第3話 彼女達の憂鬱
【Side:リーリエ&アリア&アリーシャ】
ムサシが疲労困憊状態で自室に戻った後、リーリエとアリアの姿はアリーシャの寝室にあった。
「落ち着いたかい、二人とも」
「はい……」
「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません、アリーシャさん」
部屋に備え付けられたソファーに座りながら、机を挟んで対面に居るアリーシャにリーリエとアリアが頭を下げた。手には薬草を調合して作られる酔い覚ましの粉末を溶かしたホットミルクが入ったマグカップが握られている。
混沌極まるお説教大会が終わってから、アリーシャは二人を部屋へと招いた。理由は言わずもがな、ムサシの事について。
「にしても、アンタ達があそこまで荒れるなんてねぇ……そんなにいい女だったのかい? ムサシが≪フェーヤ森林≫で出会った獣人って言うのは」
「……凄く綺麗な人でした。髪も綺麗で、背も高くて、スタイル抜群で……」
そう言って項垂れるリーリエだが、第三者視点で見ればリーリエもアリアも、あの女性スレイヤーに引けを取らない位、十二分に美人である。本人達にあまり自覚が無いだけで。
「それに、あの方は
「へぇ……」
アリアの言葉に、アリーシャの瞳が一瞬細くなる。元凄腕スレイヤーとしては、そういう話を聞くと血が騒ぐのかもしれない。
「……で、アンタ達はムサシがその何処の馬の骨かも分からない女に盗られると思った訳だ」
「「うっ……!」」
ズバッと核心に切り込んだアリーシャの言葉に、リーリエとアリアは二人揃って言葉を詰まらせる。
ただの美人がムサシに近付いただけなら、二人はここまで気にしない……が、事故とは言えムサシはその美人の裸体を目にしてしまっているのだ。
おまけにムサシの風貌を見ても物怖じしないとくれば、二人が不安に駆られるのも致し方無いと言える。
「はぁ……アンタ達ねぇ。他の女が近付いて来たとして、アイツがアンタ達を捨ててその女を取るような男だと思うかい?」
「お、思いません!」
「思いません」
アリーシャの言葉に即座に反応したリーリエとアリアを見て、アリーシャは小さく笑う。
とどのつまり、二人の心配は杞憂に過ぎないのだ。リーリエとアリアがムサシを想う様に、ムサシもまた二人を想い、愛している。アリーシャの問いに即答したのも、そこに愛を伴った確固たる信頼があるからだ。そんな三人を引き離すなど、到底出来る事では無い。
「思いません、けど……」
「自分達の裸よりも先に他の女の裸を見たのが気になる?」
アリーシャの問いに、リーリエは口を閉ざしてしまう。アリアもまた、手元のマグカップに視線を落としてしまった。
「はぁ……そこまで気になるんなら、アリアが言った様に自分達の裸も見せてやればいいじゃないか。そんでそのまま襲っちまいな」
「!? むむむ無理ですっ!」
「それは……流石に恥ずかしいです、ね」
ダメだこりゃ。アリーシャは内心でそう呆れながら、自分の分のホットミルクに口を付ける。
肌を重ねれば見える物もあるだろうに、この二人は
「なら、これ以上その事について気にするのはやめな。アンタ達はムサシの女なんだ、もっとどーんと構えとけばいいんだよ」
「それはそうですけど……で、でも! それだけじゃないんです!」
リーリエが縋るような眼つきでアリーシャの顔を見る。そして一瞬口ごもった後、意を決したように語りだした。
「うん? それだけじゃないって言うのは?」
「その……何となくですけど、あの女の人からは私達と同じ気配がしたと言いますか……」
「……それはワタシも感じましたね」
「はぁ? じゃあ何かい、その女がアンタ達みたいにムサシに惚れると?」
その考えは流石に早計という物ではないだろうか。幾ら裸を見たとはいえ、説教大会で経緯を聞いた限りではその女スレイヤーは散々ムサシを振り回した挙句いつの間にか姿を消していたと言う。そんな女が、ムサシに惚れこむ要素などまず無い筈である。
だが、リーリエとアリアの表情は真剣そのもの。少なくとも、冗談で言っている様子では無い。
「……仮にそうだとしても、だ。アンタ達はムサシが新しく女を引っ掛けて来ても、その女が本当にムサシを愛していて、ムサシもそれに応えたなら受け入れるんじゃなかったのかい?」
「それはそうですけど……そうですけどー!」
「流石に結ばれてから二ヶ月後と言うのは予想外です……」
どうやら、リーリエとアリアの中では既に確定路線に入っているらしい。アリーシャは眉間を抑えながら深く溜息を吐いた。
「……兎にも角にも、アンタ達の言ってる事は証拠も何も無い自分の勘に基づくただの予想だ。そんな事考えて悶々している暇があったら、ムサシとデートにでも行ってきな。気晴らしにもなるし、余計な心配事だっていつの間にか忘れるよ」
「そう、でしょうか」
「そうだよ。ほら、今日はもう自室に戻って寝ちまいな」
アリーシャの言葉で、その日はお開きとなった。この先の未来で何があるのかは、まだ誰も知らない。
◇◆◇◆
【Side:???】
「ふんふふんふーん♪」
月明かりが照らす夜の街を、
その日、うちは珍しく興奮していた。と言うのも、今日ギルドである出来事があったから。
うちが他のスレイヤー達に口説かれていた時、視界に入って来た一人の大男……その人の顔に、うちは見覚えがあった。
この街に来る途中で立ち寄った場所……≪フェーヤ森林≫という名前だったか。あそこで、うちはあの人に出会った。
「うちが悲鳴を上げる前に、あの人の方が先に悲鳴を上げるなんて思わへんかったけど……ほんま、面白い人やわぁ」
そう。
川で出会った時、あの人が音を立てるまでうちは全くその気配に気づけなかった……
幾ら気配を消すのが上手な生き物でも、あの距離でうちの感覚網から逃げるなんて出来ない筈なのに……あの人は、平然とうちの背後を取った。
「それに……ギルドでうちを見た時のあの眼、
自分で言うのもアレだが……うちって結構見てくれはいい方らしいので、男の人は大概外ばかり見る。でも、あの人は違った。あの人は、外だけじゃなくてうちの中身まで見ていた。多分だけど、うちがどの位
「その癖、うちが体よく隠れ蓑にするために腕をとったら、想像できんくらい
あの時の事を思い出すと、自然と笑みが零れてしまう。あんな風体なのに、うちがふざけて裸を見せ合う関係なんて言ったら、すんごい別嬪さんが二人、鬼の様な剣幕であの大っきな人を問い詰めていたから。あれでいて、結構なプレイボーイなのかもしれない。
「さっと逃げられてよかったわぁ。あのままあそこにおったら、うちまで怒られとったかもしれへんし」
でも、逃げる時に咄嗟に
「……まぁ、そん時はそん時やんね。ふふふっ!」
小さく笑いながら、うちは月明かりの下を歩く……あっ、良い事思いついた。これなら今日のお詫びにもなるだろうし、次に会ったら――。
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