Epilogue…今日も今日とて異世界は回る

≪月の兎亭≫の朝はいつも活気で満ち溢れている。アリーシャさんの料理目立ての客でごった返す食堂内で、俺とリーリエとアリアは、いつものカウンター席に陣取って朝食を取っていた。


「それにしても、ムサシさんってホントによく食べますよね」

「そうですね。朝からその量の料理を食べる人は、スレイヤーでも中々居ないと思います」

「そうか? でも朝食ってのはその日一日のエネルギーの原点だからな、俺は食えるだけ食う主義だ。ま、アリーシャさんの飯が美味いってのもあるがな」


 一般的なモーニングメニューを食べているリーリエとアリアに挟まれながら、俺は自分のドラゴンステーキ(特大)と山盛りの白米ライス、サラダ(特盛)をモリモリと食べていく。


「アタシ的にはムサシは上客だからどんどん食べて貰えると嬉しいがね……はい、おかわりの白米ライス

「あざっす!」


 アリーシャさんが苦笑しながら持って来てくれた追加の白米ライスを口に運びながら、俺は今日の予定を考えた。


「さて、今日から本格的に再始動だけど何のクエスト受けるよ?」

「そうですね……」


 俺の問いを聞いたリーリエがしばし思案する。そんな俺達を見たアリアが助言をくれた。


「お二人は黄等級に上がった訳ですから、今までよりも受注できるクエストの幅が広がっています。なので、今まで許可が下りなかった場所でのクエスト等も、ある程度受注できる様になっている筈ですから、そう言った新しい場所に足を運んでみるのはいかがでしょうか」


 あっ、そうか。等級が上がった今なら、これまで等級制限で行けなかった場所にも足を運べるようになったのか。


「それいいな。未知の場所に行くってのは心が躍る」

「私もいいと思います。選択肢が広がったのなら、是非新しい場所へ足を運んでみたいです」

「決まりだな、サンキューアリア。アドバイスのお陰で今日の見通しが立った」

「いえいえ、この位は」


 そうして話し込んでいる間に俺達三人は朝食を食べ終わり、アリーシャさんに朝食代を支払って席を立つ。


「ご馳走様! よし、したらば行こうか」

「はい!」

「アリーシャさん、また後で」

「はいよ、三人とも行ってらっしゃい」


 アリーシャさんに別れを告げて、俺達は≪月の兎亭≫を後にした。


 ◇◆


「専属受付嬢だと、出勤時間をお二人に合わせられるのが良いですね」

「あー、今までは俺とリーリエが飯食いに来る頃にはもうアリアは出てたもんな」

「確かに……」


 朝日に照らされる中を、三人で並んで歩きながらギルドへと向かうのは中々新鮮味がある。二週間前の昇級試験は中々大変だったが、その分見返りも大きかったって訳だな。


「にしても……やっぱりこうして並んで歩いてると結構見られるな」

「ムサシさんは体格的にも見た目的にも目立ちますからね……」

「いや、半分位は君達の影響もあるからね?」

「あら、でしたらワタシとリーリエは離れて歩きましょうか」

「スンマセンシタッ!」


 こういうやり取りも慣れたもので、俺達は笑い合いながら道を歩く。


「……えいっ!」

「うおっと」


 そうしていたら、不意にリーリエが俺の右腕に飛び付いて自分の腕を絡めてきた。あっ、これはあんまり慣れないっす……。


「あら、でしたらワタシも」


 リーリエの取った行動を見たアリアが、同じ様に俺の左腕へと自分の腕を絡めてくる。両手に花とはこの事だな! ハッハッハッハッ……視線が痛ぇ。特に男共のがやばい、殺気をビンビンに感じる。


「あの、二人とも。往来でこれは流石に止めた方がいいんじゃ」

「いいじゃないですか、見せつけてあげれば」

「そうです。こうやって、ワタシとリーリエがムサシさんの女だって知らしめてればいいんですよ」

「さいですか……」


 二人にそう言われると、俺はもう何も言えなくなる。まぁ、これ位見せつけてやればリーリエとアリアに言い寄って来るような男も減る……かな?


「あっ、着きましたね」

「おおう、いつの間に」


 そうして歩いていたら、知らず知らずの内にギルドの前まで来ていた。二人は俺から腕を離し、居住まいを正す。


「では、ワタシは専属受付の窓口に向かいますので」

「おう。クエスト決まったら持って行くわ。どれ、そしたらクエスト選びをしようかリーリエ」

「はい!」


 そうしてギルドのホールに入った所で、俺達は二手に分かれた。さぁ、どんなクエストがあるのかな?


 ◇◆


「これなんかどうだ?」

「“≪ヴェント原生林≫において目撃された未確認ドラゴンの調査、並びに討伐”……も、もう少し優しいクエストにしませんか? ほら、このクエストとか」

「なになに? “≪カルボーネ高地≫にて指定薬草の採取”……ここまで来て採取クエストは何か味気なくない?」

「そうでしょうか……」


 クエストボードの前で、俺とリーリエはあーでもないこーでもないと言いながら依頼書を吟味していた。

 実際にクエストを確認したら、黄等級に上がった事により新たに受けられるようになったクエストはかなりの数だった。その中から「これだ!」と言うのを二人で探している訳だが……中々、互いに納得できるクエストが見つからないな。


「うーむ……おっ?」


 貼り付けられている膨大な依頼書を見渡していた時、俺の目に留まったのはある二つの依頼書だった。


「リーリエ、この二つはどうよ」

「二つですか? ……“≪アガタ山地≫にて指定鉱物の採掘”、“≪アガタ山地≫にて異常繁殖した【鉤竜かぎりゅう】ガプテルの討伐”……成程、同じ場所でのクエストを同時にこなす訳ですか」

「ああ。行った事の無い場所だし、クエストの中身もそこまで難易度の高い物じゃないみたいだから丁度良いんでない?」

「そうですね……じゃあ、この二つにしましょうか」

「よしきた!」


 俺とリーリエの意見が合致した所で、依頼書をクエストボードから引っぺがしてアリアの元へと持って行く。行った事の無い場所で一度に二つこなす訳だが、まあ何とかなるだろ。複数のクエストの同時受注は初めてじゃないし。


「アリア、決まったぞ」

「見せて下さい。……なるほど、同一エリアでのクエストを二つ受ける訳ですね。分かりました、しばしお待ちを」


 俺達から依頼書を受け取ったアリアが、手早く受注処理を行っていく。いやー、専属受付嬢が居るっていいね。待ち時間も無くてストレスフリーだ。


「はい、お二人とも。これが今回受けるクエストの依頼書の写しです。失くさない様にして下さいね」

「うっす」

「分かりました」


 処理が終わったアリアから、ギルドの判子が押された二枚の紙を受け取り、俺とリーリエでそれぞれ一枚ずつアイテムポーチへと仕舞い込む。よし、これでギルドでの準備は終わりだ。


「ムサシさん、リーリエ。分かっているとは思いますが、この二つのクエストはお二人が今まで行った事が無い場所でのクエストです。十二分に気を付けて下さい」

「合点承知の助」

「はい、気を抜かずに頑張ります」


 アリアの念押しに、俺とリーリエは頷く。俺達の返事を聞いたアリアが、真剣な表情から柔らかく笑みを作った。


「よし、じゃあ行ってくる」

「行ってきます、アリアさん!」

「はい。お二人とも、行ってらっしゃい」


 アリアの見送りを受けながら、俺とリーリエはギルドを後にした。


 ◇◆


 ミーティンの南門にて、俺とリーリエは持ち物等の最終確認を行う。初めて行く場所だ、備えは万全にしないとな。


体力回復液キュアポーションは?」

「持ちました!」

魔力回復液マナポーションも?」

「持ちました!」

「採掘道具は?」

「持ちました!」

「その他野営道具、携帯食料等も?」

「全て準備オッケーです!」

「よォし!」


 まるで修学旅行前の様に、俺達は各自の持ち物の声だし点検を行う。ま、実際にこれから行くのは旅行じゃなくてクエストだがな。フィールドでの油断はそのまま死に直結するから、十分に気を引き締めて行こう。


「確か、ここからだと片道四日位だったか?」

「そうですね。クエストに二日掛けるとしたら、帰ってくるのは十日後でしょうか」

「了解……んじゃ、行くか!」

「はい!」


 そう言って俺達は拳を突き合わせ、手配した馬車へと向かって行く。そんな俺達を、雲一つない空から降り注ぐ陽光が優しく包み込んだ。


 この世界に来て十年。大変な事もあるが、俺を支えてくれる人達と共に前へと進む。その歩みが止まる事は――きっとない。

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