第58話 VS.■■■■■■ 9th.Stage

【Side:リーリエ】


 悪い夢でも、見ている気分だった。


「マズイ、このままだと完全に塞がる!」


 徐々に修復されていく様子を見て、ムサシさんがそれを阻止する為に猛然と駆け出す。

 が、その時私はドラゴンの方から濃密な魔力の気配を感じ取った。これは……いけない!


「ムサシさんっ、防御してッ!!」

「――ッ!」


 あらん限りの声で叫んだ私の言葉に、ムサシさんは瞬時に金重かねしげを双剣形態から大剣形態へと変えて、その剣身を地面に突き立てて盾とする。

 それとほぼ同じタイミングでドラゴンが勢い良く身体をこちら側に向け、首の根元付近まで伸びた左右の口角と中心から二つに分かれた下顎……三つ裂けた口を目一杯大きく開いた。

 裂けた部分は赤い膜の様な器官で繋がっており、その中には無数の牙がずらりと並んでいる。


 その禍々しい口腔内の奥――黒で満たされた深淵の中に、青白い光が見えた。


「……ッ、【防壁展開プロテクション】・【二重詠唱ダブルキャスト】!!」


 咄嗟に、私は光魔法の一つである防御魔法を唱えた。

 ムサシさんの足元、そして私の足元に白い魔方陣が出現し、対象者の前面を守る様にして幾つもの六角形で構成された白く光る半透明の壁が出現する。【加算アディション】は……間に合わない!


 ――次の瞬間、ドラゴンの口から暴力的なまでの密度を持った魔力の奔流が放たれた。


 その魔力は極太の光線となり、一直線にムサシさんへと襲い掛かる。前面に展開した私の【防壁展開プロテクション】を一瞬で粉砕し、構えられた金重かねしげに直撃した。


「うおおおっ!?」


 直撃した魔力の光線は、地面に突き立てられた金重かねしげ毎ムサシさんの体を後方へと押しやる。魔法耐性のある金重かねしげに当たり、弾かれた一部の魔力が辺り一帯に飛び散り、地形を破壊していった。

 その弾かれた魔力の内の幾つかが、私へと向かって飛んできた。威力自体は下がっているが、それでもその細い光線が降り注いでくる度、【防壁展開プロテクション】が削り取られていく。


「うっ、くっ……」


 一つ命中する度、私の額に脂汗が浮かんでいく。お願い、もう止まって……!

 その願いが通じたのか、ムサシさんに向けられていた光線が徐々に細くなっていく。それに合わせて、ムサシさんの体も止まり、それ以上押される事は無くなった。


 良かった……そう思った瞬間、弾かれた光線が一筋私へと飛来した。限界まで削り取られていた【防壁展開プロテクション】ではその威力を完全に打ち消す事は出来ず――壁を突き破った魔力の塊が、私の体に直撃した。


「がッ!?」


 息が止まるほどの衝撃。私の体は呆気無く後ろへと吹き飛ばされ、地面へと転が――らなかった。

 宙を舞った私の体を、地面へとぶつかる前に何かが受け止めたのだ。この場でそんな事が出来るのは……一人だけ。


「ムサシ、さん……」

「喋るな」


 私の体を抱きかかえたまま、ムサシさんが片手でアイテムポーチから体力回復液キュアポーションを取り出して私の口へと流し込んだ。

 並んで歩くなんて言って、この体たらく……情けない。


「うっ……けほっ、けほっ」

「手荒ですまんな。骨や内臓に痛みはあるか?」

「いえ……大丈夫です。チェストプレートはダメになっちゃいましたけど……ごめんなさい、お手を煩わせてしまって」

「気にする必要無し! リーリエが咄嗟に叫んでくれたおかげであのまま突っ込まずに済んだんだからさ……しかし、一体なんだありゃ」


 私を片手で支えながら、鋭い目つきでムサシさんがドラゴンの方を睨む。そこには、私達を遠ざけたドラゴンが残っていた亡骸を丸呑みにしている光景があった。


「……あれは、竜の吐息ドラゴンブレスの一種だと思います。これ程の高威力を持つとは、思いませんでしたが」

竜の吐息ドラゴンブレス、ねぇ。吐息ブレスってよりは光線レーザーって感じだったが」

「はい……あのドラゴンが吸収した魔力がどうなるのか気になっていましたが、こんな使い方をするなんて」

「あー、成程、今まで吸ったリーリエの魔力や大気中の魔力の排出を攻撃手段として使ったって訳か」

「そうです。あれは、高密度の純然たる魔力の塊です。属性ダメージこそ持たないものの、固めに固めた大質量の魔力で相手を圧し潰すタイプの竜の吐息ドラゴンブレスの様でした」

「質量攻撃……単純だが、強力だな」

「ええ……もう、平気です」


 そう言って、私はムサシさんの腕の中から立ち上がる。まだ多少ふらつくが、そんな事を気にしている場合じゃない。


「……本当に、平気なんだな?」

「はい」

「ならいい」


 確認する様に聞いてきたムサシさんに、私は短く返事を返す。完全には納得していない様子だったが、ムサシさんもその場で立ち上がった。


「しっかし……あの竜の吐息ドラゴンブレスといい、再生能力といい……どんだけ出鱈目なんだあの野郎は」

「もしかすると、クラークスと同じ様な変異種なのかもしれません」

「もしそうだったら、運が悪すぎるとしか言えんな。だが……万能では無いらしい」

「と言うと?」

「再生能力の話だ。てっきり即座に全回復するのかと思ったが、見た所回復速度はそこまで速くはないみたいだ」


 そう言われて、私もドラゴンの方を注視する。

 確かに、見る限りエラが完全に再生した様子は無い。徐々に塞がって行っている、という感じだ。


「だからと言って、時間がある訳じゃ無い。あのペースだと、もう間もなく完全に塞がる」

「その前に、ですね」


 私は、ちらりとドラゴンの方を見る。

 あのドラゴンは、幾らムサシさんでも一部の強化魔法だけで押し切れるとは限らない。確実に仕留めるには、クラークスの時の様に山をも断ち切る一撃が望ましい。

 しかし、再生速度を見るに全乗せする時間は無い……加えて、残存魔力的にもフル強化は厳しい。

 魔力回復液マナポーションを飲む時間すら惜しいこの状況下で、あのドラゴンを倒しきる為には……。


 そこまで考えて、私はある覚悟を決めた。


「……ムサシさん。私を、信じて貰えますか?」

「勿論」


 即答である。ああ、全くこの人は……。


「なら、私はその信頼に応えます……ムサシさん!」

「応ッ!!」


 示しあわずとも、ムサシさんは私が望んだ様に動いてくれた。地面を踏み砕きながらドラゴンへと向かって一直線に突貫していく。

 私は、その背中を見詰めながら精神を集中させていく。神経が研ぎ澄まされていくのに合わせて、魔導杖ワンドの先端に白い光が集まっていった。


 ――この状況下で、私がするべき事。今の魔力残量で、時間を掛けずに、全乗せに近い形で強化魔法をムサシさんに掛ける……。

 我ながら、無茶な話だと思う。幾ら改良魔法とは言え、あのレベルの強化を今の魔力量でやろうとすればどうなるか……完全再生まで間に合わないのは確実、その上間違いなく魔力枯渇で意識を失うだろう。


 ならどうするか……答えは一つだけだ。


(私が研究していた。あれを使うしか、無い)


 魔導杖ワンドを握る手に力が入る。

 いつかムサシさんに誓った約束。それを果たすは、今この時を置いて他に無い。

 全乗せまでとは行かずとも、それに近い全体強化を一つの魔法に凝縮し、尚且つ消費魔力を抑える事が出来る魔法。しかし代償として維持するのに緻密な魔方陣操作が必要で、その対象者には大きな負荷を与える……その負荷を度外視しても良いと言ってくれたムサシさんにしか使えない、私の固有魔法オリジナル

 理論自体は構築し終わっていた。だが、一度も実証試験ためしうちはしていない……確率的に言えば、成功する可能性は三割も無いだろう。


 それでも、やる……否、やらなければならない。この戦いに終止符を打つ為、何よりムサシさんの信頼に応える為に!


 私の意思と共に、駆けるムサシさんの足元に薄く白い魔方陣が構築され始める。


(集中しろ、リーリエ。これは絶対に失敗出来ない……必ず、成功させる!)


 実験も出来ていない魔法をぶっつけ本番で使うなんて、ムサシさんに出会う前の私だったらまずやらない行動だっただろう。

 でも、今は迷っている時間は無い……だったら、僅かな可能性を死に物狂いで掴み取る!


 頭の中で、これまでとは比べ物にならないスピードでロジックが組み上がっていった。同時に、私は左手で宙に文字を刻みながら魔方陣を構築していく。白い魔方陣は、書き込みが増える度にどんどん強い光を放ち始めた。


(後、少し……もうちょっと……!)


 つつっ、と生暖かい感触が右の外鼻腔から流れていく感触がした。どうやら、今の私は鼻血が出る位に脳を酷使しているらしい。


 ――ああ、頭が痛い。手を止めてしまいたい、地面に腰を下ろしてしまいたい――


 悲鳴を上げる脳が音を上げて、“止まれ”と呼びかけてくる。しかしそれを、私は気合と根性でねじ伏せた。

 何だか、ムサシさんみたい……そう心の片隅で呟くと同時に、魔法が完成した。



「――【全能覚醒強化フルオーバードライヴ】!」



 軋む体と心を奮い立たせるように、私は締めの詠唱を行った。複雑に蠢いていた魔方陣の文字がカチリと組み合い、眩い輝きを放つ。

 それと同時にムサシさんの体が白い光の膜で包まれ、その背中には巨大な光の輪が出現した。


「……意外と、出来る物ですね」


 魔法の効果を受けて爆発的に加速したムサシさんの姿を見て、何処か他人事の様に呟く。


 魔導杖ワンドの先端から放たれる白い光がそんな私の顔を照らし、魔法が無事機能している事を教えてくれていた。

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