第29話 VS.骨蛇竜マルヴァジータ(後編)

 団体様御一行が現れた所で、俺は思考を奔らせる。

 もう壁は大量のミニマルヴァジータで覆い尽くされている状態だ。無数の青白い眼光を見る限り、その数を数えるのは正直バカバカしい。取り敢えず沢山居るって事で。

 幸いなのは、俺の後ろ側には一匹たりとも居ないという事。連中にとって俺が今立っている場所は死線デッドライン、超えれば確実に死ぬという事を本能で理解しているのだろう。


「つっても、このまま膠着状態が続く訳でも無し……ん?」


 視界に映るマルヴァジータの群れを圧力プレッシゃーで押さえつけている時、俺はデカいマルヴァジータが居る場所の後ろに、微かな空気の流れがある事に気付く。

 目を凝らしてみれば、【照光イルミネイト】の光が届いていない暗闇の奥に空洞が空いているのが見えた。

 人間が通るには十分な広さ……間違い無い、アレは道だな。何処に通じているのかまでは分からないが。


「……閃いた」


 金重かねしげをペン回しの様にくるくると回しながら、俺はある事を思い付く。多分、これを実行できればこいつ等を一網打尽にしてこの場から離脱出来るんだが……リーリエの進捗次第か。

 俺がそう考えた時、後ろから聞こえて来ていた採掘音が止む。どうやら、タイミングバッチリの様だ。


「ムサシさん! 天雷鉱石ボルエノダイトの採掘が終わりま――ひいっ!?」


 仕事を終えてこちらを振り向いたリーリエが、自分の後方に広がっていた光景に思わず悲鳴を上げたのが分かった。

 そりゃあお前、後ろ振り向いたら無数の青白い光を伴ってワラワラと動く骸骨の集団みたいなモンを見たら、悲鳴の一つだって上げるわな。


「お疲れだリーリエ! したらば――ッ!?」


 俺がリーリエの方に一瞬意識を向けたのを、奴等は見逃さなかった。デカいのも小さいのも含めて、一斉に口を開く。

 うわっ、マジかこいつ等! この数で一斉に毒液を吹かれるのは流石にちょっと!!

 俺の抗議など当然届く訳も無く、全てのマルヴァジータが同時に俺達に向かって夥しい量の毒液を吹きかけて来た。


「しゃがめ!!」

「ッ!?」


 俺の鋭い言葉に、リーリエは反射的にその場にしゃがみ込む。瞬時に金重かねしげを大剣形態へと変えて、一本足打法の体勢を取った。

 これだけの数、盾で防ぎきるのは不可能。だったら……全部吹き飛ばすしかあるめぇよ!


「どぉらっせいッッ!!!!」


 眼前に飛沫が迫った時、俺は渾身の力を以ってフルスイングをかました。

 一瞬の停滞……その次の瞬間に、凄まじい暴風が俺達の居る空間内に巻き起こった。

 飛来していた毒液は勿論の事、その向こう側に居たマルヴァジータ達をも巻き込んで風は荒れ狂う。小さいマルヴァジータに至ってはつむじ風に巻き上げられた落ち葉の如く宙を舞っている。

 壁に張り付いていたマルヴァジータは軒並み吹き飛ばされ、空中に放り出された後に地面に叩き付けられた。

 好機――これを逃す術は無い!


「リーリエ、背中に飛び乗れ!!」

「は、はいぃっ!!」


 俺が片膝立ちになると同時に、背中に人一人分の重さが加わる。間髪入れずに立ち上がると、俺は奥の方にある通路へと跳躍した。


「絶対離すなよォ!」

「ひゃいっ」


 俺の首に回した腕に必死で力を入れ、リーリエが返事をする。右手で大剣形態の金重かねしげを持ち、左手でリーリエのケツを支えた状態で跳躍しているので、バランスが悪いのだ。リーリエには出来るだけしっかりと腕に力を――。


「んゃっ……」


 ヤメロォ! こんな状態でそんな声を出すなよ!! 百パーケツを持ってる俺のせいだとは思うんだけれども! 素晴らしい揉み心地だ素晴らしい。

 とまぁ、んなアホな事を考えながらも無事通路の前へと降り立つ。そこで間髪入れずにリーリエのケツから左手を離し、俺は金重かねしげを双剣形態に戻して、今抜け出した空間の方を振り返った。


「カロロッ!」


 バタバタと折り重なった状態から復帰したデカいマルヴァジータが、かぶりを降ってこちらを睨み付ける……が、もう遅い!


「よォしリーリエ、しっかり掴まってぇ!」

「はいっ!」


 俺が告げると同時に、リーリエの両腕に更に力が入る。あーあ、鎧越しじゃなくて直にそのたわわを押し付けられてえなぁ……。

 そんなお下劣な事を考えながらも、俺は両手に持った二振りの金重かねしげを天高く振りかぶった。

 目の前に広がる空間の下には、間違い無く更に別の空間が広がっている。なら……コイツ等全部、そこにボッシュートしちまいましょうねぇッ!


「――どおっせいりゃあコンチクショウッッ!!」


 無駄に長い気合一発と共に、俺は金重かねしげを地面に向かって振り下ろした。

 突然の俺の行動と、そこから発生した凄まじい揺れと衝撃波でマルヴァジータ共が混乱と恐慌状態に陥る。そして、金重かねしげが直撃した箇所を起点として放射状に罅が広がっていき――盛大な音を立てて、空間の地面が崩落した。


「「「「「カロアアアアアッ!?」」」」


 自分を支える地面が無くなった事により、大量のマルヴァジータが成す術無く下へと吸い込まれていく。咄嗟に壁に飛び移ろうとした連中も、インパクトの余波で跳び付いた壁が崩れ落ち、努力空しくその身を奈落へと落として行った。

 やがて崩落が収まると、そこにマルヴァジータの影は一つも無かった。あるのは、大口を開けたでっかくて深い大穴だけ。


「ふはは! どうだリーリエ、これで一網打尽よ!」

「む、無茶苦茶過ぎる……」


 得意気に話す俺に、リーリエは若干引き気味だ。お、いいのかいいのか? そんな態度取ると俺泣くぞ? その可愛らしい尻をもう一回揉むぞ!?



 ――ピキキッ。



 静寂が戻った時、俺達の耳が不穏な音を捉えた。

 何だろう、まるで岩か何かに罅が入る様な音。結構な大きさだったから、相当深い罅が入った様に感じられる。

 しかもこれ、聞き覚えがある音だ。確か……クラークスと戦った時だったかな?


「……む、ムサシさん。私、今すっごい嫌な予感がするんですけど」

「奇遇だな、俺もだ」


 そう話しながら、俺は静かに金重かねしげをマジックポーチへと仕舞い込み、リーリエの両足をがっちり腕で固定していつものおんぶダッシュ態勢に移行する。

 パラパラと頭上から降って来る粉。これは……ヤバいっすねぇ!


「――逃げるぞォ!」

「やっぱりぃぃいいい【照光イルミネイト】ぉぉおおおおっ!?」


 地鳴りがし始めた瞬間、俺はリーリエを背負ったまま踵を返して猛然とダッシュする。【照光イルミネイト】が前方を照らしだす中を、俺は全力で何処に繋がっているかも分からない通路を駆け抜ける。

 バキバキバキッ、と言う轟音と共にどんどん辺りの壁が崩れて行く。クソッ、やり過ぎた!!


「つーか、脆すぎだろこの洞窟ゥ! あの位耐えて見せろやァ!!」

「ムサシさんのフルパワー相手にそれは厳しいと思いますっ!!」

「そーかなァ!?」

「そーですぅ!!」


 リーリエと言い合っている内にも、どんどん崩壊は酷くなってくる。てか、この通路外に通じて無かったらどうすっかなぁ。


「む、ムサシさん! 出口です!!」

「おおっ!」


 おっと、どうやら天は俺達を見放していなかったらしい。前方を見据えれば、大分先から光が差し込んでいるのが見える。

 その先にあるのは……曇り空! 天気は相変わらず悪そうだが、今はそんな事気にしている余裕はねぇ!


「うおおおおおりゃあああああッ!!」


 上から降って来る岩やら何やらを避けながら、俺は外へと通じる出口へと体を滑り込ませるように飛び込んだ。

 出てみれば、そこは猛吹雪が吹きすさぶ降雪地帯だった。風が吹きすさぶ音に混じって、背後から岩が崩れ落ちる轟音が聞こえる。

 振り返ってみれば、そこに俺達が通って来た洞窟は無く……代わりに、無残にも崩れ落ちた岩や土砂があるだけだった。


「……た、助かった?」

「おう。かなりギリギリだったがな……」


 吹雪に晒されながらも、俺達は安堵の溜息を吐く。マルヴァジータに襲われたり、洞窟が崩落したりと色々あったが……目的の素材は無事手に入った。後はちゃっちゃと下山を――。



 ――ズシンッ!



「……今のは、リーリエの腹の音かな?」

「そんな訳無いです、ぶっ飛ばされたいんですか?」

「すんません……となると、だ」


 地面を揺るがす大質量が、俺達の背後に迫っている。この山で、そんなクソデカい奴つったら……アイツしからんだろうな。

 恐る恐る振り返った先――そこには、その長い首を天高くまで持ち上げて俺達を見下ろす茶色い体毛を纏った巨影があった。

 ……はい、どう見ても【巨重竜きょじゅうりゅう】アルティトーラですね、ハイ。しかも一体じゃないですね、吹雪の奥にも同じ様な巨大な影が見えます……。


「……ここは、連中の縄張りテリトリーみたいだな。めっちゃ怒っていらっしゃるよ?」

「れ、冷静に言っている場合ですか……?」

「何を言ってるんだリーリエ、こういう時こそ思考はクールにしないといけんぞ? とりま、俺達がやるべき事は唯一つ」


 ぐぐっ、と両足に力を入れると、筋肉の膨張に合わせて防具が伸びる。


「――ゴオオオオアアアアアアッ!!」


「……逃げるぞォ!!」

「ですよねぇええええ!?」


 アルティトーラの怒りの咆哮が轟くと同時に、俺は地面を蹴ってその場から駆け出す。

 ここでわざわざこいつ等の相手をする必要は無し。目的のブツは手に入ったんだから、後は全力ダッシュで下山してミーティンに帰るんじゃい!


「機会があったら相手してやっから、そん時まで生きてろよデカブツゥ!」

「何で挑発するんです!? あっ、追いかけて来るスピードが上がったじゃないですかぁ!!」

「マジでぇ!? 頭いいなぁアイツ!!」


 そんな感じでギャーギャーと言葉を交わしながら、俺達は≪オーラクルム山≫を後にする……何かもう、無駄に疲れたゾ。

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