第49話 VS. 斬刃竜ハガネダチ 10th.Stage
(……あっぶねぇぇええええええ!!)
ギリギリセーフだった。あと一歩遅かったら、コトハはハガネダチの凶刃に斃れていたかもしれん。
ヴェルドラを倒した後、全速力で地下から駆け上がって来た訳だが、通路が蟻の巣ばりに張り巡らされてたもんだからここに来るまでにエライ苦労した。
が、ハガネダチのニオイが血のニオイとセットで流れて来ていたので、迷う事無く最短ルートで来れたのは幸いだったと言える。お陰で
しかし、途中からかなり登らされてるなと感じてはいたが、まさかほぼ魔の山の天辺に当たる場所に出るとは思わなかった。
一瞬、辿り間違えたかとも思ったが、眼下に映った絶体絶命の状況を見て、やはり俺の鼻は間違っていなかったと知る。
辿り着くとほぼ同時に自分の体を弾き出し、やらかそうとしていたハガネダチを蹴り飛ばせたのは上々だった。
ただ、あともう少し遅かったらと考えると……ゾッとするな。
「む、ムサシ……はん?」
「おう、俺だぜ。立てるか?」
「っ、うん!」
呆然としていたコトハだったが、俺の言葉を受けて弾かれたように体を起こすと、
一瞬瞳に映った諦観が気掛かりだったが、俺が跳び蹴りを入れる直前に
「リーリエも大丈夫か?」
「あっ、はい!」
コトハが居た場所よりも後ろで尻もちをついていたリーリエが、ハッとした様に立ち上がりこちらへと駆けて来る。
多分、咄嗟にコトハが突き飛ばしたんだろう……土壇場で自分以外の誰かの命を助けようとするその心根は、立派な物だ。
「グッ……ガアアアアアアッ!!」
そんな俺達の再会を喜ばないトカゲ野郎が一匹、憤怒の咆哮と共に地面から身体を起こす。大質量が動いた事により、バキバキと乾いた音が雨の音に混じって乱雑に響き渡った。
「ここ、放棄されたドラゴンの巣か。初めて来たぜ」
俺は改めて、今自分が立って居る場所をぐるりと見渡す。
魔の山で暮らした十年の間で、この辺りに来ることは殆ど無かった。理由としては、当時の俺では手に負えないドラゴンがうろついているエリアだっつーのが分かっていたから。
そのせいで、獣も殆どこの辺りには居ない。危険ばっかりで糧を得られる訳でもない場所って認識だったからな、わざわざ近付く理由も無かったのだ。
「さて、のんびりしている暇は無いな。雨脚がこれ以上強くなる前に
「はい!」
「りょーかい――【
二人の戦闘態勢が整った所で、俺達は配置についた。
「ありゃ、アイツ左側の眼が一つ潰れてんな……コトハ達がやったのか?」
俺がそう聞くと、リーリエとコトハがこくりと頷く。成程、遂にアイツは傷を負いやがったのか……ざまぁねぇなオイ。
「そうか……これで証明されたな。アイツは確かに強いが、
そう言った自分の口角が、自然と吊り上がるのが分かった。それと、今に至るまでに気付いた事がもう一つ。
あのハガネダチが対人戦のプロなのは間違いない……だが、対人に
現に、ヴェルドラと遭遇した際にアイツは純粋な力押しで襲い掛かって来たヴェルドラに苦戦していた。
てっきりご自慢の剣術でサクッと仕留めるかとも思っていたが、実際にヴェルドラと戦っていた時、あのハガネダチには俺達を相手にする時の様に的確に弱所を突く繊細さ無く、ただ速さと力に任せて頭角を振るっていた。
外殻の繋ぎ目や関節部を狙えば、あの場でヴェルドラを倒しきれていたかもしれないのに、それが出来なかったのだ。
もし対人戦極振りステなら、逆にそこが付け入る隙になるかも知れない。それに今のアイツは、四つの眼の内二つを失っている。一つは右前、もう一つは左後……恐らく、視界は相当酷い事になっている筈だ。
「ガアアッ!!」
そんな事を考えながら俺が嗤ったのが癪に障ったのか、ハガネダチが地面を蹴って大きく動く。スピード自体は全く落ちていない所は流石と言うべきか。
「【
素早くリーリエが詠唱を発動させると、空に出現した魔方陣から出現した四つの鎖がハガネダチに襲い掛かる。
が、ハガネダチはそれを頭角で纏めて斬り払うとそのままリーリエに向かって一直線に――は行かず、己に肉薄して来ていた俺とコトハに向けて頭角を振り下ろしてきた。
「よっと」
「フッ!」
俺が頭角を弾き上げると、すかさずコトハが追撃を入れる。それをハガネダチは持ち前のスピードと剣術で捌くが……やはり、その剣閃には鈍りが見えた。
視界不良がハガネダチに及ぼしている影響はかなり大きいと見える。今まで針の穴を通す精度だった剣術に変化が出た事を、コトハも見逃していない筈。
「対人特化の剣術を鈍らせちゃいかんでしょ……コトハ、畳んじまうぞッ!!」
「ハアッ!!」
俺の言葉に、コトハは行動で答える。流れる様な連撃を二人で叩き込んでいくと、徐々にハガネダチは身体を後退させ始めた。
「ガッ!」
このままでは分が悪いと判断したのか、ハガネダチは大きく後ろへと跳躍して俺達から距離を取る。アホか、体勢を立て直す暇なんざ与えるかよ!
即座に俺もコトハも距離を詰めようとした、が。
「グルアッ!」
着地と同時にハガネダチは頸を
「ぬおっ!?」
「くっ!」
爆ぜる地面から飛び散る骨の欠片が雨霰と襲い掛かって来たのを見て、俺とコトハは瞬時に追撃から迎撃の体勢に入り、それぞれの得物を使って飛来する凶器を打ち払った。
その時、巻き上がった粉塵の中から鋭い
俺達を串刺しにせんとするその一撃は、まるで
「何だあの攻撃!?」
「分からへん、でも今までの攻撃とはちゃう!」
飛び退いた俺達に、後方に居たリーリエから鋭い声が飛んだ。
「二人とも気を付けて下さい、アレは
「尻尾ぉ!?」
どうやら、離れた位置に居たリーリエからはあの伸びる攻撃の正体が視えていたらしい。
舞い上がった粉塵が収まれば……成程、確かにそこにはリーリエが言った通り、尻尾による攻撃を繰り出したであろうハガネダチの姿があった。
相変わらずどぎつい眼つき俺達を睨み付け、油断無く頭角を構えるハガネダチ。その左側面には、蛇の様に鎌首をもたげて、鋭利な先端を此方に向けてゆらゆらと揺れる強靭な尻尾があった。
だが、ただの尻尾であんな攻撃は出来ない……それを可能としたのは、尻尾の体節操作だ。
尻尾は幾つかの外殻で区切られているのだが、その外殻の接合部が離れておもっくそ伸びてやがる。どうやら、接合部の関節も外して筋力のみで動かしている様だ。
そのお陰で、あれだけのリーチと柔軟性を持つ武器として使えているらしいが……普通は、そんな事は出来ねぇ。
「鞭と剣と槍のハイブリッド……にしても、二刀流か」
正直、面倒な事この上ないな。武器が一本では無く二本になったのなら、これまでの様な連続攻撃を叩き込み続けるのは難しいかもしれない。
頭角にばかり気を取られれば、尻尾による斬撃、もしくは刺突が襲って来る。かと言って尻尾に気を取られ過ぎれば、今度は頭角による攻撃をもろに食らう可能性が出てきてしまう訳だ。
だが、ここに来てこんな隠し玉を使って来たって事は……追い詰められているんだ、確実に。
「コトハ、どう思う」
「一遍に相手にするのは厳しいやろね」
「だな……よし。コトハ、俺が尻尾の方を抑えるからそっちには本丸を任せたい」
「ええの?」
「おう。アイツの首を取るのはお前じゃなきゃ意味が無いからな」
「……おおきに」
「礼はコイツを倒した後にな。リーリエはコトハのバックアップを最優先、次点で妨害って感じで頼む」
「はい!」
ぎちり、と脚に力を入れ、一拍置いて俺は地面を踏み砕き突貫する。当然、ハガネダチはそれを迎撃する為に頭角を振るってきた。
体を捻って頭角を避ければ、そこに尻尾の一撃が襲い掛かって来る。
“斬り”と“突き”が合わさった千変万化の変撃。刺突に関しては攻撃範囲こそ頭角による斬撃よりも遥かに狭い物の、その速度は斬撃の比では無い。
更に、尻尾の一撃は
「ぅおりゃッ!!」
俺の喉元を尻尾の先端が捉えるよりも速く、俺は両手に持った
同時に上体を横に逸らし、最小限の動きでその一撃を躱すと、両腕で抱え込む様にして伸縮する槍と化した尻尾をガッチリと抑え込んだ。
「グオッ!?」
俺の予想外の行動に、ハガネダチが一瞬困惑する。しかし、自分の得物が一本潰されそうになっていると悟るやいなや、自身の身体ごと大きく尻尾を薙ぎ払い、俺を振り払おうとした。
しかし、尻尾を抱えたまま既に地面に着地していた俺に、大人しくハガネダチの意図通りに吹き飛ばされてやるつもりなど毛頭無かった。
「アホがァ! そう簡単に離してやる訳ねぇだろボケェ!!」
巨躯から繰り出される膂力や遠心力、その他諸々の力を俺は腕力を以って強引に地面に向かって押さえつける。
が、如何せん重量差があるだけにその場に固定と言うのは難しい。足場が不安定と言うのもあって、体が浮きこそしないものの、尻尾を左右に振られる度に俺の体も足で地面を削りながらスライドしてしまう。
どうしたものかと考える俺を振り回していたハガネダチは、振り払えないと見るや即座に俺から意識を外しコトハへ攻撃を仕掛けた。
「グルアッ!!」
「
俺に動きを阻害されながらも猛然と斬りかかったハガネダチに対し、コトハは巨大な雷の刃を纏った
金色の雷刃が紫紺の凶刃と交錯した時、魔の山一帯に天から轟く雷鳴が響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます