第50話 VS. 斬刃竜ハガネダチ Final.Stage
【Side:ムサシ&リーリエ&コトハ】
雨粒を引き裂きながら、コトハの
ギインッッ! という甲高い音と共に激しく火花が散る。その火花が地面に落ちるよりも速く二撃目が再び交錯した。
今迄の様に頭角の側面を打ち払うのではなく直接刃と刃を合わせたので、発生する火花の量も尋常では無い。しかし、そこから本来発生する筈の斬撃波が生じる事は無かった。
それは、ハガネダチの剣閃にムサシの妨害によって
揺らぎ無く正確に振るわれていたからこそ、ハガネダチの一撃は本体による攻撃とは別に斬撃波と言う便利な副産物を得る事が出来ていたが、本来の鋭さが僅かでも狂うとあっという間にその岩壁すら斬り裂く余波は発生しなくなる。
今までの戦闘からそれを理解していたコトハは、
であれば、わざわざ弾く必要は無い。雷による
「ハァッ!!」
「グルアッ!!」
が、ハガネダチとてただ悪戯にこの状況を許すつもりは毛頭無い。自分の
しかし、幾ら強く振ってもムサシのホールドが外れる事は無かった。縦に動かして空へ放り出そうとすれば、逆にムサシの人ならざる膂力で自分の動きが更に阻害される。
それを学習したハガネダチは、尻尾の振りを横にのみ限定する。この場所は土に埋まった骨やそれが砕けた骨粉が混ざり合い、踏ん張りが効き辛い場所。加えて、今は雨が降っているので尚の事滑る。
如何にムサシと言えど、その状態で尻尾を横に振り回されれば、ドラゴンと人間にある大きな差……体重差による横スライドを完全に打ち消す事は出来ない。
それでも、ムサシの足は地面から離れない。ハガネダチの苛立ちは、募るばかりだった。
「このやろっ! 他人様をおもちゃみてぇに振り回すんじゃねえ!!」
バリバリと地面を抉り飛ばしながら、右に左に振られるムサシが悪態を吐く。が、口ではそう言いつつも腕によるロックは決して外さない。
自由自在に伸縮する尻尾を抑えながらも、ムサシは頭をフル回転させる。
もう一歩。もう一歩、ハガネダチの動きを制限したい。今の時点で既にあれ程正確無比で強烈だった剣を鈍らせる程にハガネダチは動きを阻害されている。
しかし、恐ろしい事にそれでもハガネダチは頭角を振るうスピード自体は落としていない。ムサシを振り解こうとする一方、コトハの攻撃にも対応する。
コトハが弱い訳では無い、このハガネダチが異常過ぎるのだ。だから、より速さと重さを増したコトハの苛烈な連撃も捌く事が出来る。
このままだと持久戦になる訳だが……それでは、駄目だ。如何にコトハと言えど、スタミナ勝負ではどう頑張っても勝てない。人間とドラゴンでは、そもそもの体力が全く違うからだ。
かと言って、リーリエに【
(いや……待てよ?)
その時、ムサシの頭に天啓とも言える閃きが走った。だがそれは、まともな人間であれば思い付いてもまず実行しようとは思わない無茶苦茶な作戦だ。
しかし、
「リーリエッ!
その言葉に、一瞬リーリエは自分の耳を疑う。バチバチに
が、この荒れ狂う激戦の中での迷いは許されない……困惑しながらも、リーリエは
「っ!? ぐ、【
その詠唱と共に、ムサシの足元に黒い魔方陣が出現する。
それに白の魔法文字が刻まれた瞬間――ズンッ! と言う地面が圧し潰される音と共にムサシの両足が膝付近まで地面の中に沈み込んだ。
「グガァッ!?」
「うはっ、こりゃスゲぇ!」
今迄何度も目にしてきた重力の雨。それを全身で受けながらも、ムサシは自分の思い付きが功を奏している事を確認して、大きく笑った。
ムサシの閃き。それは【
普通は、こんな戦法は通じないし出来ない……リーリエが使う【
加えて、【
当然、それを理解していないリーリエでは無い。それでも躊躇無く魔法の行使に踏み切ったのは、相手がムサシだったから。
ドラゴンを素手で殴り飛ばし、攻撃を食らってもケロリとした顔をする超人的な肉体を持つムサシがそうしてくれと言ったから、リーリエはそれに応えたのだ。
その結果どうなったか。ムサシは初めて体験する超重力に晒されながらも、尻尾をホールドしながらしっかりとその意識を保ち体を維持している。
そしてその思惑通り、膝まで地面に食い込んだムサシの体は強烈な拘束力を発揮し、ハガネダチの尻尾をその場にガッチリと縫い付けた。
ハガネダチは強さを増した己の身を縛る拘束を振り解かんと、必死に尻尾を振るう。しかし、最早ムサシの体はビタリと地面に固定され、横スライドすらしなくなっていた。
それどころか、ムサシは無理くり体を動かして尻尾を抱えたままじりじりと後退していく始末。当然、ハガネダチの身体はそれに引っ張られる形となる。このまま尻尾が限界を超えて伸び切ってしまえば、最早碌な動きもとれなくなってしまうだろう。
仮に尻尾を元通り繋げて本来の形に戻しても、動かす事は叶わない。もし逃れるならば、ムサシを殺すか魔法を行使しているリーリエを殺すかしなければならなかった。
「
「グッ、ガッ!!」
ムサシとリーリエが作り出したこの状況を、コトハは見逃さなかった。
先刻よりも更に鈍ったハガネダチの剣閃を打ち払い、怒涛の勢いで
このままでは
その視線の先にあるのは、憎きムサシの姿……では無く、自分自身の尻尾があった。そしてハガネダチは躊躇する事無く――その足枷となってしまっている尻尾に、己の頭角を振り下ろした。
「んなっ!?」
その行動を目にした時、ムサシの口からは驚嘆の声が漏れる。
文字通りの、
分離した体節、伸縮するその柔らかい部分を頭角はあっさりと切断する。鮮血が噴き出すと同時に腕の中にあった抵抗が消えて行くのを感じて、ムサシは舌を巻いた。
己の身体の一部であり、同時に強力な武器でもある尻尾を失おうとも、生きる事を優先するその強烈な生存本能と執念。
「強ぇなあ……だが」
自分の策を予想だにしない方法で崩されながらも、ムサシは口角を釣り上げて嗤った。何故なら、ハガネダチが後ろを振り向いた段階で――コトハの纏う空気が変わったのを、しっかりと視ていたからだ。
そのコトハは、ハガネダチの注意が自分から逸れた瞬間に【
ゆっくりと辺りの景色が流れて行く中、コトハは思考を巡らせる。
――ここが勝負所。自分からハガネダチの意識が完全に逸れた今が、最大の好機。だが、今まで通りではこのチャンスを活かし切る事が出来ないかもしれない。
(確実に、コイツを今この時を以って殺す。その為には……アレを使うしか、あらへん)
【
それは、かつて敬愛する父が用いていた雷属性の極地たる魔法。成功すれば、確実にハガネダチを屠る自信はある。
しかし、コトハは今までその魔法を使いこなす事が出来なかった。父が健在だった頃から何度も練習していたが、上手くいった試しが無い。
だが、父は言った――『お前ならいつか使いこなせる』。父が言ったその“いつか”は、今この時を置いて他に無い。
加速する思考の中で、コトハは目を閉じて魔法を組み上げて行く。
やるしかない、やらなければいけない。
コトハの足元に、金色の魔方陣が出現する。バチバチと不安定に迸る雷を肌で感じても、コトハは目を開かない。
脳裏に、次々と家族の姿が蘇っては消えて行く。誰も居なくなったと思った時、不意に心の中のコトハの肩を、見覚えのある大きな手と、二人分の女性の手が背後からそっと掴んだ。
振り返れば、そこにはムサシ、リーリエ、アリアの姿があった。その三人が、しっかりとコトハの体を後ろから支える。
それが、コトハの中にあった不安を根こそぎ取り払っていった。同時に、魔力の乱れがピタリと収まる。
カチリ、と脳内に音が響く。それは、コトハが一つの壁を乗り越えた証。
バチンッ! と一際大きな音が雨音を斬り裂き辺りに響き渡る。同時に魔方陣が強烈な光と雷を迸らせ、
魔法によって形成された金色の刃は、【
ハガネダチを強烈な悪寒が襲い、半ば反射的に背後に向いていた頭部を一気に振り戻し、その勢いを殺さずにコトハへと頭角を振るう……だが、もう遅い。
「いったれ、コトハァッ!!」
「いって下さい、コトハさんッ!!」
ムサシとリーリエの叫びと共に、コトハはカッと目を見開く。緋色の瞳が自らに迫る凶刃を捉えたが、心は全く乱れなかった。
「――【
詠唱と同時に、巨大な雷の刃を纏った
――キィンッ――
全てを断ち切る必殺の一撃。そこから生じたとは思えない程、澄んだ清らかな音が一筋、辺りに木霊する。
その音が鳴った瞬間……ハガネダチの頭部にあった筈の紫紺の剣は、その姿を消していた。
まるで永遠を思わせる一瞬。しかし、コトハの動きはその中にあっても止まらなかった。
鮮やかに斬り飛ばされた頭角が天高く舞い上がると、コトハは
様々な想いが去来して行く中で、コトハは一瞬たりとも迷わずに、重力と遠心力を乗せた金色の刃が煌めく
広がる静寂。ムサシもリーリエも、口を開かなかった。
一拍置いて、ザンッ! と言う音と共に空から何かが降って来て、離れた場所へと突き立った。
長大で、鋭利で、今まで幾人もの血を吸って来た人斬りの魔剣。長い年月の果て――遂に叩き斬られたハガネダチの頭角が、地面にその剣先を深々と突き刺し、沈黙していた。
そして聞こえる、ずるっと言う生々しい音。己の得物が完全に失われたのを見届ける様にして、目を見開いたままのハガネダチの頭部が……地面へと、落ちた。
釣られるようにして、残った巨躯もゆっくりと地面へと横たわる――完全な、死だ。
「……やったな、コトハ」
そう口にしたムサシは、切り離された尻尾の残骸を手放して空を見上げる。
曇天を斬り裂く様にして出来た一本の筋。そこから差し込む陽光が、血塗られた過去に終止符を打ったコトハを優しく包み込んでいく……冷たい雨は、止んだ。
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