第4話 痴女の正体

 嵐の様な痴女とギルドでひと悶着あった次の日、俺とリーリエとアリアはいつも通りギルドへと向かっていた。


「「…………」」

「あの、二人とも? そんなに強く腕に抱き着かれると歩き辛いんだが」


 俺を挟む様にしてリーリエとアリアが両隣に並んで歩いている訳だが……二人とも≪月の兎亭≫から出た時からこの調子だ。


「気にしないで下さい」

「ムサシさんにはこのままワタシ達とくっ付いている義務があります」

「さいですか……」


 ますます強く腕に力を入れる二人を見て、俺は引き離すのを諦めた。全く、あの痴女はとんでもない置き土産を残して行ってくれたもんだ。


「ほれ、二人とももうすぐギルドに着くからそろそろ離しんしゃい。切り替え切り替え」

「……分かりました」

「仕方ありませんね」


 渋々と言った感じで、二人は俺の腕を解放する。あー、どうすっかなぁ。休業日にどっか連れてった方がいいのかねぇ……いい加減機嫌直して貰いたいし、ちょいと日程調整するか。


 俺はギルドの入り口を潜りながら、そんな事を考えていた。


 ◇◆


 クエストボードの前で、俺とリーリエは依頼書と睨めっこをする。さて、今回はどんなクエストにしようか……。


「あっ、これなんかどうです?」

「お、どれどれ」


 リーリエが指差した一枚の依頼書に、俺も目を通す。


「“≪カルボーネ高地≫に出現した【岩殻竜がんかくりゅう】ヴラフォスの討伐”……成程、以前行きそびれた新しいフィールドの探索も兼ねて、って訳か」

「はい。あの時は≪アガタ山地≫のクエストを取りましたから、≪カルボーネ高地≫の方には足を運べていませんでしたし」


 リーリエの言う“あの時”と言うのは、二ヶ月前の≪アガタ山地≫でのクエストを受注した時の話だ。その時に≪ヴェント原生林≫と≪カルボーネ高地≫のクエストも候補に挙がった訳だが、最終的には≪アガタ山地≫で二つのクエストをこなすと言う話で落ち着いたので、残りの二つには行けていなかった。

 その後も、何だかんだ別のフィールドに繰り出していたりしたので、今まで≪カルボーネ高地≫には足を運べていなかったのである。


「よし、んじゃこのクエストにするか」

「はい!」


 話が決まった所で、依頼書をクエストボードから剥がしてアリアの元へと向かう。


「アリア、このクエストの受注処理を頼む」

「分かりました。……≪カルボーネ高地≫での討伐クエストですか。あそこは天候が非常に変わりやすいので、二人とも十分に注意して下さいね?」


 天候か……いきなり雨に降られたりとかしたら嫌だな。何が嫌って、空が荒れたら俺の金重かねしげ目掛けて雷降ってきそうだからな。


「……落雷って避けれんのか?」

「避けれるよぉ?」


 俺の呟きに答える様に、ふわりと後ろから体を包む様な声が聞こえた。

 ああっ、クソ! してればスルーしてくれると思ったのに……!


「あっ! 昨日の!」

「…………」


 話し掛けられて初めて気付いたのか、リーリエはバッと後ろを振り向き、アリアは目を細めて件の声の主を見詰める。

 俺は深く……深ぁああああく! 溜息を吐いてから、ゆっくりと後ろを振り返った。


「おはようさん♪ 昨日ぶりやねぇ?」


 ――案の定、そこに居たのは間違いなく昨日見た痴女だった。


「人 違 い で す」


 もうリーリエとアリアに怒られるのは嫌なので、背後に立っていた白髪ケモ痴女に先制ジャブをかます。


「いややわぁ、あんさんみたいに目立つ人を見間違える訳ありまへんやん」


 が、しかしジャブは躱されてしまった! ぐぬぬ、この掴み所の無い感じはどうにも苦手だ……なんつーか、何言っても手玉に取られる気がする。


「それよりも、さっきの話やけど」


 頬に手を当て、ころころとした笑顔を崩さぬまま痴女は一歩こちらに近付いた。


「雷様を避けたいんやったら、雷様よりはやく動けばええんよ」

「あ、成程」

「ちょっ!」


 あっ、しまった。思わず反応しちまった。しかしそうか、落雷を避けたいならそれより早く動けばいいのか……機会があったら試してみよう。

 ……いやいやそんな事はどうでもいいんだよ! 何で返事しちゃうかなぁ俺!? もうこうなったらこっちから切り込むしかねぇじゃん!


「……で、何の用だ?」

「あら、用事が無いと話し掛けちゃあきまへんの?」

「少なくとも痴女に話し掛けられるのは遠慮願いたいな」


 俺の言葉に痴女は一瞬ポカンと口を開けた後、くつくつと小さく笑い始めた。


「痴女、痴女かぁ。なるほど、うちはあんさんにそんな風に見られとったんや」

「そうだよ、だからお引き取り――」

「で・も」

「!?」


 俺の言葉を遮り、痴女が更にもう一歩踏み出す。やば、後ろに退が……れない! 窓口が!!


「――うちが痴態を晒すのは、あんさんの前だけどすえ?」


 つい、と背伸びをして俺の耳元でそう囁いた痴女の表情は、酷く蠱惑的なモノだった……近い近い近い、距離が近いよ! ヤッベすげぇイイ匂いがする!! 耳がぞわぞわしてメッチャ興奮する!!!


「ちょ、ちょっと二人とも近いです! 離れて下さい!」


 ほぼ零距離となっていた俺達の間に無理矢理割って入る様に、リーリエが体をねじ込ませる。あ、ちょっと残念……No,No,No違う違う違う! そうじゃ、そうじゃなーい!!


「あら、ざーんねん」

「……それで、ムサシさんに何か御用ですか?」


 その場を仕切り直す様に、アリアが真っ直ぐに痴女へと問い掛ける。それを聞いて、痴女はポンと手を叩いた。


「ああ、そうそう。実はあんさん方に謝ろうと思うてな……昨日は悪ふざけが過ぎてしもてごめんなさいね」

「ほう?」


 そう言って、痴女は俺達に頭を下げる。その態度に、嘘は混じっていない。

 ……俺は少し驚いた。まさかこの痴女にそんな良識があるとは思っていなかったからな。


「そんでな、今日はあんさん方に昨日迷惑かけた分のお返しがしたいんよ」

「お返し、ですか?」


 困惑しながら問い返すリーリエに、痴女がコクリと頷く……あー、何か読めてきたぞ。


「そのお返しとは?」

「あら、スレイヤーが同じスレイヤーにするお返しなんて決まっとりますやんか」


 アリアの問いに、痴女は薄く笑いながら自分の背中――己の得物である戦斧バルディッシュの柄をトントンと叩いて見せた。


「……成程、ムサシさんとリーリエのクエストを手伝ってくれると」

「正解や、銀髪のお姉はん♪ 勿論、これはお返しなんやからうちの取り分は無しでええよ?」

「えぇ……ど、どうしましょう? ムサシさん」


 困惑するリーリエだが、痴女の腹の内が読めた段階で俺の答えは既に決まっていた。


「是非お願いしよう」


 俺が即座にそう答えたのが意外だったのか、痴女は少し驚いた表情を見せる。お、一矢報いた気分。


「ただ、俺達はパーティーだ。当然リーリエと、専属受付嬢であるアリアの賛同が得られないならこの話は無しだが……どうだ、二人とも?」


 俺がそう聞くと、リーリエとアリアしばし思案した後に口を開いた。


「……分かりました。私達の力になってくれると言うのなら、それを断る理由は無いです」


 ピンと背筋を伸ばし、痴女と真っ向から視線を交錯させてリーリエが宣言する。それを見て、痴女はにこりと笑った。


「ワタシも異存は有りません。これから向かう場所はムサシさんとリーリエが行った事の無い場所ですから、不測の事態を想定するなら戦力は多い方がいいでしょう」


 よし、アリアの許可もとれた。これならこの痴女を同行させても問題無いだろう……俺自身、もあるからな。


「決まりやね……ほな、まずは自己紹介と行きましょか。ずっと痴女呼ばわりされるのも嫌やしなぁ」


 そう言って、は自分の首からぶら下がっていたシルバーのチェーンを防具の内側から引っ張り出して、俺達へと見せる。それを見た時、リーリエとアリアの表情が驚愕の色に包まれた。


「――スレイヤーのコトハ言います。よろしゅうな、お三方」


 そう言って微笑んだ彼女――コトハの手の中にあったのは、紛れも無く上位スレイヤーの証である鮮やかな青色の等級認識票タグだった。

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