いています。しかし、だからと言ってドラゴンが跋扈するフィールドの中で長く生き続けられるかと言えば、それは疑問です。ムサシさんなら話は別でしょうが、ラトリアさんは成人しているとは言えスレイヤーでも何でもない、一般人だったんです。六曜を宿せし者エクサルファーという事を踏まえても、難しいかと」

「ですね。それに、ラトリアちゃんは今まで何度もあの魔法を使ってドラゴンを撃退してきたと言っていましたが、それはつまりその度に魔力切れを起こして意識を失っていたと言う事です。本人は“運が良かった”と言っていましたが、運だけで生き残れるのなら誰もドラゴンの餌食になんてなったりしません」

「だよなぁ……」


 リーリエ達の意見を聞き、俺は一つ息を吐いて天井を見上げる。

 俺達は、スレイヤーだ。その職業の性質上、人の生活圏から一歩出た先にある場所がどれ程の危険を孕んでいるかも熟知している。

 人の気配やニオイに敏感なドラゴン共が、意識を失って無防備に倒れているラトリアを放置する訳が無いのだ。仮に出会ったドラゴンをあの魔法で撃滅していたとしても、直ぐに安全圏へと移動しなければ第二、第三波がやってくる。

 それが出来なければ……戦う術があのハイパー燃費の悪い魔法だけのラトリアに待っているのは、ドラゴンか獣の餌と言う未来。

 しかしそう言った当り前の事を考えても、ラトリアが一人で≪ガリェーチ砂漠≫に辿り着き、俺達と出会ったのは事実。そこが、どうしても俺は気になった。


「ラトリア本人のあの様子を見る限り、あんま知られたくない事なんだろうな。どっから来たのかも、自分の素性も」

「せやね……これはうちが感じた事やけど、ラトリアはんはムサシはんが聞いた事に答えたら、って思ったんとちゃうやろか」

「ほう、何でそう思った?」

「んー……勘?」

「おま、いつの間にか俺みたいな事言う様になったな」


 そう言いつつも、俺はコトハが口にした事を否定はしなかった。

 今まで見て来た限り、ラトリアはあまり感情の起伏が激しい子だとは思っていなかった。しかし、俺が質問をした時……明らかに今までとは違う、強張った表情をしたのが分かった。

 それは、ここにいる全員が気付く位に分かり易い表情の変化だったから、その裏にある感情はかなり強い物だった筈だ。


「……ムサシさんは、どうするつもりなんですか?」


 コトハに突っ込みを入れていた俺に、リーリエが不安そうな声音で聞いて来る。多分、この件で俺がラトリアから手を引いたりしないかと気にしている様だが……リーリエよ、俺はそこまで薄情じゃ無いぞ?


「どうもこうも、これ以上こっちから追及はしねぇよ。人間誰しも、秘密の一つや二つを持っているのが当たり前。それが知れなかったからって、ラトリアの面倒を見ない理由にはならないさ……それに、あいつからはがしない。多少腑に落ちない点があっても問題無ぇ、と俺は思う」


 俺がそう言って肩を竦めると、リーリエはホッとした様子で胸を撫で下ろした。ま、リーリエからしたらラトリアはもう妹みたいなもんだろうから、見捨てる様な真似はしたくないって気持ちもあるんだろう。


「何て言うか、ムサシはんらしい豪気さやね」

「そうですね……あ、ムサシさん」

「どうした?」


 コトハの言葉に小さく笑ったアリアが、思い出したように口を開く。


「ラトリアさんにした二つ目の質問の意図は何です? ムサシさん達からラトリアさんを連れて来た経緯を聞いた時は、特に不自然だとは思いませんでしたが」

「あ、それ私も気になりました」

「うちもうちも」


 皆がそう口にし、六つの瞳が俺へと真っ直ぐに向けられる。よせやい、美人三人にそんな見詰められたらビンビン……よし、馬鹿な事は考えてないでちゃんと答えるか。


「あぁ、あれな。確かに理由としては真っ当だ。嘘でも無いとは思う……ただ、スレイヤーでもないラトリアが俺達のパーティーに入りたいって口にした理由にしちゃ、と思ってな」


 俺の言葉を聞いて、各々が少し思案に耽る。酒を飲んでいる時にこういう空気になるのは中々珍しい事だが、それ位全員がラトリアの事を気に掛けているという事だ。


「……こっから先は、少し踏み込んだ俺の予想になるが」


 そう前置きした上で、俺は≪ガリェーチ砂漠≫でラトリアと会話した時に感じた事を思い出す。


「ラトリアに“これからの身の振り方を考えといてくれ”って俺は言ったんだが、多分もうあの時にはラトリアの中でスレイヤーになるってのは確定路線だったんじゃねぇかな……順序はごっちゃになったが、正直俺達のパーティーに入るって事より、の方がラトリアにとっては重要な事だったんだと思う。あくまで、面と向かって話した上で俺が感じた事からの想像でしか無いがな」


 確固たる証拠は無い。しかし、俺の大した根拠の無い話を、リーリエ達が一笑に付す事は無かった。


「成程……多分ですけど、ムサシさんがそう言うなら当たってるんじゃないですかね」

「同感です。今まで、ムサシさんのそう言う予測が外れた事ってありませんから」

「基本百発百中やもんなぁ、ムサシはんの第六感とかそう言うのって」


 ……もしかして、俺占い師とかの才能アリ? いや、やんねぇけどさ。

 そんなしょうも無い事を考えながらも、ある程度話す事は話し終わり、俺は持っていたジョッキに入っていた酒を飲み干した。


「ふぅー……にしても、六曜を宿せし者エクサルファーで正体不明の魔法少女か。中々、濃い奴と知り合ったもんだなぁ」

「……む、ムサシさん? 魔法少女と言うのは一体……」

「あ、アリアには話してなかったっけ? ラトリアは魔導士ウィザードじゃなくて魔法少女らしいぞ、本人がそう言ってたから間違いない。気になるなら、明日以降にでも本人に詳しく聞いてみな」

「そ、そうします」

「あはは……」


 何気無く俺が口にした“魔法少女”と言う単語にアリアは困惑し、事情を知ってるリーリエが苦笑いをする。そうしていた時、不意にコトハがずいっと身を乗り出して俺に顔を近付けて来た。


「所で……ムサシはんに、ちょっと聞いておきたい事があるんやけど」

「ん、どうした?」

「さっき、ムサシはんは『人間誰しも、秘密の一つや二つを持っているのが当たり前』って言うとったけど、ムサシはんにもそう言う秘密ってあるん?」

「そりゃあるよ」


 例えば、俺の出身がこの世界とは別の世界だって事とかな! ただ、流石にこれに関しちゃそうそう人前で口に出来る事じゃない。いずれコトハ達には話したいと思うが……少なくとも、それは今じゃない。

 しかし、コトハの言葉にリーリエとアリアも興味津々と言った様子だ。このままだと、追及の手が来るかも。

 こういう時は、先手を打つに限る。


「何だ、気になるのか? じゃあ幾つか教えてやろう……まず一つ目。俺が普段リーリエ達と接してのをどうやって発散しているかだが――」

「!? む、ムサシさん、それは別に教えて頂かなくても結構です!」

「せ、せやね! かんにんやムサシはん、うちが変な事聞くから――」

「あ、私は気になります。ムサシさんって、普段使んです?」

「「ちょっ!?」」

「Oh……リーリエ、さては酔ってるな?」

「いえ、じゃんじぇん」

「嘘つけェ! 呂律回ってない上に顔赤くなっとるやんけ! 全く、真面目な話をしてたってのにいつの間に酒を……」

「しょれより! ムサシしゃんは一体誰でオ――」

「リーリエ! ストップ、ストップです!!」

「むぐぐ!」


 乙女が口にするには余りにもはしたないやべー単語を口走ろうとしたリーリエの口を、間一髪でアリアが塞ぐ。

 何かもう、コトハの言葉がトリガーとなり召喚されたむっつリーリエの影響で、若干シリアスだった空気は吹き飛んでしまった。まぁ、この位のノリの方が俺等らしいのかもな。


 そんな事を考えながらも、夜は更けていく。一先ず、今はラトリアという新しい仲間が加わったのを喜ぶに留めておこう。難しい事は、いつかまたって感じで。

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