第5話 ラトリアの秘密

≪ミーティン≫に帰ってこれたのはラトリアと出会い、≪ガリェーチ砂漠≫を発ってから四日後だった。

 帰って来るまでの間に、一先ずの方針は決まった。即ち、ラトリアにはスレイヤーの登録をして貰って、その後に俺達と一緒にクエストに行って実力の程を見せて貰う、って感じだ。

 と言うか、前情報の段階でどう考えてもソロでやらせるのは危な過ぎるので、必然的に保護者的立場の人間……俺達の存在が必要不可欠なのだ。まさか、ここまで来て全く面識のない赤の他人に任せる訳にもいくまいよ。

 そうして、≪ミーティン≫に帰って来た俺達は寄り道せずに真っ直ぐにギルドへと向かった。そして、今俺達の前にはテーブルに向かって書類を書いているラトリアの姿があった。


「むー……」

「何処か分からない所がありますか、ラトリアさん?」

「ここ」

「そこはですね……」


 眉を八の字にして悪戦苦闘するラトリアの隣で、それをアリアが優しい声音で補佐する。

 最初、ラトリアを連れて来た時は驚いた顔をしていたが、事情を話すと快く手続きの準備をしてくれた。暫くすると、全て記入し終わったのかアリアがラトリアから書類を受け取り、一通り目を通している……その時、アリアの目が少し細められた。


「……はい、大丈夫です。そうしましたら、魔力測定の準備をしますのでここで待っていて下さいね」

「ん……わかった」

「それとムサシさん。ちょっとこちらへ……少し、お話が」

「おっけ……リーリエ、コトハ。ラトリアを頼む」


 俺が席を立ち目配せすると、リーリエとコトハは小さく頷く。こういう時、互いにようになったのは、それだけ仲が深くなった事の証かね。

 そんな事を考えながら一階ホールの目立たない隅まで行くと、アリアが声を潜めながら話し掛けてきた。


「ムサシさん、ラトリアさんの事で少し気になる事が」

「何だ、書類の一部に不自然な点でもあったか?」

「その通りです……ここを」


 アリアが指差したのは、書類の項目の一つ……出身地を書く欄だった。普通、地方から出て来た奴にしろこの街出身の奴にしろ、特に気にする事も無く書ける箇所だが……。


「……空欄、だな」

「はい。それと、自分の属性を書く箇所も空欄です。他の部分は問題無く書けているので、この二ヶ所だけが空欄なのが少し気になりまして」

「成程ね。属性に関しちゃ魔力測定でどの道分かる事だが、それでもここに書きたくない理由でもあるのか……あれ、俺の時ってどうしたんだっけ?」


 ふと、俺は自分がスレイヤーになった時の事を思い出した。ラトリアが書かなかった箇所は、俺が箇所でもある。

 なんつったって、俺は魔の山育ちで魔力無しの男だからな。厳密に言ったら、この世界の生まれじゃないから本当の出身地なんて書ける訳無いし。


「ムサシさんの時は、空欄のまま申請しましたね。特に問題も無く処理されていますから、恐らくギルドマスターがを加えたかと」

「あー……成程な。今回のラトリアの場合だと、その二ヶ所は絶対に埋まってないと駄目なのか?」

「そうですね、基本的にはきちんと全ての記入箇所を埋めて貰わないといけません」


 そりゃそうだよな。役所に出す書類に記入漏れがあったら受け付けてなんか貰えないし、まさか俺の時みたいにガレオに手を打って貰う訳にもいかんし……。


「――ただし、が居れば話は別です」


 俺が眉間に皺を作り、どうした物かと考えているのを見透かした様にアリアがスッと眼鏡を指で上げた。


「もし何かしらの理由で記入出来ない箇所があったとしても、その人物の身元を保証してくれる人物が居るのならば、問題は解決します。当然、保証人はきちんと自分の身分を証明出来る人に限られますが」


 アリアの補足を聞いて、俺はピンとくる。多分、俺の時はケースが特殊過ぎて使えなかった手段だ……なーるほど、だったらやる事は簡単でっせ。


「アリア、ラトリアの保証人を俺にして申請出来るか?」

「はい、問題無く。ムサシさんだけでなく、ワタシ達全員が保証人になれば、誰も文句を付けて来る人などいないでしょう」


 そう言って微笑むアリアに、俺は何だか申し訳ない気持ちになる。ただでさえ、クエストの兼ね合いで会えない日も多いのに、文句一つ言わずにこうした突発的な状況にも対応してくれるし……。


「……なぁ、アリア。俺に何かして欲しい事とか、ないか?」

「? どうしたんですか、突然」

「いや、その……色々と負担かけてるし、顔合わす時間もリーリエとコトハに比べて短いからさ……」


 ガシガシと頭を掻きながらそう話す俺に、アリアは一瞬ポカンとした顔になる。そんなに意外だっただろうか。

 いや、俺としては恋人である三人には出来るだけ平等でありたいと思っているんだが、どうしてもその時の行動次第で完全に平等になんて無理な訳でだな。

 どうにも口が回らずに言いあぐねている俺を見て、アリアは小さく笑ってからつい、と顔を俺に近付けた。


「――でしたら今度、夜空の散歩に連れて行ってください。ワタシの心を奪った、あの時みたいに。ムサシさんの都合が良い時で構いませんので」


 そう言って、アリアは俺から離れる。そして、「追加の書類を取ってきます」と言い残して受付カウンターの方へと向かって行った。


「……早めの方が、いいよな」


 俺は軽く頬を掻きながら、ポツリとそう呟きリーリエ達が居る場所へと戻って――。


「じー……」

「じー……」

「……?」


「何でわざわざ覗きに来るんだよ……ほれ、戻るぞ戻るぞ!」


 ◇◆


 ラトリアの保証人になる話は、リーリエもコトハも二つ返事で了承してくれた。その後、保証人になる俺達が書かなきゃいけない書類も書き終わって、魔力測定の時間がやって来たのだが……。


「……うぅ」


 測定用の水晶を前にして、ラトリアの表情があからさまに曇った。


「ラトリアちゃん、大丈夫?」


 明らかにおかしいその様子に、リーリエが心配そうにラトリアの肩に手を掛けた。それを見守るアリアとコトハも、何か思う所がある様だが。

 それ等の様子を見て、俺は膝を付いて視線の高さをラトリアに合わせた。


「ラトリア、魔力測定これをちゃんとやらないとスレイヤーになる為の手続きを完了させられないんだ」

「……うん」

「つまり、きちんとこのプロセスを経ない事にはラトリアはスレイヤーになれないし、俺達のパーティーにも入れない」

「っ……」


 俺の言葉に、ラトリアの肩が微かに跳ねる。ちょ、ちょっと怖く言い過ぎちまったか……しかし、俺は別にラトリアを虐めたい訳じゃ無いぞ、本当だぞ!


「……ここじゃなくて、別の場所だったら出来るか? 例えば、今ここにいる俺達しかいない部屋で、とかだったら」


 そう言って、俺はチラリと周りへ視線を遣る。

 衝立一枚隔てているとは言え、ここは真昼間のギルド。その中でも、一番人の出入りが激しい一階ホールだ。ラトリアに何か事情があるとすれば、これだけ人が多い場所で魔力測定……突っ込んだ事を言えば、扱える属性について不特定多数に知られたら不味い理由があるのかもしれない。

 そう言った可能性を考えながら、俺はラトリアの言葉を待つと――やがて、その小さな口が開いた。


「……わかった。ムサシ達だけなら、大丈夫」

「決まりだな。アリア、今空いてる部屋どっかある?」

「ええ、ありますよ。皆さん、こちらへ」


 話が纏まると、アリアが俺達をホールを抜けた廊下の先へと案内する。暫く歩いて行けば、幾つか扉が並んでいる通路へと辿り着き、アリアがそのうちの一つのドアノブを回し、中へと俺達を案内した。


「ここは、ギルドの建物内に幾つかある会議室の一つです。周りに人気もありませんし、会議内容が外に漏れない様に、物理的・魔法的対策が施されていますから、外部の人間に聞かれる事も無いでしょう……では、ラトリアさん」

「ん……こう?」


 部屋の中央にあった大きめのテーブルにアリアが水晶を置き、ラトリアがそれに手を翳す。そうして魔力を注がれた水晶は、ラトリアの持つ属性の色を――。


「えっ!?」

「……うそ」

「これ、は……」


 現れた色を見た時、リーリエ達が驚愕の声を上げる。俺はと言えば、水晶が放つに目を奪われていた。

 ――火・水・雷・土・風・氷。基本属性六つのそれぞれを象徴する色が入れ代わり立ち代わり、荒れ狂う嵐の如く眼をく様な光を水晶の中から放っていたのだ。



「……“六曜を宿せし者エクサルファー”」



 呆然とリーリエがそう呟いた時、ラトリアの魔力が流し込まれていた水晶からと不穏な音がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます