第51話 復讐道の終わり
天からの祝福……ってのは大袈裟かもしれないが、雲間から差し込む陽光は雨に体を濡らした俺達をその温かさを以って確かに包み込んでいた。
地面から両脚を完全に引き抜き、俺はゆっくりとコトハの元へ向かう。リーリエも、同じ様に静かに歩を進めていた。
ザスッ、とコトハが手にしていた
「……終わった……終わったよぉっ……!」
手の間からはらはらと零れ続ける雫が、光を反射してきらりと光る。止めど無く涙を溢れさせるコトハの隣に片膝を付いて、その頭をガシガシと撫でた。
「お疲れさん。掛けるべき言葉は色々あるんだろうが……ま、今は好きなだけ泣いとけ」
「うん……うんっ……!」
俺の言葉に、コトハは手で何度も涙を拭いながら頷く。
万感の思い、と言う一言では片付けられまい。家族と故郷を失い、八年もの歳月を掛けて歩んで来た復讐の道……その終着点に、漸く辿り着いたのだ。
一体どれ程の感情がコトハの中に湧き上がっているのかは分からない。ただ一つ言えるのは、そこにもう肌を焦がす程の憎悪は無いと言う事だけだ。
「さて……リーリエ、コトハを頼む」
「はい」
立ち上がりながらそう言った俺に、リーリエは静かな声で頷く。
コトハがぽつぽつと漏らす言葉に耳を傾けながら、その背中をさするリーリエ達から視線を外して、俺は物言わぬ亡骸と化したハガネダチの頭部を見下ろした。
コトハが最後の瞬間、初めて使って見せたあの魔法。
その威力は、見ての通りである。頑丈さという点においては右に出る物無しの
それを、一番厚みがある根元の部分から断ち切っている。切断面はバリ一つ無く、光を反射するそれはまるで鏡面の様だ。
だが……もしかするとあの魔法の行使は、コトハにとって博打だったのかも知れない。じゃなきゃ、最初に≪カルボーネ高地≫で戦った時、既に使用していた筈だ。
しかし、あの場でコトハが使ったのは【
つまり、あの魔法の行使には凄腕のコトハですら苦戦する程の技術と腕前が要求されると考えられる。事実、最初に現れた魔方陣は素人目線で見てもかなり不安定だった……もしかすると、成功させたのはこの場が初なのかもしれない。
脳裏に蘇るのは、かつて
「全く、大した胆力だよ」
リーリエの魔法で、戦う上で大きな足枷と化した俺に完全にハガネダチの注意が向いたその一瞬。それを見逃さず、使い慣れた
しかもそれをきっちり成功させているのだから、やはりコトハの実力と言うのは紫等級と言って差し支えないモノだ。
更に驚くべきは、最後の攻撃を一ノ太刀で終わらせなかった所だ。頭角を斬り飛ばした勢いをそのままに、跳躍からのニノ太刀を続けざまに叩き込んだのは見事だった。
アレは、魔法だけで成り立たせる事が出来る芸当じゃない。偏に、コトハの類稀なる身体能力、感覚網、戦闘経験、執念……そして『次では無く、今この瞬間に
「“The future starts today, not tomorrow.”、か」
“未来は今日始まる。明日始まるのではない”――偉い人は、良い事言うもんだねぇ。
空を見上げて一人そう考えながら、俺は解体用ナイフを取り出してハガネダチの亡骸に向き合った。
◇◆
ハガネダチの解体が終わり、
長居をする必要も無いので、早々に俺達は魔の山を後にする。そうして、今は夕日が照らし出すなだらかな丘陵地帯を、≪ミーティン≫に向けてストラトス号を走らせていた。
「……二人とも、よく寝てんなぁ」
ストラトス号を牽引しながら、俺はちらりと後ろを振り返る。
車内では、リーリエとコトハがお互いに肩を寄せ合い背もたれに体を預けて静かに寝息を立てていた。
当然であるとは思う。厳しい環境下での登山からの激戦、それが終わってからの下山……ぶっちゃけ、とんでもなくスタミナを食う強行軍だった。
悪鬼の様なあのハガネダチを討伐した事で、今まで張っていた緊張の糸が切れたというのもあるのだろう。
疲労困憊の二人を起こさない様に、俺はこれまでとは打って変わって出来るだけ車体を揺らさない様に注意しながら走っていた。
それ故に、巡航速度もかなりゆっくりめである。≪ミーティン≫までのルートも、最短距離で行くと中々の荒れ地を通らなければいけないので、少し遠回りにはなるが比較的起伏が少ない今のルートを使う事にした。
ま、もう急ぐ必要も特に無いしな……ああでもアレか。≪ミーティン≫に着いたら二人を≪月の兎亭≫に下ろしてからギルドに行かんとな。俺等を送り出してくれたガレオには出来るだけ早く報告しねぇといけねぇし。
「報告書作成はアリアに手伝って貰うか……絶対そっちの方が早く終わるだろうし」
俺がそう独り
「ん……ムサシはん、今どの辺り?」
目を覚ましたのは、コトハだった。声がぼーっとしてる当たり、大分寝ぼけている様だ。
「正確には分かんね。でも、まだ結構かかると思うぞ」
「そうなんや……」
「おう。今日はどっかで野営する事になるだろうけど、まだ先の話だからもう少し寝てていいぞ」
「うん……」
そう言うと、また後ろからもぞもぞと音が聞こえる。俺が毛布代わりに貸した紫金のマントをリーリエと自分に掛け直しているのだろう。
……アレ? 俺、あのマントをマントらしく使ったのって一回も無いんじゃね? ま、まぁええやろ。細かい事は気にしない!
「……ムサシはん」
「ん?」
「ありがとう」
何が、と聞き返す必要は無いだろう。コトハが何に対して言ったお礼かなんてのは、大体分かる。だから、俺は深く考える事も無く言葉を返した。
「おう。後でリーリエとアリアにも言ってやれ……ああ、ゴードンさんにもだな」
「うん……」
その会話を最後にして、再びコトハは眠りについた。俺も意識を運転に集中させ、眩しい西日を受けながらストラトス号を走らせて行く。
「……ムサシ、はん」
さて、どの位進んだ所で夜を明かそうか……そう考えていた時。ポツリとコトハが俺の名を呼んだのと、その後に漏らした一言を俺の聴覚がハッキリと聞き取る。
「――すき」
思わず、つんのめりそうになった。
ただの寝言だっつーのは分かる。それでも、ちょっと心臓に悪いっすよコトハさん!
「……いや、まさかな」
ふっと心に思い浮かんだ事を、俺は頭から振り払う。流石に、誰かれ構わず好かれるなんて自惚れちゃいない。
恐らく、今日に至るまでの色んな事を踏まえた上での“すき”なんだろうな。
うんうんと自分で納得し、俺は再度運転に集中する事にする。
しかし、寝言と言うにはやけに澄んだ声音だったのが少しばかり引っ掛かった。そして、何故それが自分の心に引っ掛かったのか……良く、分からなかった。
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