第37話 出立

「……出来るのか?」


 ガレオが俺を見定めるような眼つきで見て来る。よっしゃ、土俵に立たせちまえば後はこっちのもんだ。


「出来なきゃ言わねえよ、“次は仕留める”って前にも言ったろうが。俺は見栄でそんな事は口にはしない」

「討伐に向かったとして、居所の掴めない一体のドラゴンをどうやって見つける?」

「一旦襲われた村まで向かう。そっからは痕跡を追っかける形になるが、問題は無ぇと思うぜ。足跡なりなんなり……と言うか、アイツのニオイは覚えてっからそれで追跡も出来るし」

「……お前、ゴリラじゃなくて野犬だったのか」

「ぶっ殺すぞテメー!!!!」


 この野郎、言うに事欠いて俺をワンちゃんみてぇだとォ!? それは全世界のワンちゃんに失礼だろうが!!


「……イヌビトのムサシはんかぁ」

「……ちょっと」

「可愛いかもしれませんね」

「やめやめやめ! この一刻を争う時に何の話しとるんじゃい!」


 勘弁してくれ……何で俺が突っ込む側に回らにゃならんのよ、普段逆だろうがよ……。


「まあそれはそれとして、お前が追えるって言うならそれでいい。だが、さっきも言った通り今は馬車や輸送車と言った類の物は避難の為に片っ端から搔き集めている状態だ、お前等に回せる分は無いぞ」

「あ、それは問題無いぞ。ストラトス号があるからな」

「うっ……ですよね、そうするしかありませんよね……」


 ストラトス号。その単語が俺の口から出た瞬間、リーリエががっくりと項垂れる。事情を知らない三人は頭にクエスチョンマークを浮かべていた。


「……まぁ、大丈夫ならいいが。ただ、今回の件に関しては都合上クエストって形はとれん。報酬も出ないし、何かあったとしても全て自己責任扱いになるが」

「問題無ぇよ。それよか、俺等が出た後に来る紫等級の方々について何だが……無駄足の可能性が出る訳だけど、そこら辺はどうすんのよ」

「そこは気にするな、オレがどうとでもしてやる」

「そりゃ心強い……どれ、したらば」


 パンッ、と膝に手を当て俺は立ち上がる。それに合わせて、リーリエ、アリア、コトハも立ち上がった。


「早速出発しよう。こっからはマジで時間勝負だ……アイツが避難先の村に手ぇ出す前に片を付けるぞ」


 俺の言葉に三人が頷く。それを最後にして、俺達はギルドマスタールームを後にして、ストラトス号を預けてある馬車の受付所へと向かった。


 ◇◆


「……ごめん」


 いつもより騒がしい街中を早足で歩いている時、ポツリとコトハが謝罪を口にした。


「ん、何のこっちゃ?」

「うちがあの時、ちゃんとムサシはんとリーリエはんに事情を話してから戦っていれば……あそこでハガネダチを討伐出来とったら」

「“たられば論”は不毛だ。今更気にした所でどうしようもねぇ」


 あの時こうしていれば、何てのは考え始めたらキリが無い。最初の遭遇エンカウントでハガネダチを討伐し損ねた事でコトハを責める事は出来ないし、しようとも思わない。


「それでも……ごめん」

「気に病むなら、これから取り返しゃいい。その為に、俺達は動いてんだから」

「ムサシさんの言う通りです。今は、ハガネダチの討伐の事だけ考えましょう」

 

 リーリエのその言葉にアリアは頷き、コトハも顔を上げた。

 ……仮に、あの場で三人で連携して戦っていたとしても、想定外の戦闘力を持っていたアイツを相手にして無傷で切り抜けるのはどの道難しかった筈だ。

 そう考えれば、一度撤退して十分に情報を集めた今でこそ満足に戦える状態であると言える。


「それにしても、よくあの野郎は今の今まで村を襲わなかったな。その気になりゃ、俺達と戦った後直ぐにでも襲撃を敢行出来た筈だ」


 だが、アイツはそうしなかった。そのお陰で村人たちは人的被害が出る前に避難を完了出来た訳だが。


「……それは、ハガネダチにとってムサシさん達との戦闘が想定外の事態だったからかもしれません」


 俺の疑問に、歩きながらアリアが答える。


「過去の事例を見る限り、あのハガネダチはコトハさんのお父様と出会うまでは常勝無敗だったと考えられます。それが、一人のスレイヤーとの戦闘で目を潰され遁走する羽目になったのなら、今までよりも慎重な行動をとるように成る筈……現に、コトハさんの故郷を襲撃した後は身を潜めていたんですよね?」

「うん、そうやね……最低でも三年、≪皇之都スメラギノミヤコ≫でアイツによる竜害りゅうがいは起きなかった訳やから」

「なら、今回のムサシさん達との戦闘で更に慎重な行動を心掛けるようになったのかも……ムサシさんは、パワーではハガネダチに勝っているとおっしゃいましたね」

「言ったな。単純な力比べだったら、俺はアイツには負けん」

「それは、あのハガネダチにとって初めての経験だった筈……この大陸で、あのハガネダチによる竜害りゅうがいが起きたのは今回が初です。恐らく、見知らぬ土地でいきなりスレイヤーに狙われる様な真似はせず、身を潜め続けて来たのでしょう。そうして五年の歳月をかけて力を蓄え、技術にも更に磨きを掛けて行動を起こす機会を伺っていた矢先……自分よりもずっと小さいのに、純粋な力で自分を圧倒する存在と出会った」

「……俺か」

「はい。もし今直ぐにでも人の生活圏を襲いに行けば、またその未知の力を持った人間と鉢合わせるかもしれないと考えて、行動を躊躇したのかもしれません」

「あー、成程。だがそうなると、今回逃走って手段を取らず襲撃を実行してきたって事は……何かしらの勝算が出来たと考えるのが自然か」


 俺の言葉に、ピンとした空気が張り詰める。パキパキと指を鳴らし、前を向いたまま俺は口を開いた。


「皆、気を引き締めろ。恐らく、アイツは何かしらの術を思い付いている筈だ……再び俺達が戦いを挑んで来た時、それを斬り払えるだけの術を」


 ……強くなったのは、俺達だけとは限らないかもしれない。一回の戦闘でどの位学習するかは分からないが、用心する事に越した事は無いだろう。


 ◇◆


 南門にある馬車の受付所は、喧騒に包まれていた。多くの馬車や輸送車が護衛のスレイヤーに付き添われ、次々と町を出て行く。

 避難先の村までなら、危険性は少ないと判断されているからこそ紫等級以外のスレイヤーを護衛として送り出せているのだろう。だが、万が一エンカウントすれば勝ち目は無い……急ごう。

 人々の群れを掻き分けながら、受付所の裏手の空きスペースへと向かう。そこには、出番を待っている様にストラトス号が静かに鎮座していた。


「これは……人力車?」

「そ。ただの人力車じゃ無いぞ、俺の牽引にも耐えられるスペシャルな奴だ」


 初めて見るストラトス号を、アリアがしげしげと眺める。

 今、ここに居るのは俺とアリアだけだ。リーリエとコトハはここに来る前に一旦分かれ、市場に必要と思われるアイテムの買い出しに向かって貰ったからだ。

 二人が戻る間に、俺はストラトス号のチェックを済ませておく。前回結構派手に扱ったので、何処かに不備が出ているとも限らんからな……特に足回り。


「……車輪付近が、余り見慣れない形をしていますね」

「おう。サスペンションっつってな、コイツのお陰である程度の荒れ地でも車体を安定させて走れるんだよ。その気になりゃ街道を使わずに目的地まで直線的に向かう事だって出来る」


 欠点としては、移動中は俺が常に引っ張りっぱなしになるので、馬車を使っている時の様に車内でみっちり作戦会議を行ったりする事が出来ないって所か。

 だから、基本使うのはこう言う緊急時に限られるだろうな。リーリエに毎回青い顔させる訳にもいかんし。


「どこで手に入れたんです?」

「≪エイムンド商会≫って所から買った。≪オーラクルム山≫に向かおうとした時タイミング悪く馬車が全部出払っちまっててよ……そん時、丁度≪エイムンド商会≫の商隊キャラバンが来ててな、そこに居たエイムンドさんから直接買い付けた」

「≪エイムンド商会≫の会長さんから直接ですか……何と言うか、ムサシさんは人の引き運が凄いですね……」

「そうかねぇ……良し、大丈夫そうだな」


 アリアと話をしながら、俺は一通りのチェックを済ませる。素人目線だが、目に付く様なガタは来ていないみたいだ……だが、今回の件が片付いたら一度に出した方が良いだろう。エイムンドさんの所でやってくれっかな?


「――お待たせしました!」

「アイテム、買い揃えて来たよぉ」


 タイミングよく、リーリエとコトハが戻って来た様だ。よし、これでいつでも出発出来るな。


「二人ともサンキュー。こっちも点検終わったから、直ぐにでも出発しようぜ」

「へぇ、ストラトス号って人力車の事やったんや」

「うぅ……酔い止め酔い止め……」


 興味深そうに視線を向けるコトハとは対照的に、リーリエはガサゴソと大量の酔い止めを取り出している。大丈夫だよ、前回よりは運転技術も上がっている筈だから!


「二人とも乗ってくれ……アリア、留守を頼むぞ」

「はい。ムサシさん達もお気を付けて」


 ……以前のアリアだったら、もう少し不安そうな顔をしていたかもしれない。だが、今のアリアの顔にそう言った色は無い。

 それは即ち、信頼の表れだ。俺達ならば、無事ハガネダチを討伐して元気な姿のまま戻ってくると信じている……なら、キッチリそれに応えないとな。


 こうして、俺達はアリアの見送りを受けながらミーティンを後にした。目指すは襲撃を受けた村だ、そこで先ずは手掛かりを見つけよう。

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