第5話 偽りの等級

≪カルボーネ高地≫へ向かう道中。揺れる馬車の中で、俺とリーリエはコトハさんと取り留めの無い会話をしながらゆったりとした時間を過ごしていた。


「いやぁ、仲が良さそうとは思っとったけど、まさか三人が恋人関係にあるなんて思わへんかったわ……ごめんなさいねぇ、嫌な気分でしたやろ?」

「い、いえ。もう謝って頂いたので大丈夫です……」


 コトハさんとやり取りをしているリーリエは、そわそわとしながら返事をする。何でそわそわしているかと言えば……。


「あの、コトハさん? そろそろ私を離して貰えると……」

「だめー♪」

「何でですか!?」


 抗議するリーリエが座っている場所……そこは、コトハさんの脚の間だった。背中をコトハさんに預け、両の腕で体を抱きしめられている為、身動きが出来ない様だな。何だこの状況?

 後コトハさんよ。なんぼリーリエを間に置いてるからって、女性がそんな大股開いて座ったらはしたないぞ……。


「だって、リーリエはんすごく柔らかくていい匂いしはるし~抱き心地もいいし~」

「私はぬいぐるみか何かですか!? む、ムサシさん!」


 若干涙目になっているリーリエが俺に助けを求めてくる。パーティーメンバーの危機だ、俺がとる行動は唯一つ。


「コトハさん、後で俺にも貸して」

「ムサシさん!?」


 いやいやいや、そんなコトハさんばっかりズルいわ。俺だってリーリエぬいぐるみ欲しいわ。

 その時、コトハさんが渋面で俺を見ているのに気が付いた。なんぞ?


「……ムサシはん。うちの事は“コトハ”でええうたよね?」

「うっ……いやしかしだな」


 リーリエやアリアが居る手前、流石に呼び捨ては……。


「あっ、アレだよ。等級はコトハさんの方が上だろ? やっぱりランクが上の人には敬称を使うべきじゃないか?」

「紫等級のギルドマスターを呼び捨てにしてる人が言っても説得力ありまへんえ?」

「何で知ってんの!?」


 俺言った覚え無いんだけど……リーリエかアリアが教えたのか?

 いや、二人がそんなどうでも良い事をコトハさんに教えるメリットが無い……何だろう、この先には深く踏み込んではいけない気がする。


「……さん付け取ってくれへんのやったら、リーリエはん返さへんから」

「えっ」

「良し分かったコトハ、話せば分かる」

「えぇっ!?」


 すまぬリーリエ、お前の存在には代えられん。許せ。

 まぁ、実際年上の俺が年下のコトハをさん付けで呼ぶのは無理があるよな……ちなみにコトハは二十五歳だそうだ。リーリエの八つ上、アリアの一つ上、俺の三つ下だな。


「はいよく出来ました。ほな、あと一日後くらいに返しますわ」

「「長っ!!」」

「ふふっ、冗談や二人とも」


 ダーメだこりゃ、全然口で勝てる気がしねぇよ。もうずっと振り回されっぱなしだ……。


「ところで、一つムサシはんに聞きたかったんやけど」

「何だ?」

「なんでうちの提案を即決で呑んでくれたん?」


 コトハがその問いを投げかけた瞬間、ふっと空気の感触が変わった。

 提案……これは、さん付け云々の事じゃねぇな。恐らく、クエストへの同行を認めた時の話だろう。


「自分で言うのもなんやけど、あんないきなりクエストに同行させろ言われたら、大抵は断るんとちゃいます? しかも相手は、前日に散々自分達に迷惑をかけた素性も知れぬ女……なんぼ謝罪の意味を含んでいるから言うて、普通なら簡単に首を縦に振るとは思えへんのやけど」

「コトハの実力が気になったから。それだけだな」


 俺がそう言うと、まるで何かを見極めるかの様にコトハの目が細まる。構わず、俺は言葉を続けた。


「リーリエとアリアはどうだったか分からないが、俺は純粋にコトハの腕前が気になったんだ……なぁ、今度は俺の方から聞いていいか」

「……なんどす?」

「コトハ……お前、?」

「む、ムサシさん!? それはコトハさんに対して失礼ですよ!」

「まぁまぁリーリエはん、落ち着いて……ムサシはん。それは、うちのスレイヤーとしての力が実際は青等級よりも下なんじゃないかって事どすか?」

「逆だ」


 コトハの瞳を真正面から見つめ、俺は自分の中にあった疑念を確かめる為に更に踏み込む。


「コトハ……お前、本当は青等級じゃなくて持ってんじゃねぇの?」

「一個上って……む、紫等級って事ですか!?」

「……何でそう思いはるん?」

「俺に気配を悟られずに姿を消したから。今までそんな事が出来る奴に、俺は会った事が無い」


 俺は自分が感じ取った事を包み隠さず伝えていく。それを、コトハは黙って聞いていた。


「随分と自信家なんやね。そんなん、ムサシはんが鈍かっただけとちゃいます?」

?」


 俺は少しだけ、自分の内にしまい込んでいる圧力プレッシャーをコトハのみに向ける。瞬間、コトハの顔色が変わり、その頬に一筋の汗が流れた。


「……ッ、ごめんなさいねぇ、今の言葉は撤回させて貰いますわ。だから、を収めてもらえへん?」

「おう、分かった」


 そう言って、俺は出していた圧を引っ込める。自分の体を襲った感覚から解放されたコトハは、ふぅと一息吐いてから口を開く。


「……ムサシはんの言う通り、うちは本来であれば紫等級のスレイヤーどす。今まで何回か昇級試験の話は来とったし、その試験だって突破する自信はあるよ?」

「でも、実際の等級は青だ。何か理由があるのか?」

「……単純な話、うちは紫等級には上がりたくないんよ」


 ほう、中々珍しい話だな……普通のスレイヤーなら、最上位である紫等級になれるチャンスが来たなら、迷わずそれに飛び付くだろう。地位、名誉、財産……あらゆる面で、紫等級は他の等級とは一線を画す。


「紫等級って言うのは、色んな意味で特別な等級なんよ。赤と青の間には大っきな壁があるなんて話は有名やけど、青と紫の間にはそれを超えるとっても大っきな山があるんどす」

「その山を超えた先にある頂、それが紫等級って訳か」

「せやね。一番上に立つもんには、それ相応の責任が伴いますからなぁ……そんな物背負しょいこんだら、自由に動けんくなる。それは、うちにとってなんよ」

「……紫等級になる事によって得られる物全てを差し引いても、自由に動ける事の方がコトハにとっては大事なのか?」

「うん」


 成程なぁ……そう言われると、確かにコトハにとって紫等級と言う物は足枷になるだろう。青等級のままならまだ自由に動ける。が、紫等級ともなればそうはいかない。下手をすれば、ガレオの様にギルドマスターという椅子に縛り付けられちまう。


「……そうか。いや、不躾な事を聞いてすまんかった」

「別にええよ、この位。でも……今の話は、ムサシはん達にも言えるんとちゃいます? 【飢渇喰竜ディスペランサ】をたった二人で討伐する黄等級スレイヤーなんて聞いた事あらへんわ」

「ん、討伐した時は俺もリーリエも白等級だったぞ?」

「……はぁ!?」

「いやだって、遭遇したのは黄等級に上がる為の昇級試験中だったから」

「なんやそれ、うちなんかより二人の方がよっぽど等級詐称やん」

「詐称て。まあ、その時の実績のお陰で俺もリーリエも白から一気に紫になる機会があったんだけどな……蹴ったんだよ、俺達」

「それはまた、なんで?」

「んー、矜持っつーか何て言うか……俺達は一歩一歩先に進みたいんだよ。そう言う、飛び級みたいなのは望んじゃいなかった。まだまだ経験も足りなかったし……だから辞退して、通常通り一つ上に上がるだけに留めたんだ」


 俺の話を聞いたコトハが、呆れた様な表情を作る。ま、普通はこういう顔になるよな……でも、俺もリーリエもあの時の選択が間違っていたとは思わないし、後悔もしていない。


「……所で、さっきから随分と大人しいなリーリエ」

「あ、確かに……リーリエはん?」


 結構真面目な話をしていた俺達の会話の中に、リーリエは一切口を挟んでこなかった。何だろう、凄く嫌な予感が……。


「……リーリエ? どしたの?」

「……きゅう」


 僅かにそう漏らしたリーリエは、コトハの腕の中でぐったりとしていた。やべぇ、顔が真っ青だ!


「ちょっ、コトハ! お前リーリエの体締め上げてんぞ!!」

「あっ!? ご、ごめんリーリエはん!」


 慌ててコトハが腕の中からリーリエを解放したが、時既に遅し。目を回して気を失っているリーリエの姿を見て、俺もコトハも大慌てで救護に当たるのだった。締まらねぇ……。

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