第42話 VS. 斬刃竜ハガネダチ 3rd.Stage

 周囲から向けられる多数の視線に晒されながら、俺は淀み無く感覚を研ぎ澄ます。空間内隅々まで拡張させた感覚網に引っ掛かった生体反応を一つづつ数えてみた。


「……四十一、四十二、四十三……四十四体か。よくもまぁこんだけ集めたなオイ」


 数を確認する限り、群れ二つ位を丸ごと配下に置いた様だな。本来のボスと思われる奴等の反応が無い所を見るに、こいつ等の目の前で輪切りにでもしてやったのかね。


「……面倒やね」


 ハガネダチから目を逸らさずに、コトハが心底忌々しそうに呟く。全く以って同意だ。

 ハガネダチを入れて四十五。彼の戦力四十五に対し、此方は三……パッと見、絶望的な戦力差だ。

 かの有名な天才軍師・ハンニバル大先生でも十五倍の戦力差を覆すのは厳しいだろう。

 

 ……が、それはあくまでの話だ。

 

 向こうで戦闘力的な意味で気を付けなくてはいけないのはハガネダチのみ。他のガプテルは、ぶっちゃけ俺一人で楽に殲滅出来る雑兵だ。

 となれば、だ。少しの間コトハとリーリエにハガネダチの方を抑えて貰って、その間に邪魔な小物共を片して速攻ハガネダチとの戦闘に戻るって感じにするか……?


(いや、待て。安全度で言えばハガネダチの相手よりもガプテルをブチのめす事の方が遥かに高い。主目的のコトハの手によるハガネダチ討伐を成すんだったら、安牌取った方がいいな)


 よし、作戦変更だ。ハガネダチの相手は俺がやって、抑え込んでいる間にリーリエとコトハにはガプテルの殲滅をやって貰おう。コトハの稲妻の如き速度とリーリエの鬼の様な光・闇魔法を使えば、時間もそれ程かからない筈。


「二人とも、俺がハガネダチの相手をする。余計な真似をしない様に抑え込んどくから、その間に二人には周りに居る雑魚共の掃除を頼みたい……出来るか?」

「私は大丈夫です」

「うちもええけど……勢い余って、倒さんといてな?」

「そこは心配ご無用。二人の方も、十分に気を付けてな……つっても、恐らく俺が想像しているよりも時間は掛からんかもしれんがね」


 そう言って、俺はちらりと一番近くに居た三体のガプテルを見る。その顔には、明らかな怯えの色が浮かんでいた……当然っちゃあ当然だな。

 気配を隠しもせずバチバチに戦闘態勢取ってる俺を目の前にして、頭のいいコイツ等が

 自惚れでも何でも無く、普通ならまず間違い無くそうなる筈なのだ……俺のこれまでの経験的にな。

 だが、本来なら真っ先に取らなければならない“逃走”と言う選択肢を奴等は取れない。何故なら……背後に、俺と同じ位おっかない新しいボスがいるからだ。

 “逃げれば殺す”。暴力を以って群れを支配したハガネダチの存在は、ガプテル達にとって恐怖の象徴以外の何物でもないだろう。だから、勝ち目の無い戦いにも赴かなければいけない……全く、大変な上司を持ったねお前等も。

 しかし、そこは逆に付け入る隙でもある。もし俺が連中のボスであるハガネダチをボコる姿を見せれば、ガプテル達が恐怖から解放され散り散りになる可能性だって無きにしも有らずだ。そうなってくれりゃ色々と楽なんだけどなー。


「……ハガネダチが“魔の山ここ”に私達を誘い出したのは、この為かもしれません」


 静かにそう口にしたリーリエに、俺は周囲のハガネダチを含めたドラゴン共から目を離さずに聞き返す。


「この為、っつーと?」

「魔の山は、この地方にある他のフィールドに比べて棲んでいるドラゴンの種類も、数も多いです。当然、以前私達と戦った≪カルボーネ高地≫よりも」

「……手駒」


 リーリエが何を言わんとしたのか察したコトハがそう口にすると同時に、雷桜らいおうを握り締めるその手からミシッと音がした。


「うち一人と戦うだけなら、まだよかったかも知れへん……でも、ムサシはん達がそこに加わった事で事情が変わった。より安全かつ確実に獲物うち等を仕留める為には、少しでも頭数を増やした方がええと考えたんちゃうやろか……今まで己の力一つで絶対的強者の立ち位置に居たアイツからは、ちょっと考え辛い戦術かもしれへんと思うけど」

「いや、それで合ってる思うぞ」


 あのハガネダチは頭がキれる。それはもう、「オメーほんとにドラゴンかぁ?」っつー位に……勝つための最善の手段であるならば、己以外の力を使う事も厭わない。

 ましてや、自分が仕留めようとしている三匹の人間の中には単純なパワーで己を圧倒してくるようなアホが居る訳で、その辺りも踏まえるなら数の暴力を使おうと考えるのは極自然な事ではないだろうか。

 その手段を使うに至るまでに、コトハの親父さんと戦った時の様に“逃走”と言う選択肢を取らなかったのは、単純に自分の勝利を疑っていないからだろうな。考え抜いた末に、ヤツの中で俺達の存在は“面倒臭いが手を尽くせば狩れない相手ではない”って立ち位置に落ち着いたんだろう。


「大好きな“殺人”をしようってんだ、それを成し遂げる為なら何だってする……俺達が相手しているのは、間違い無くそういうヤツだ」


 こうして改めて相対した事で、事前に得た情報とそこから考えられた様々な“推測”と言う骨組みに次々と肉付けが行われていく。

 このハガネダチは……だ。ここで俺達を仕留めた後は、悠々と他の村々や街を襲い始めるだろう。この大陸に渡ってからは目立った行動を起こしていなかった分、その反動も強烈な筈。

 ……となれば、尚の事逃がす訳にはいかない。今狙われている俺達が、確実にここで仕留めるのがスレイヤーの義務ってもんだろうし、コトハにとってもこれがラストチャンスだと思った方がいいな。


「――グオオッッ!!」


 膠着した状況を斬り裂く雄叫びをハガネダチが上げる。同時に、今まで様子を窺っているだけだったガプテル達が鳴き声一つ上げず一斉にこちらへと突っ込んで来た。

 先の無い特攻……全く、反吐が出る。


「行くぞッ!!」

「はいっ!」

「りょーかいッ!」


 戦況が一気に動き出した。手筈通り、俺は奥で高みの見物としゃれ込もうとしていたハガネダチへと迫る。

 が、ただで接近を許す筈も無い。俺の動きに、ハガネダチの周りに居たガプテル達が悲壮な表情を浮かべながら反応し、その鉤爪と牙を以って食らい付いて来ようとした。


「すまん」


 相手はドラゴン。しかし、それでも俺は一言そう謝罪を口にし、飛来したガプテル達へと金重かねしげを奔らせる。

 鈍い切れ味の鉄塊が、鱗に守られた肉とその内側にある骨を断ち、絶命したガプテルの身体を両断する。撥ね鞠の様に宙を舞う屍から鮮血が飛び散るが、仲間の死に様を見ても彼等は止まらない。


「グアッッ!!」


 その時、ハガネダチがその頭角を大きく横へ振りかぶった。そしてそれを持ち前の瞬発力を以って振り抜く。

 十メートルに届こうと言うそれが打ち据えられると、地面が轟音と共に爆ぜ、土や倒木などが一気に巻き上げられた。


「なぁっ!?」


 それ等は、放たれた散弾の如く俺に向けて襲い掛かる――当然、その間に居たガプテル達をも巻き込んで。

 鋭利な木片、硬い小石。それがあの力で撃ち出されれば、十分な殺傷力を持つ。その凶弾の雨霰に晒されたガプテル達の末路は……。


「このッ! いい加減にせぇやボケェッッ!!」


 眼前に迫り来る無数の凶器を、俺は金重かねしげの一振りで打ち払う。捨て駒にされた先兵達の亡骸を跳び越え、砂塵を纏ったハガネダチへと肉薄した。

 瞬間、土煙の中から一点の研ぎ澄まされた殺気が俺を射抜く。が、構わず俺はその殺気に向かって金重かねしげを振り抜いた。

 ギィンッ! と言う音と共にヤツの頭角と金重かねしげがカチ合った瞬間、その衝撃波で舞っていた砂塵が暴風と共に霧散した。その中から現れたのは、憎々しげな赤い瞳で俺を見据えるハガネダチの姿。

 お前がそう言う目で他者を見るんじゃねぇ! 心の中でそう叫びながら、俺はハガネダチと荒れ狂う剣戟の嵐の中へ飛び込んで――。


 ――チリッ――


 瞬間、俺の肌を強烈な殺気が焼いた。それは、目の前に居るハガネダチから発せられたモノではない。

 その目の前のクソ野郎とは違う、が流れて来ているのは……えっ、壁!?

 咄嗟に、俺はハガネダチと交えた金重かねしげから生じた遠心力を利用してその場から強引に飛び退く。

 刹那――轟音と共に俺とハガネダチから少し離れた場所にあった岩壁が打ち砕かれ、その中からが出現した。



「――グルオオオオオオオオオオッッ!!」



 空間をビリビリと震わせる咆哮と共に、その巨影は反応が遅れたハガネダチへと壁を破った勢いそのままに突進をブチかました。


「ギャオッ!?」


 自分……否、自分以上の体格と質量を持ったソイツの一撃で、ハガネダチの身体は呆気無く地面を転がった。その突如現れた乱入者の姿をはっきりと視認した時、俺は思わず言葉を零していた。


「……久し振りに見たわ、お前」


 刃物の様な鋭さを持つエッジの効いた濃緑の外殻。見る物を委縮させる金色の双眸と二本足で立つ強靭な身体。俺の記憶の中にあるアイツよりも、大分デカい。



 ――【碧鋭殻竜へきえいかくりゅう】ヴェルドラ。この世界で初めて出会ったドラゴンの雄々しい姿が、そこにはあった。

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