第40話 VS. 斬刃竜ハガネダチ 1st.Stage

 それは歓喜の雄叫びか、憤怒の咆哮か……まぁ両方だろうな。

 朱色の瞳をギョロギョロと動かしながらこちらを見据えるハガネダチに注意を払いながら、俺は視界に入る辺りの状況を再確認する。

 地上より遥か下にある空間だが、戦うには十分な広さだ。かなり湿度が高く、辺りには茸の類がそこらかしこに生えている。

 中でもとりわけ目立つのは、青白い光を放ち陽光以外の光源となっているよー分からん茸の群生。一つでは小さな明かりでも、集まってあちこちから生えるとこの位明るくなる物なのかって位に空間を照らし出していた。

 お陰で、夜目を凝らす事無く戦闘に集中出来る。気を付けなくてはならないのは、あちこちにある腐った倒木と上から下がる植物くらいか。


「二人とも、足を引っ掛けて転ばねぇように気を付けろよ」

「はいっ!」

「りょーかい」


 じゃり、と小石や木片が混ざった地面を踏みしめながら俺達とハガネダチは睨み合いを続ける。

 コトハは……大丈夫そうだ。瞳に宿る憎悪は変わらないものの、前回の様にそれに呑まれる事無くきちんと御し切れている。


「グルルルル……」


 ズシ、ズシと足音を立て、ゆっくりと横に動きながら機会を伺うハガネダチに対し、俺達はその場で体を動かし常にヤツの姿を正面に捉える様に務めた。

 みしり、とヤツの筋肉に力が入るのが分かる……そろそろ、動く。


「【参式さんしき雷装武御雷らいそうたけみかづち】」

「【脚力強化レグフォース】・【加算アディション】、【加速アクセル】」


 尖っていく空気の中、コトハが三色の雷を帯び、リーリエの光魔法が俺の体を強化する。

 俺に必要なのはスピード……リーリエ、良く分かってるな。したらば……。


「グオッッ!!」


 俺達の準備が整うのと、ハガネダチが地面を蹴ったのはほぼ同時だった。

 弾かれた巨体が、寸分の振れも無く頭角を一直線に突き出しながら俺達へと迫るッ――!?


「テメッ、このやろっ!!」


 ハガネダチの標的が誰なのか分かった瞬間、俺は滑る様に体を横に動かす。迫り来る凶刃を金重かねしげで……駄目だ、振りかぶってる暇は無し。斬り上げるしかねえ!

 頭角の峰を叩き付けて地面に這い蹲らせてやろうと思ったが、それだと間に合わない。やむを得ず右手に持った金重かねしげを斬り上げて迎撃すると、激しい火花と共に剣戟音が木霊し、俺の体と地面を幾つもの斬撃波が襲った。


「チッ!」

「グルルッ!」


 だああっ! これが嫌だからわざわざ刃と刃がぶつかるのを避けようかと思ったのに、それが出来ない位のスピードで突っ込んで来やがったぞコイツ!?

 これが俺を狙っての攻撃ならまだ思い通りに迎撃出来た……だが、あろう事かこのハガネダチは前衛の俺とコトハを無視して真っ先に後衛のリーリエを狙いやがった!


ッッ!!」


 俺が弾き上げ、無防備に晒された柔い頸の裏側を金色の雷刃を備えたコトハの雷桜らいおうが狙い撃つ。


「ガアッ!」


 しかし、体勢を崩されながらもヤツはその脚力に加えて尻尾を地面に叩き付ける動作も合わせて一瞬で俺達の間合いから離脱した。

 間髪入れず、コトハの姿が掻き消える。体勢を立て直しきれていないハガネダチに一気に肉薄すると、そのまま斬り合いに発展した。


「ムサシさん、大丈夫ですか!?」

「問題無し! それよか気を付けろ、あの野郎俺でもコトハでも無く真っ先にリーリエを狙って来やがった……念の為【防壁展開プロテクション】張っとけ、自分の身を守るのを最優先で動いてくれ!」

「は、はいっ!」


 そう言い残すと、俺は金重かねしげを握り直して地面を蹴った。

 強化された速力により紫の巨体が一気に眼前に迫り、コトハの相手をしているヤツの横っ面に向けて全力を以って金重かねしげを振り下ろす。


「ガアッ!」


 が、赤い三つの眼の内の一つが俺の姿を捉えると、コトハの雷桜らいおうを捌きながら瞬時にヤツはその身体を横っ飛びで動かして金重かねしげの一撃を躱した。

 金重かねしげが、ズンッ! と言う音と共に地面を砕く。その衝撃で砂や木片が吹き飛ばされ宙を舞った。


「グルオッッ!!」

「くっ!」


 回避から間を置かず、コトハを再びその頭角が襲う。この一瞬でこれだけ迷い無く身体を動かす様は、敵ながら見事と言わざるを得ない。


「無視すんなゴラァッッ!」


 瞬時に金重かねしげを地面から抜き放ち、再度ヤツに斬りかかる。今度は頭では無く厄介な機動力を生む脚に向かって立て続けに二撃。


「ガッ!?」


 流石に捌き切れないと判断したのか、瞬時にハガネダチはコトハの雷桜らいおうを打ち払ってその場から飛び退いた。

 改めて思うが、あの巨体でこれだけの動きが出来るとか普通じゃ無いな! それと、対人経験が豊富と言うのはまず間違いない。なんぼ何でも戦い慣れ過ぎだ。


「【拘束バインド】!」


 内心で悪態を吐いた時、リーリエの詠唱が響く。それと同時に、ハガネダチに向かって四本の鎖が飛来し、その身体を縛り上げようとした。

 だが、ハガネダチは慌てる事無く頭角を器用に使って、迫り来る黒い鎖を全て自分の身体に到達する前に叩き斬った。

 呆れる程の反応速度……しかし、リーリエの魔法は無駄では無かった。


「ムサシはんッ!!」

「合点承知ッ!!」


拘束バインド】を切り抜ける為にヤツが目を離した一瞬を、俺とコトハは見逃さなかった。

 雷を迸らせ疾駆するコトハと、地面を踏み砕いて超低空を跳躍する俺。コトハの雷桜らいおうがその首筋を斬り裂かんと、俺の金重かねしげが膝関節を外殻ごと打ち砕かんと同時にハガネダチへと振るわれる!


「ガアッ!!」


 獲った――そう思った瞬間、俺達の視界からハガネダチの体が消えた。同時に、俺達の頭上を通り過ぎる黒い巨影。


「んなぁっ!?」


 ハガネダチがとった行動に、俺は思わず声を上げる。

 この野郎、回避不可能な筈だった俺とコトハの一撃を空中への跳躍で躱しやがった。そこに今までの流麗な動きは無く、本能で俺達を跳び越える様に動いたと見える……ヤバい!

 俺はヤツの姿が消えると同時に、咄嗟に左手の金重かねしげを地面に突き刺して強引に体を180度急旋回させて背後へと振り返った。

 やはりと言うべきか、そこには体勢を立て直したハガネダチの姿。しかもその視線は、俺とコトハの方では無くリーリエの方を向いて……ん?

 そこで俺は、視界の何処にもリーリエの姿が無い事に気が付いた。


「【拘束バインド】!」


 同時に聞こえたリーリエの詠唱と、何かが巻き上げられる音。その音を追えば、そこには魔導杖ワンドの先端から伸びた【拘束バインド】の鎖を俺とコトハが斬りかかった先にあった巨木に巻き付け、まるで時間を巻き戻す様にその鎖を魔方陣の中に引き戻しているリーリエの姿があった。

 魔導杖ワンドの先端を起点としているのだから、そこに鎖を引き戻すという事は当然【拘束バインド】を巻き付けた巨木側に軽いリーリエの体は引っ張られる事になる……それこそが、目的の様だった。


「ふぎゃあっ!!」

「リーリエはん!?」


 魔導杖ワンドを両手で掴んだままのリーリエが宙を舞う。必死に振り落とされない様にしながら、巻き上げの力を利用して元居た場所から一気に俺達の方へと飛んで来た。

 リーリエが何をしたのか理解した俺は即座に動くと、制御もへったくれも無く全力でぶっ飛んで来たリーリエの体を金重かねしげを握ったままの両腕で何とかキャッチした。


「ナイスな判断だリーリエ! でも次は飛んだ後の事も考えような!」

「は、はひぃ……」


 想像以上のスピードだったのか、腕の中に納まったリーリエは若干目を回している。

 だが、少なくともこれで俺達から離れていた場所から再び近くまでこれた。恐らく【加速アクセル】等の身体強化で移動するよりもこちらの方が早いと踏んだのだろう……にしても、思い付いたにしたってよくもまぁ迷い無く行動に移せたなオイ。

 獲物が取った予想外の行動に、ハガネダチは忌々しそうに俺達の方へと視線を戻す。ざまぁ見ろバーカ!


「どれ、仕切り直しだ」


 俺の言葉にコトハが頷き、リーリエもぶんぶんと頭を振ってから小さく頷いて魔導杖ワンドを構え直す……まだ、戦いは始まったばかりだ。

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