第59話 VS.■■■■■■ Final.Stage
リーリエの声に応える形で、俺は
――ムサシさん。私を、信じて貰えますか?――
俺はその問いに、一も二も無く答えた。
共に困難に立ち向かいたいと言ったリーリエの言葉を疑う余地など無い。何をするのかは分からないが、俺はリーリエの言葉を信じて動くだけ。
……恐らく、今のリーリエにはそこまで余力が無い筈。その上で、ヤツの魔力吸収器官が復活する前に
「ん!」
姿勢を低くして駆け抜ける俺の足元に、白い魔方陣が出現した。
もう複数の強化魔法を掛ける時間は無い……
しかしこのタイミングで俺に魔法を掛けたという事は、光魔法による強化を行おうとしているという事。複数の強化魔法を掛けるよりも早く、複数の魔法を行使するよりも少ない魔力消費で、あのドラゴンをぶった斬れるだけの力を俺に与えようとしている。
(……もしかして、リーリエが今使おうとしているのは)
ある考えが頭に浮かんだ時、不意に俺の足元が強い輝きを放つ。一瞬視線を遣れば、それまで魔方陣の中で不規則に動き続けていた文字がピタリと止まり、その全体が円を描くように回り始めた。
「――【
後方から、リーリエの力強い詠唱が聞こえた。それと同時に背中から強い光を感じ、全身が心地よい暖かさに包まれる。僅かに背後に目を向ければ、そこには光の大輪が出現していた……カッコええ!!
瞬間、爆発的な力が身体の内側から発生し全身へと行き渡る。それに合わせて、俺は姿をかき消す勢いで加速した。
【
(やり遂げたんだな、リーリエ)
以前リーリエが俺に語った、俺専用の強化魔法を作るという話。正直、出来るのはまだまだ先だと思っていたが……どうやら、俺はリーリエという天才を侮っていたらしい。後で謝らないとな。
周りの景色がスローモーションになる。クラークスの時の様な極端な物ではなかったが、それでも十分なレベルだ。
それはつまり、無駄が無いという事。余剰火力を出さず、魔力消費を抑え、全身を必要な分だけ強化する……それを、たった一つの魔法でリーリエは実現させた訳だ。これは、身体強化系魔法の一つの極致と言っていいのではないだろうか。
(でもこれは……確かに、俺専用だな)
強化によって全身に掛かる高負荷を感じながら、俺は内心で苦笑する。これだと、並の奴なら引き伸ばされた自分自身の地力に圧し潰されるだろう。
(どれ、そんじゃ終わりにしますか)
感情に浸る意識を意識を切り替え、俺はドラゴンの巨体へと迫る。
既に食事を終えていたヤツは、迷いなく俺へと視線を向けていた。そして再び口を大きく開き、その巨体からは想像もつかない瞬発力を発揮して俺を捕食せんとする……が、遅い!
「
迫りくる顎を体をスライド回転させながら躱し、その勢いを殺さずがら空きとなった右腕へと左手の
部位を問わず、あらゆる角度で俺の剣を弾いていた表皮が
「ギャオオオオオオオオオッ!!」
地を震わせる絶叫。思わず耳を塞ぎたくなるレベルのやかましさだが、俺は構わず右の
この一瞬の攻防で、ドラゴンはご自慢の表皮を切り裂かれて二本の腕を失った。良かったな、お前が食ったチビとお揃いだぞ?
「グアアアアアアアッ!!」
苦悶と憤怒が入り混じった咆哮を上げ、ドラゴンが大きく身体を回転させた。その遠心力を得た太く、長い尻尾が俺目がけて肉薄する。
俺は回避運動は取らずに、その場で二振りの
「
そして尻尾が眼前まで迫ったその刹那、俺は渾身の力を以って二つの剣を尻尾へと叩き付ける。
一瞬の抵抗――しかし
「ギャアアアアアアアッ!!」
大量の血をまき散らしながら、ドラゴンはたまらずと言った様子でその場から飛び退く。だが、それを許す程俺は甘くない。
強化された加速力を以って、俺はドラゴンの真正面へと回り込む。目に映った金の双眸には、明らかな怯えの色が浮かんでいた。
しかし、そんな目を見ても俺の心に迷いは生まれない。これは互いの生き死にを掛けた生存競争……情けなど、芽生える筈も無かった。
「グウウウウゥゥ……ガッッ!!」
火事場の馬鹿力だろうか。自身の血を被りながらもドラゴンは身体を大きく仰け反らせて、間近にいる俺に向かって
(あんだけ盛大に出したのに、まーだ魔力が残ってたのか……)
吐き出された
しかし、リーリエの加護を受けた今の俺に斬れない物は無い。ほぼ零距離で放たれたそれに、俺は腰だめにした
斬撃と打撃に対する高い耐性を持ったヤツの表皮。それを斬り裂く速度と膂力を得た
そして散った魔力が消えるよりも前に、俺は垂直に空へと飛び上がる。目の前で
「――あばよ、大食い野郎」
落下に合わせて身体を横に回転させる。強化された俺の膂力、重力、遠心力……それら全てを乗せた回転斬りが、頭部と首の境目へと吸い込まれていった。
――
最初に斬り合った時の様な鈍い音では無く、確かにモノを斬り裂く音と感触を感じながら俺は地面へと着地する。
剣を振り切ったままの体勢で、ズンッ! という衝撃と共に俺の右足と左膝が地面へと沈み込んだ。
一拍置いて立ち上がると、俺は剣身にこびり付いた血を振り払い、
そうした後、背後から何かが地面へと落ちる鈍い音が聞こえた。そして、巨大な質量が力なく倒れる音も。
それが、このドラゴンと俺達との決着を告げる最後の音となった。
「……リーリエ」
「あ……ムサシ、さん」
未だに魔法を発動させたままのリーリエの傍に立ち、
「あっ……」
緊張の糸が切れたのか、リーリエから力が抜ける。その体を、俺は可能な限り優しく抱き留めた。
「ありゃ、鼻血出てる……随分と頑張ったみたいだな」
「あはは……ムサシさんも、血まみれですね」
「俺の血は一滴も含まれてねぇからダイジョーブ……あっ、スマン。これだと汚しちまうな」
「構いませんよ……終わった、んですね」
「……ああ」
リーリエを腕の中に収めながら、俺は漸く後ろを振り返った。
そこには、頭を失い地面へと倒れ伏すドラゴンの巨体と、虚ろに目を見開いたままの禍々しい頭部が転がっていた。ああなったら、もう再生もクソも無い……完全に、絶命している。
「ありがとうな、リーリエ。お前が俺の為に作ってくれた魔法のお陰で、割とすんなり片付けられた」
「そう言って貰えると嬉しいです……正直、半分位は賭けでした。時間も無く魔力も心許なかったあの状況で、確実にドラゴンを仕留められるだけの身体強化を施す為には、もうアレしかないと思って……ぶっつけ本番になっちゃいましたけどね」
「それでも、リーリエは成功させた。その極限状態でな……全く、大した奴だよお前は!」
「わぷっ!」
アイテムポーチから取り出したタオルでぐしぐしと鼻血をふき取りながら、俺は笑った。それに釣られたのか、リーリエも小さく笑う。
「さ、全部終わった事だし帰るか。あ、でもアイツの死体どうすっかな……正直、今から解体すんのかったるいんだよなぁ」
「いいんじゃないですか? 多分、これからギルドの人達が来るでしょう……し……」
「リーリエ?」
不意にリーリエの言葉が途切れたかと思うと、腕の中から規則正しい寝息が聞こえてきた。
「……お疲れさん、リーリエ」
俺はリーリエを起こさない様に、その体を抱き上げる。相変わらず軽いなぁ……。
あのドラゴンの亡骸は、ギルドが何とかするだろう。素材だって、多分俺達に一つも回ってこないという事は無い筈……。
「あー、考えんのメンドクセ。もういい、帰る。帰って寝る」
思考放棄した俺は、リーリエを背負って激戦の痕跡が残るその場を後にする。そんな俺達の背中を、山から吹き降ろす風が優しく撫でた。
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