第2章 閃雷の白狼

Prologue…水辺での遭遇

≪フェーヤ森林≫――ミーティンから馬車で片道二日程の場所にある森林地帯である。

 大気中の魔力濃度が高く、その影響で二メートルを超える植物があちらこちらに見られる場所だ。近くの村等では、“妖精の森”なんて呼ばれ方をする事もあるらしい。


「キョエエエエエエエ! キョッキョッキョッ!」


 その森の中を、巨大な植物を掻き分けて疾駆する一匹のドラゴン。

 “近隣の田畑を荒らすイェロカカーボの討伐”。それが今回俺達が受けたクエストで、今前方を突っ走ってるのが目標のドラゴンって訳だ。

黄冠羽竜おうかんうりゅう】イェロカカーボ。四足歩行タイプの中型種に分類されるドラゴンで、オウムよろしくその頭には立派な黄色い冠羽を持っている。

 体表は鱗や外殻では無く、若干灰色がかった白い羽毛で覆われているのだが……これだけ鳥っぽい要素を持っている癖に、飛翔能力は無い。

 寧ろ地上で速く走る為に地面に這いつくばる様な骨格をしており、その移動速度は中々……と言うか、めっちゃ速い!


「――待てゴラァ! 止まんねぇとブチ殺すぞ!!」


 そんな見た目詐欺のイェロカカーボを、俺は行く手を遮る植物を薙ぎ倒しながら猛追していた。


「キョーッキョッキョッキョッキョ♪」

「このッ……人をおちょくってんのかテメー!!」


 コイツ! さっきから人を子馬鹿にした様な鳴き声ばっか上げやがる。腹立つなぁ!

 ……だが、そんな態度を取れるのもここまでだ。


「――【重力グラビティ】!」

「ギョアッ!?」


 順調に逃げていたイェロカカーボの身体を、突如重力の雨が襲う。ヤツがビタンと地面に押し付けられたと同時に俺はその直上へと跳躍し、落下しながら頭部と首の付け根目掛けて大剣形態の金重かねしげを突き立てた。


「どっせいッ!」

「ギョッ――」


 金重かねしげの平たい切っ先がその首と頭部を分断し、一瞬の痙攣を最後にイェロカカーボは動かなくなった。


「おーいリーリエ。終わったぞい」

「お疲れ様です、ムサシさん」


 俺の合図で進行方向に生えていた樹木の間から、ひょっこりとリーリエが姿を現す。脛当てグリーブに付いた土をパンパンと払いながら、こちらへ駆け寄って来た。


「いやぁすまんすまん。追い込むのに思ったより時間掛かっちまった」

「仕方ありませんよ、イェロカカーボは俊足が持ち味のドラゴンですから」


 リーリエはそう言って苦笑しながら、俺の足元へと視線を移す。物言わぬ姿となったイェロカカーボをまじまじと見るその姿を見て、俺も自分の足元へと視線を落とした。


「……こうして見ると、全然ドラゴンには見えませんよね」

「ああ。これでもかっつー位羽毛生えてるし、デカい嘴持ってるし……その癖四足でゴキブリみたいに動くんだもんなぁ」

「ご、ゴキブリ……」


 俺が口にしたゴキブリと言う単語に、リーリエの顔が僅かに引き攣る。あら、苦手だったか……いや、ゴキブリが得意って奴は中々稀有だな。


「にしても、俺達いい感じに連携が取れる様になってきたな」

「そうですね。必要最小限の魔法と攻撃でドラゴンを倒すのにも慣れてきましたし」


 リーリエのその言葉に、俺は頷く。

 今までは俺達の戦術と言ったら、俺が前で殴ってリーリエが後方から援護……これのみだった。だが、等級が上がっていくにつれて出会った事の無いドラゴンと戦うと機会が増えると考えた時、手札は出来るだけ多い方が良いだろうという事で、俺とリーリエは様々な連携・戦術を模索していた。

 今回の追い込み作戦もその一つ。足の速い相手を馬鹿正直に追っかけて強引に仕留めるのではなく、予め指定した場所に誘導して、一つの魔法・一回の攻撃で決着ケリをつける……って塩梅でやってみた訳だが、何とか上手く行ったので良かった。

 ……まあ、そう言う戦術が通用しない相手が出てきたら例の如くパワーでゴリ押しするけどな!


「力押しで行くなら【拘束バインド】して【脚力強化レグフォース】と【加速アクセル】で一気に距離詰めて押し切るって感じか」

「そんな感じになるかと思います。今回は【重力グラビティ】一つで済んだので、魔力消費も最小限に抑えられました」

「俺もやたらめったら金重かねしげを振り回す必要が無かったからイイ感じだ。切れ味の悪さを比較的柔い関節部を狙ってカバーするってのにも慣れてきたし……ただ、次やるならもう少し上手く追い込みたいな」

「ムサシさん凄い勢いであっちこっち追い回してましたもんね」

「いやだってさぁ! コイツの逃げる時の態度がどう見ても俺を煽ってる様にしか見えなくてよ……つい頭に血が上っちまってだな」

「あはは……でも、結果的にちゃんと狙った通りに仕留められたからいいじゃないですか」

「ま、そうだな。取り逃がした訳でも無いし……どれ、したらばちゃっちゃと解体して昼飯にすっか」

「はい!」


 そう言って、俺達は解体の準備にかかる。太陽はもう真上に昇っているから、丁度飯時だな。腹減った……。


 ◇◆


≪フェーヤ森林≫の中にある開けたエリア。見通しが良く、近くに川もあるので良くクエスト中のスレイヤー達の休憩場所として使われていると、ギルドで貰った地図に書いてあった。俺達も先人達に倣って、そこを昼食場所とした。


「【全能覚醒強化フルオーバードライヴ】は相変わらず調節が難しいか?」

「そうですね……術式自体が結構複雑に組んであるので、行使するとなるとどうしても他の事に気が回らなくなります」

「成程。ま、こればっかりはしょうがねぇよ。基本的に切り札ワイルドカード扱いで行こうぜ」


 飯を食う時にかさばる鎧を脚部だけ残して脱いだ俺は、リーリエに気になっていた事を聞きつつテキパキと携帯調理セットを組み上げていく。

 リーリエが作った固有魔法オリジナル、【全能覚醒強化フルオーバードライヴ】は受ける恩恵が大きい分、それ相応のリスクが伴う事が、これまで何度か使って貰った時に分かった。

 俺専用に作ったというあの魔法。一つの魔法で複数の身体強化を同時に施す為に、かなり複雑な術式を使っているらしく、一度発動させたら俺が標的を倒すまでリーリエはこの魔法の維持に掛かりっきりになるらしい。

 そうなると、必然的にリーリエは無防備になる。その時、万が一にでも別のドラゴンが現れてリーリエを襲ったりでもしたら取り返しがつかないからな。俺もそうなったら即座に対応するつもりではあるが、100%は無い訳だし。

 なので、基本的には今までリーリエが使っていた改良魔法を軸にして戦い、ここぞという時に使って貰う事にしている。


「ごめんなさい、私の処理能力がもう少し高かったら……」

「今のままでも相当だと思うんだけど……てか、“こんなに複雑な光魔法を実戦で使えるのは恐らくリーリエだけ”ってアリアとガレオも言ってたし、今のリーリエは十分上手くやってるよ」

「そうでしょうか……」

「そうだよ」


 一度、ギルドの訓練場でリーリエが俺に【全能覚醒強化フルオーバードライヴ】を使うのを見て貰った事がある。あの時の二人の顔は中々見物だったな……特にガレオは面白かった。忘れろと言われたが、絶対にあのアホ面は忘れてやらん。


「よし、川で水汲んでくるわ」

「あっ、お願いします」

「うぃっす。一応周囲の掃討は済ませてるけど、警戒はしとくようにな」

「分かってますよ。ムサシさんもお気をつけて」

「はいよ」


 俺は立ち上がると、アイテムポーチから折り畳みバケツを取り出してその場を後にした。


 ◇◆


 目的地の川は、俺達がいたエリアから歩いて三分程の場所にあった。

 流れは非常に穏やかで、水も澄んでいる。煮沸の必要はあるが、飲料水として十分に使えるレベルだろう。


「よいしょっと」


 俺は脚部の鎧を外して川の中に足を踏み入れ、少し岸から離れる。深さが膝丈程になった所でバケツを上流側に入れて水を汲んだ。


「……ん?」


 水を汲んでいる最中、俺は自分以外の何かが入水する音に気付く。川の流れが穏やかな事もあり、その音はハッキリと聞こえ、方角も分かった。


「獣かねぇ」


 俺は水を汲み終わったバケツを手に持ち、音がした方向へと進んで行く。

 もし熊か何かだったら、仕留めて持ち帰ろう。昼飯のメニューが増えるからな。

 そんな事を考えつつ、俺はペキペキと指を鳴らす。


(素手で狩りをすんのは久しぶりだな……)


 気配を消しながら心の中で小さく呟き、俺は音が聞こえた方向へ近付く。そうして、現在進行形で水音が聞こえてくるカーブを描いている岸の向こう側へゆっくりと歩み出た。

 さて、どんな獣がいるのか……な……?


 そこまで考えた時、俺の思考は目に飛び込んできた光景によって固まった。


 視界に映ったモノ。それは、純白の長髪と、そこから生えるピンとしたケモミミ・ふさふさの尻尾がとても綺麗な――獣人の女性だった……素っ裸の。

 あらー、獣は獣でも、獣人の方だったかーそっかー……。

 俺が突然の展開に思わず水音を立ててしまった時、その染み一つ無いすらりとした体がこちらを向く。


 煌めく白髪の間から覗く緋色の瞳と、俺の視線が交錯した。

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