第38話 人ならざる者の誘い

 土煙を上げながら大地を爆走する一台の人力車。はい、俺等です。


「ふぐぅうううう!」

「えろう速いなぁ……確かに、これなら二日くらいで着きはりますな」

「特急便だから一日で着くぞ」


 例の如く遠慮無しにストラトス号を牽引する俺に、リーリエは呻き声を、コトハは率直な感想を伝えて来る。

 初めて乗るにも関わらず、コトハは平然としたものだ。対するリーリエは……うん、辛そう。


「しかしリーリエよ……お前さん、前回乗った時に慣れたんじゃなかったんか?」

「前は前、今は今ですぅぅうううううう!」

「そ、そうか……ここ抜ければもうちょい路面が荒れてないエリアに出る筈だから我慢してくれ」


 出来るだけ丁寧に引く用には心掛けているが、スピードが出ている以上ある程度の揺れはどうしても抑えられんしな……勘弁してくれ、リーリエ。

 心の中で謝りつつ、俺は別の事について考える。それは、ハガネダチの行動についてだ。

 襲撃の正確な日時は分からない。しかし、襲撃の後直ぐに他の村へ堂々と向かうのではなく、姿をくらましたのがどうにも……言葉では言い表せない、妙な感じがするんだよなぁ。

 まぁ、その疑念の出所はぶっちゃけ勘になる訳だが。


「……痕跡を辿れば、自ずと答えは見えるか」


 一人そう呟き、改めて舵棒かじぼうを握る手に力を入れ直す。先ずは現場を見ない事にはどうにもならんしな。

 自分の中でそう結論付け、俺は村への道程を急いだ。


 ◇◆


 ハガネダチの襲撃を受けた村は、整備された街道から一本あぜ道へと外れた先にあった。背後に山を控える小さな村で、農作と畜産で糧を得ている村だったらしい。

 村の中を川が流れ、そのせせらぎと山から吹き降ろす風が木々の葉を擦り合わせる音が響くのどかな村……しかし、今目の前に広がっている風景にその面影は無かった。


「酷ぇな、こりゃ」

「はい……うっ」

「…………」


 ミーティンを発ってから翌日の早朝。到着した村の跡地を見て、俺と人力車から下りたリーリエとコトハは重く息を吐いた。

 そこにあったであろう家々は軒並み破壊され、最早家屋としての形を成していない。田畑は無残にも踏み荒らされ、村の中を流れている川はその川縁を崩され、設置してあった幾つかの水車は鋭利な物に斬り裂かれた様に真っ二つになっている。

 更に目に付くのは、ハエのたかっている家畜の死体だ。それが発する強烈な腐臭を山風が俺達へと向かって運んで来ており、その臭いに耐えきれず顔を顰めてリーリエは鼻を塞いだ。


「鼻がひん曲がりそうな臭いだな……取り敢えず、中を散策して痕跡を探そう。各々、警戒は厳にな」


 俺の言葉に、リーリエとコトハはコクリと頷く。

 まだハガネダチが居ないとも限らない。直ぐ傍に丁度隠れ易そうな山まである訳だしな……俺はマジックポーチから取り出した金重かねしげを背中のブレードホルダーに収めると、周囲の状況に神経を尖らせながら先頭に立って歩を進めた。


「ミーティンに比べると、木造の建物が多いですね」

「この環境だ、材料の入手し易さは石よりも木の方が上だろうからな……む」


 辺りを見回しながら歩いている時、俺は一つの建物の跡地の前で足を止める。

 リーリエが口にした様に、この村は木造の家屋が多い。そんな中目の前に現れたのは、派手に崩壊こそしているものの、元はきっちりとした石造りであった事が分かる建造物の残骸。

 他の家屋などに比べて、随分と広く間取りが取られた立派な物だった様だが……。


「……スレイヤーの駐屯所やった建物やね」

「ああ、成程ね」


 コトハの言葉に、俺は納得する。

 どんな小さな村にも、必ずスレイヤーは居る。その村出身の者、街から派遣されて来た者……ドラゴンの脅威からそこの住人を守る為に身を粉にする彼らの為に作られるのが、こうした駐屯所だ。

 ギルドの出資で作られる訳だが、クエストの中継地点として村を訪れたスレイヤーの宿泊施設になったり、緊急時には村民の避難場所としても使われる為、大抵はこうした広い間取りに頑丈な石造りとなっている事が多い。


「……二人とも、これを」


 リーリエが緊張した声で跡地の一部……地面を指さす。

 俺とコトハがそこに顔を向ければ、そこには地面ごとスッパリとイかれた建物の基礎があった。そして……巨大な、三つ指の足跡も。


「確定だな。やったのは、間違い無くアイツだ」

「そうやね……ほんま、ケッタくそ悪い事しよるドラゴンやわ」

「こ、コトハさん落ち着いて……」


 パチンッ! と雷を一瞬迸らせそう吐き捨てるコトハと、それを宥めるリーリエを背に、俺はその場で跪いてその足跡を凝視する。このデカい足が、あの凄まじい瞬発力を余す事無く地面に伝える訳だ。


「……んー?」


 注意深くその痕跡を観察していた時、俺はある事に気が付いた。


「どうしました、ムサシさん?」

「……二人とも、行商隊がこの惨状を見つけたのは何日前だと思う?」

「え? 確か、ギルドが襲撃の報せを受けたのが私達が街を出た日ですから……」

「ここからミーティンまでの距離と、行商隊の移動速度から考えるんやったら……大体三、四日前って所やろか」


 だよなぁ……となると、大分可笑しな事になってるな。


「……何か、気付いたん?」

「おう。この足跡何だが……状態から見るに、恐らく出来たのは位だと思う」


 俺がそう言った瞬間、ぴゅうと風が一陣通り過ぎて行く。その風は、俺達の間に出来たザワついた空気を伴って彼方へと消えて行った。


「……それっ、て」

「行商隊がこの村を訪れた日と、ほぼ同じ日にアイツの襲撃があった……?」

「そう言う事……であれば、だ。あのハガネダチが多数の人間で構成されている行商隊の存在に気付かない筈が無い。普通に考えりゃ遭遇エンカウントは確実……だが、実際には行商隊は無傷でミーティンに辿り着いた」


 そう言いながら、俺は立ち上がる。この事実が何を意味するか……考えれば考える程、恐ろしい結論に至る。


「――わざと、見逃した?」


 リーリエが口にしたそれは、俺の考えと全く同じだった。


「……あのハガネダチがどういった思考を持つかなんて、人間である俺達には分かりっこない。今までのアイツに対する考察も、どれだけ突き詰めても結局は全て推測でしかないからな……それでも、俺はこう考える。何故あのハガネダチはこんな回りくどい真似をしたのか……それは、“行商隊を逃がす事で、誰かを誘い出したかった”からだ」


 全く、ちょっとしたホラーだぜこりゃ……もし本当に俺の考えた通りなら、アイツは知能が高いなんてレベルじゃねぇ。ガチで殺人鬼の魂でも入ってんじゃねぇのか?


「……その“誰か”は、うち等?」

「どうだろうな……何にせよ、俺達には


 そう言って、俺は駐屯所跡地の外にある地面を顎でしゃくる。それに釣られて、リーリエとコトハもそちらへと目を向けた。


「足跡だ。村の外へ向かってる」

「……あのハガネダチを最速で討伐する為には、その誘いに乗るしかない訳ですね」

「そう言うこった……二人とも、ストラトス号まで戻ろう。闇雲に探す訳にもいかん、この足跡とそこにこびり付いたニオイを追っかけるぞ」


 リーリエとコトハが頷いたのを確認し、俺達はその場を後にする。残忍にして老猾……上等だクソ野郎。その誘い、乗ってやろうじゃねぇか。

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