第28話 VS.骨蛇竜マルヴァジータ(前編)

 俺達の前に現れた存在が、【照光イルミネイト】の光を受けてその姿を鮮明に晒す。


骨蛇竜こつだりゅう】マルヴァジータ……主に洞窟等の暗所を住処とする中型種のドラゴンだ。

 骨格は“腕脚型わんきゃくがた”と呼ばれる特殊な形で、トカゲから後脚を取って残った前腕を巨大化させた様な形をしている。

 腕脚型はその腕と蛇の様な胴体を組み合わせて地面を這う様に移動するのが特徴で、壁だろうが天井だろうが自由自在に動き回れる優れた機動性を持つ。


 このマルヴァジータは二つ名が示す通り、濡羽色ぬればいろの体に骸骨を思わせる白磁はくじの外殻を持っている訳だが……動きを損なわない様にする為か、外殻は出っ張った骨の上にのみ形成されている。

 ハッキリ言ってかなり不気味だ。頭部を覆う頭蓋骨の様な外殻、その落ち窪んだ箇所から青白い光を放つ眼がより一層おっかない印象を与える。髑髏妖怪の一派か何か?


 そんな野郎が三体、目の前に現れた訳だ。全く以って面倒臭い事この上ない!


「リーリエ、こいつ等は俺が受け持つからその間に採掘しちまってくれ」

「えっ!? で、でも初見の相手ですよ? 危険じゃ……」

「本で読んだ分の情報はあるし、大丈夫でしょ。それよか気になるのは、この空間の耐久性だ」


 マルヴァジータから視線を逸らさずに、俺は片足でカンカンと地面を突く。その音は非常によく響く……まるで、下に別の空間があるみたいに。


「――! 分かりました、手早く済ませます!」

「頼んだ……どれ、したらば」


 リーリエが採掘道具を取り出し鉱石群へ向かったのを確認し、俺はリーリエまでの進路を断つ様にしてマルヴァジータ達の前に立ち塞がる。【照光イルミネイト】が作り出した光球は上空に停滞し、空間全体を照らし出しているので視界も問題無しだな。


「カロロロロロロ……」


 三体のマルヴァジータは壁に一体、地面に二体と言った陣形でじりじりと俺との距離を詰めて来ている。

 気を付けなくてはならないのは、出来るだけ地面に衝撃を与えない事。さっきの崩落に耐えた位だから、ちっとやそっとじゃ抜けたりはしないだろうが……。


「ガロロァッ!!」

「俺の全力振り下ろしだと100パー崩れるなっ、とォ!!」


 壁に張り付いていたヤツが雄叫びと共に飛び掛かって来るが、俺は左手の金重かねしげでそれを無造作に打ち払う。


「ガッ!?」


 顎に強烈なカチ上げを食らったソイツは、空中を回転しながら後方へと吹き飛ばされる。

 よし、地面を直接斬り付けなければ大丈夫くさいな。だったら――。


「Hey,Come On! テメェ等全員、片っ端から打ち上げてやるよォ!」

「ガアッ!」

「ガロロッ!」


 俺の挑発に呼応するかの様に、地べた組二体が同時に飛び掛かって来る。発達した両腕と尾を活かした突貫の速度は中々だが、コトハやあのハガネダチウンコ野郎に比べりゃ鈍間ノロマも良い所だ。


「ほーらよっと!」


 片方に一撃づつ叩き込めば、その身体は呆気無く宙を舞う。そもそもサイズが中型種なもんだから、尚の事良く飛ぶねぇ。

 先に吹っ飛んだ奴がブルブルと頭を振っている上に、追加で吹っ飛んだ二体が重なる様にして落っこちる。

 哀れ、最初の一体は後続の二体の下敷きとなってしまった。


「何か……若干申し訳ない様な……」


 一瞬、微妙な罪悪感に苛まれた俺だが、直ぐにその考えを振り払う。

 積み重なった三体は即座に分かれて再び戦闘態勢を取る。その瞳は戦意を失うどころか、俺に対する怒りの炎を迸らせていた……うん、ブチ切れてますねこれは。


「クアッ!」

「クロロッ!」


 頭部の外殻を一部砕かれながらも、三体のうち二体が壁に向かって跳ぶ。そうして、左右から俺を挟む形になると、正面に居る一体も含めてカパリと顎を開いた。

 そこに見えたのは、長く伸びた二本の牙。それはドラゴンの牙と言うよりも、蛇のそれに似ていて……その先端が全て俺に向いた段階で、俺は金重かねしげを大剣形態にして防御態勢に入った。


「シャアッ!」


 俺が金重かねしげを盾とするとほぼ同時に、三体のマルヴァジータが一斉に液体の様なナニかを勢い良く吹きかけて来た。


「うおっ!」


 ジェット水流もかくやと言う勢いで噴出された液体が金重かねしげに直撃し、液体が周りに飛び散る。

 ジュッ! と言う何かが焼ける様な音と共に嫌な臭いが辺りに広がった。


「うえっ!? マジかコイツ!」


 コブラみてぇに毒液を飛ばすと言うのは前情報で知っていたが、コレそんな生易しい物じゃないやん! 岩をも溶かすレベルの強酸じゃねーか!

 俺はリーリエの居る後方へと目を遣る。良し、ヒップをふりふりさせながら元気に採掘道具を振るっている後ろ姿を見る限り、向こうまでは飛沫は飛んでいない。

 ……揉みたい、何て言ってる場合じゃねぇな! 吹き付けられた勢いが勢いだけに、リーリエの所までは届いていないその飛沫は俺には割と掛かる訳でして。

 そんな飛沫が降って来る度、髪が焼ける独特の臭いが俺の嗅覚を刺激した。


「ぺっ、ぺっ! クッソ、少し口に入っちまったじゃねぇか――苦っ!?」


 何この……何? 錠剤を間違って口の中で噛み潰した時の様な苦みが口の中一杯に広がる。溶けてはいないけど……苦い、苦すぎる。癖になりそう。


「不味い、もう一杯……は、いらねぇなッ!!」


 強酸液が吹き止むと同時に金重かねしげを双剣形態に戻せば、空を切り裂き飛来する気配がある。分けた金重かねしげをそのまま左と右で逆手に持ち、大口を開けて両サイドの壁から飛び掛かって来た二体のマルヴァジータを受け止めた。


「ゴガッ!?」

「グガッ!!」


 まさかその場から微動だにせず受け止められるとは思っていなかったのか、困惑した様なうめき声を上げながらも金重かねしげをかみ砕こうとガジガジ顎を動かし、腕で引っ掻き回す。

 そんなモンで壊れてたら俺の得物にはならんがな……なんて言っても、ドラゴンには通じんわな。


「むっ!」


 二体のマルヴァジータを受け止めている時、真正面から殺気が飛んでくる。そちらを見やれば、残っていたもう一体が牙を突き立てんと顎を開いてこちらへ跳び付いて来ていた。

 やっべ、今俺は両手が塞がっている状態……られる!?


「――な訳ねぇだろボゲゴラァッッ!!」


 ぐん! と両手を左右に開いて正面の空間をこじ開け、突っ込んで来たマルヴァジータの頭に渾身の力で前蹴りケンカキックを叩き込んだ。


「クペッ」


 ぐしゃり、と固い物と柔らかい物が圧し潰れる音と共に聞こえたのは、ドラゴンとは思えない何とも情けない断末魔? だった。

 強烈な突進の速度と俺の脚力が衝突した結果、突っ込んで来たマルヴァジータの頭部が外殻ごと頭蓋骨や脳味噌、その他諸々を含めて地面に叩き付けられた西瓜の如く叩き潰され、血飛沫を撒き散らしながらその身体を地面へと墜とした。


 これなんだよなぁ……俺の場合殴り合いの肉弾戦となると、相手が最早素材の価値もクソも無い状態になる。それが、スレイヤーとしては致命的なのだ。だからこそリーリエの協力が必要不可欠であり、尚且つより一層自分の剣術を磨かなければいけないのだが……。

 まぁ今回は別にマルヴァジータの素材目的出来た訳じゃ無いからな。そのまま土に還れ……あ、この空間土無かったわ。


「「カロロッ!」」


 仲間の一体が悲惨な死に方をしたのを見て、金重かねしげに食らい付いていた二体が飛び退き俺から距離と取る。流石に、あのまま力押しをする程馬鹿じゃなかったか。

 が、三体が二体になった事実に変わりは無い。この分なら、強酸吐きにだけに気を付けてリーリエが仕事を終える前に片を付け――。


「カララララッ、カララララッ!」

「コロロロロッ!!」


 俺が自由になった金重かねしげを持ち直して、攻勢に回ろうとした時。不意に二体のマルヴァジータが今までとは質の違う鳴き声を上げた。

 それと同時に、空間に広がって来るぞわぞわとした感触。反射的に上を見上げれば……そこには、崩落した上層からワラワラとこちらへ降りて来る無数の青白い光があった。


「……大家族ですねぇ! クソがっ!!」


 次々と集結してくるミニサイズのマルヴァジータの群れに、俺は盛大に悪態を吐いた。

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