第25話 “怪物”
【Side:アリア】
本当は、今日一日は完全休養として貰って明日以降に話すつもりだった。しかし、緋色の強い眼差しとその瞳の奥に灯る灼炎を見た時、促されるままにワタシは椅子へと座り直していた。
やはり、コトハさんにとってあのハガネダチは特別な存在なのだ……ワタシが想像していた以上に、彼女の中にある
「……コトハさんは、どの辺りまで調べられましたか?」
「名前と、大まかな生態位までは」
「なるほど。では、コトハさんの追っているハガネダチが過去にも同じ様な襲撃行為を繰り返していた事は?」
「それは……知りまへんな」
やはりか。となれば、恐らく≪
当然と言えば当然。コトハさんからすれば自分の故郷を襲った相手の正体さえ分かればいいのだから、過去まで遡ってそのルーツを調べようとは思わないだろうし……当時、そこまで気を回す精神的余裕は皆無だっただろうから。
だから、ワタシ達が探す。コトハさんの仇敵の源流に迫る事によって、少しでもこちらが相手に対してアドバンテージを得る為に。
「ワタシ達で調べた限りでは、コトハさんが故郷を襲われる以前にも最低四回、あのハガネダチは≪
「そんなに……」
「はい。十二年前に山間部にある小村を襲った時を始めとして、次の年にはもう少し大きな村、その次の年には更に規模の大きな街二つといった具合に」
シーツを握るコトハさんの手に、ぎりっと力が入るのが分かる。
「どんどん、エスカレートしていったんやね?」
「そうです。そして、四年目に襲われたコトハさんの故郷は、これまで襲われたどの場所よりも大きな街でした……コトハさん、お聞きしたい事があります」
「なに?」
「コトハさんが実際に追い掛けていたハガネダチと対峙した時、姿形が普通と違うという事以外で何か違和感を覚えませんでしたか? どんな小さな事でも構いません」
「違和感……」
ワタシの問いに、コトハさんは顎に手を当てて思案を始める。やがて、その唇がゆっくりと開かれた。
「――人間くさい」
ぽつり、と呟かれたその言葉を皮切りとして、コトハさんが一つ一つ思い出す様にしながら語りだす。
「普通、ドラゴンいうんは自分の持ち味を活かした上での力押しが基本。敵が自分より小さな相手ならよりその傾向が顕著に表れるもんやけど……アイツの戦い方は、とにかく
「イヤらしい……ですか」
「うん。ハガネダチの武器は刀剣の様に発達した頭角、当然アイツもそれを使ってきたんやけど……扱い方が、
その話を聞き、ワタシは先刻まで図書館で調べて分かった事を思い出す。何故、コトハさんが追っているハガネダチがそれ程優れた戦闘術を持つのか。何故、人を相手にしているのではないかと錯覚させる程対人性能が尋常では無いのか。
「それは、あのハガネダチの
ワタシは持って来た鞄から、ある資料を取り出す。それは、びっしりと人の名前が上から下まで整然と書き連なっている書類の束だ。
「あのハガネダチによる最初の襲撃があった十二年前。それより以前の、ギルドで記録されている≪
未帰還者。クエストに出発したものの、それ以降音信不通となったスレイヤーの事を指す言葉だ。
クエストは命懸け。当然その中で命を落とす者は一定数居る。しかし、遺体の回収・確認が行えなかった者を、死亡者と数える事は出来ない。
故に、未帰還者と言う呼称を使う。『クエストの成否は不明だが、所在の確認が取れていないスレイヤー』……実態は、ほぼ死亡者を示す言葉として扱われているが。
「この年代を見て下さい」
ワタシはリストをコトハさんの前に提示しながら、名前の主が未帰還者と判断された年が書いてある場所の一つを指さす。
「この年から、緩やかにですが未帰還者の数に増加傾向が現れ始めます。そして、ある年を境に急激な下降を見せ始めました」
「……十二年前」
「そうです」
十二年前。それは、ハガネダチによる最初の襲撃が行われた年。その年に一気に未帰還者の数が減ると言う事は……今まで未帰還者を作り出していた存在が、それまでとは違う行動をとり始めたという事。
「ムサシさんが懇意にしている武具屋があります。そこの店主がゴードンさんという方なんですが……ご存知ですか?」
「うん。ムサシはんから聞いてるよ?」
「その方曰く、ハガネダチがコトハさん達が見た個体と同じ長さまで頭角を成長させるには、最低でも三十年は掛かると。そして、未帰還者の数が増加し始めたのは三十二年前からです」
「……つまり、あのハガネダチはその辺りから人を襲い始めたと?」
「はい。それまでは人の入り込まないような場所で暮らしていたのでしょうが、ある時自分を脅かす存在と出会った……」
「スレイヤー、やね」
コトハさんの言葉に、ワタシはこくりと頷く。
「如何にドラゴンと言えども、身体が出来ていない状態では戦えませんから、実際に生まれたのは三十二年前よりもっと昔だと思います。その後、最初のスレイヤーと対峙してから、ひたすら自分を狙うスレイヤーと戦い続けた結果……出来上がったのは、途方も無い対人戦闘経験を積んだ怪物」
自分で出した結論だが、それでも背筋に寒気が走る。実際に相対した訳では無いけれど、長い年月を掛けて対スレイヤーの戦い方を身に付けたドラゴンと言うのがどれほど恐ろしい存在なのか、想像に難くない。
「ムサシさんが言っていました。『あのハガネダチは好き好んで人を襲ってる』と」
「……長い殺戮の果て、戦いに……正確に言うんやったら、人殺しに
ふぅ、とコトハさんは息を一つ吐いて天井を見上げる。その瞳は、先程よりも強い焔を灯している様に見えた。
「アイツは、絶対に討伐せなあかん。アリアはんの話を聞いて確信したわ……もしこの機会を逃せば、間違うなくアイツはもっと人を殺す。そないな事になったら、第二第三のうちを生み出してしまうかもしれへん……
「はい」
「……うちの生き方ってな、
そこまで話して、コトハさんはワタシを真正面から見つめて――深々と、頭を下げた。
「お願い……アリアはん達の力を、うちに貸して。うち一人じゃ、アイツを倒せへん」
それは、今まで一人での戦いを選んで来たコトハさんが口にするには相当な覚悟が必要な言葉の筈。それでも、コトハさんはワタシ達に協力を願い出た……返す答えは、一つ。
「最初からそのつもりですよ、コトハさん。ですから、頭を上げて下さい」
今この時を以って、ワタシ達は真の協力関係を結んだ。こちらからの一方的なモノでは無く、お互いに手を差し出しあったのだ。もう、遠慮は無用だろう。
「……ありがとう」
「お礼を言われる様な事は何も。それに、言ってしまえば今更です」
「……そうやなぁ。もう、とっくの昔にアリアはん達は動いてくれとったんやもんな」
そうして、ワタシ達は自然と笑い合っていた。
「さて、そうしたら今日はここまでにしましょう。コトハさんはゆっくりと体を休めて下さい」
「うん、そうさせてもらうね……ムサシはんの子守唄、もう一回聴きたいなぁ」
「えっ」
ベッドに体を横たえ目を閉じたコトハさんがポツリと零した一言で、ワタシの体はピシリと固まる。
(子守唄って……一体何があったんですかムサシさん!?)
眉間を指で押さえながら、今は≪オーラクルム山≫に向かっているであろう想い人の名を、ワタシは心の中で叫んだ。
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