第6話 六曜を宿せし者

 水晶から聞こえた音の正体、それは罅が入る音だった。そうして、あっという間に水晶全体へ罅が広がっていくのを見て、アリアが我に返り焦った声を上げた。


「っ! ラトリアさん、水晶から手を離して下さい!!」

「――!?」


 しかし、予想だにしない事態にラトリアの反応が一瞬遅れる。

 恐らくあれは、ラトリアが流し込んだ魔力に水晶が耐えられなかったのだ。限界を超えてしまえば、その先にあるのは過剰な魔力供給による――爆発。

 魔力無しなりにそれを予感した瞬間、俺は即座に動いてラトリアの前から水晶を奪い取った。それを両手で包み込むように握ると、両腕に力を漲らせる。


「よっ、と」


 焦らず騒がず、落ち着いて。俺は冷静に手で包み込んだ爆発寸前の水晶を、そのまました。

 手の中で暴れる魔力を水晶ごと握力と腕力で圧し潰すと、それまでの荒れ狂っていた魔力の奔流と光がしゅっと俺の手の中に消える。

 そうして十分に時間を置き、手中の水晶から何の力も感じなくなった時、ダメ押しとばかりに握り飯を握る要領で追加の圧縮を加え終わると、俺は漸く手を開いた。

 そうして爆発による周囲への被害を何とかゼロに抑えたが、結果として俺が握り潰した水晶は元の大きさの四分の一ほどになってしまった。


「ふぅ……全員、怪我は無いか?」


 俺がそう聞くと、リーリエ達はコクコクと首を縦に振る。それを見て、俺は一息ついてラトリアへと視線を向ける。


「ラトリアも、大丈夫か?」

「う、ん……あの、ごめんなさい……」

「ん? 何で謝る?」

「その……水晶、壊しちゃったし……みんなに、怪我させるところだったから」


 そう言ってしゅんと肩を落とすラトリアに、俺は苦笑しながら手を伸ばしてその頭をガシガシと撫でてやった。


「こんなん事故だ事故、誰も予想出来なかったよ。怪我人は出なかったんだから、そんな気にすんな……それよか、多分リーリエ達はラトリアに聞きたい事が沢山ありそうだから、答えられる範囲で答えてやってくれ。俺は魔法に関しちゃ門外漢だから、後ろから聞いとく」

「うん……」


 ちらりと後ろへと視線を向ければ、ハッとした表情で我に返ったリーリエ達が、慌てて俺達へと近付いて来た。


「ふ、二人とも大丈夫ですか!? 怪我は!?」

「見ての通り、無傷だ。アリア、悪いけど安全優先で水晶はぶっ壊させて貰ったぞ」

「え、えぇ。問題ありません……残骸は、こちらで預かります」

「ほいきた」


 俺は差し出されたアリアの手に、潰された影響で罅が歪な模様となり、閉じ込められた魔力が妙に妖しく光る水晶をポンと渡す。高密度に圧縮されたそれを、アリアとコトハはまじまじと観察していた。


「……普通、こんな事なるやろか」

「なりませんでしょうね。一体、どれ程の圧力をかけたのか……」

「これはこれで、一つの研究資料か何かになるんとちゃう?」

「ええ。学院に出来上がった経緯を説明すれば、嬉々として引き取ろうとするかと……形は、おにぎりですけど」


 アリアとコトハが話し合っている横で、リーリエはラトリアを椅子に座らせ、自分もその隣に腰を下ろした。そうして、出来るだけ緊張させない様にしながらラトリアへと問い掛ける。


「ラトリアちゃん……ラトリアちゃんが魔力測定を嫌がったのは、これが原因?」

「うん……」

「そっか……うん、そうだよね。確かにラトリアちゃんが六曜を宿せし者エクサルファーだって他の人達にバレたら、色々と大変だもんね」


 そう言って、リーリエは優しくラトリアの頭を撫でる。一撫でされる毎に、ラトリアの体から不安と緊張の色が抜け落ちて行くのが分かった。

 そこで、俺は頃合いを見てリーリエに気になっていた事を聞いてみる。


「リーリエ、その……えくさるふぁー? って何だ?」

「あ……えっとですね。“六曜を宿せし者エクサルファー”って言うのは、魔力属性八つの内、基本属性となる六つを人間の事です」

「……え、それめっちゃくちゃ凄くねぇか?」


 俺は率直な感想を口にする。記憶が正しければ、普通同時に扱える属性は二つから三つが相場だった筈だ。偶に四属性を持っている奴もいるらしいが、それは本当に稀である。


「はい。長い魔法史を見ても、六曜を宿せし者エクサルファーは数える程しか確認されていません。そしてそのいずれも、大魔導士アークウィザードと呼ばれる大魔法使いの領域に至った偉人ばかりです」

「ま、マジかよ……凄ぇなラトリア」


 俺が素直に感嘆の息を漏らすと、何故かラトリアの表情が少し曇った。はて、俺は褒めたつもりなんだが……これは、素直に喜べない事情があるって事か。


「良い事ばかりではありませんよ」


 俺の疑問に答える様に、背後からアリアが顔を出し、ラトリアの前に立つ。その表情は、少し厳しそうだった。


「少なくともここ百年、六曜を宿せし者エクサルファーの存在は確認されていません。もしラトリアさんが六曜を宿せし者エクサルファーだと周知されればそれだけで騒ぎになりますし……ほぼ間違い無く、学院のが動きます」

「……それは、不味い事なのか?」

「騒ぎの方はまだいいですが、問題なのは学院の方です。今名前を挙げた魔法科学研究部は……その、少し研究者肌が強い者達ばかりが在籍していると言いますか。実績はあるのですが、何分研究の為には多少のは厭わない者が多く、過去に何度もギルドからの是正勧告と行政指導を受けているんです」

「結構悪名高い所らしいどすなぁ、あの部門。うちもお父さんが思い出したように悪態吐いとるのを、何度か見とったよ」


 ……成程な。確かに、そんな場所に歴史的に見ても非常に希少な六曜を宿せし者エクサルファーであるラトリアの存在を知られるのは不味いな。下手すりゃ実験動物モルモットにされる可能性も大いにある。

 てか、そんな危なっかしい場所にラトリアを近付けられる訳が無い。となれば、自ずとこの先俺達が取らなきゃいけない行動は絞られてくる。


「……ラトリア、聞いてくれ」

「ん……」


 膝を付いてラトリアの正面に陣取った俺が、努めて優しく話し掛けた。俺の質問に対するラトリアの答え次第では、こっから先の動きが大きく変わる。


「ラトリアは自分が六曜を宿せし者エクサルファーだってバレるのが嫌で、俺達しかいないここで魔力測定を受ける事にしたって事でいいのか?」

「うん……」

「よし、取り敢えず俺達はラトリアが六曜を宿せし者エクサルファーだって言いふらすつもりは無いから、そこは安心してくれ」


 そこで俺は一旦ラトリアから視線を外し、他の三人をぐるりと見やる。皆、静かに首を縦に振った。


「で、ここからが大事な所だが……ラトリアは、スレイヤーになって俺達のパーティーに入りたいって気持ちは変わってないか?」

「え、っと……その……」

「あ、俺達に迷惑が掛かるかもとか言う面倒臭い事は考えなくていいからな」

「!? む、ムサシは人の心が読める、の……?」

「図星か……いいかラトリア。ここまで来て、そう言うのは無し。お前がどうしたいのか、本心で答えてくれ」


 もしここで、やはり俺達とは別行動をしたいと言われれば……そこで、終わりだ。それ以上、ラトリアの事には踏み込めないし、俺達で守ってやる事も出来なくなる。

 願わくば、ラトリアが最初の方針を変えていないといいんだが。それだったら、こちらとしても遠慮無く手を貸せるし、良からぬ事を考える輩から遠ざける事も出来る。

 暫く思案した後、ラトリアは小さく口を開いた。


「……ラトリアは、ムサシ達と一緒に、居たい。まだ、助けて貰ったお礼も出来てないし……独りは、ぃゃ」


 勇気を振り絞る様にしてそう紡がれた言葉は、最後の方は尻すぼみになってしまっていたが……大丈夫、俺の聴覚はしっかりとお前のを聞き取ったぞ。


「決まりだな。アリア、手続きを頼む」

「はい。魔力測定に関しては、スレイヤーになるのに問題無しという事で処理しておきます」

「すまんな。したらば……リーリエ、コトハ。実際にラトリアをパーティーに組み込んで動き始めるのは明日以降になると思うから、先ずはラトリアを拠点の≪月の兎亭≫に連れて行ってやってくれ。確か、まだ部屋空いてただろ?」

「そうですね。アリーシャさんには、私達から話しておきます」

「せやね。ほな行きましょか、ラトリアはん」


 コトハが手を差し出すと、ラトリアがそれを恐る恐る握り返す。その様子を見ていたリーリエが、思い出した様に俺の顔に視線を移した。


「あれ、ムサシさんはどうするんです?」

「俺は、今回の事を一応ガレオに通しておく。の意味も兼ねて、な」

「え……」


 俺がこの場に居る人間以外に話をすると告げると、ラトリアの顔が一気に不安気な色になる。が、俺はそれを払拭する様に笑いながらその頭にポンと手を置いた。


「心配すんな、ガレオはここのギルドマスターだ。十分信頼に足る男だし……何かあったら、きっと俺達の味方になってくれる。ここは一つ、俺が信じるガレオの事を信じちゃくれないか?」

「……うん、わかった」

「よし、いい子だ。そしたら、後はリーリエ達と一緒に行動してくれ。俺とアリアは、ギルドでやる事が全部終わったら合流する」


 そう告げると、ラトリアはコクリと頷く。

 話が付いた所で、俺達は別々に分かれて行動を始めた。さて、俺はギルドマスター様の所に向かおうかね。

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