第24話 その個体、変異種ですよ
換金所に着いた俺とリーリエはその異様な雰囲気に頬を引き攣らせていた。
「な、何でこんなに人がいっぱい?」
そう。今換金所の素材鑑定所に来ている訳だが、そこには鑑定官の他にも沢山のスレイヤーが集まっていた。別段素材の鑑定を行っているという訳でもなく、皆一様に興味深げな視線をこちらに向けている。
「おいおい、見世物じゃねぇんだぞ……」
「恐らく、お二人が最初にワタシの所で報告していた内容を聞いていた者達が居たようですね」
「つまるところ、野次馬って事っすか」
暇人かこいつ等……まぁ別にいいけどよ。見られて困る事する訳でも無し。
「マコールさん」
「おぉ? ムサシにリーリエじゃねぇか。それにガレ坊とアリアちゃんも」
「マコールさん……ガレ坊はやめてくれって。オレにもギルドマスターとしての威厳ってモンがだな……」
「へっ、オレッちからしたらガレ坊は幾つになってもガレ坊よ! で、ムサシとリーリエよ。今日はどうした? 役人二人連れてって事は、ただ鑑定をしに来たって訳じゃねえだろ?」
そう言うとマコールさんは白い歯を覗かせてニッと笑う。相変わらずこういう仕草が無茶苦茶に合う人だな。
「ええ、まあ。実はネーベル鉱山の定期クエストでドラゴンに遭遇したんすよ。んで、倒したドラゴンが妙なヤツでして……死体を持って帰って来たんで、それの検分をお願いしたいんすよ」
「ネーベル鉱山……そのドラゴンはなんて奴だ?」
「
「ふむ……分かった。おうお前等! 場所空けろ!」
その一声で、鑑定所の中央部分を空けるようにスペースが作られる。この広さならスパッと放り出しても問題無さそうだ。
「よし、いいぞ。あ、人手は――」
「よっこらしょういち」
マジックポーチに手を突っ込み、まずは右半身を引っ張り出す。マコールさんが何か言いかけていた気がするが……まあ、いいべ!
尻尾を持って一気に引っ張り出し、鑑定所の床へと放る。大質量が鑑定所の地面へとぶつかり、ドンッ! という重い音が木霊した。
「うおおおお!? おま、一人でやるのはいいがもう少し丁寧にしろ!」
「すいませんえん」
「謝意が感じられんぞ!」
そうこう話している間に、俺は自分のマジックポーチからリーリエに預かったマジックポーチに手を伸ばす。そこから、残った左半身を引っ張り出して、先に出した右半身の横に置いた。
「これで全部っすね。道中ちょいと手荒に扱う場面があったんで、欠損とかはあるかもしれませんが」
「……コイツが、クラークス?」
出された亡骸を見て、ガレオが眉間に皴を作った。まあ、そうだろうな。リーリエの話を聞いてクラークスなんじゃねえかって言ったのは俺だが、今改めて見ると目の前にあるドラゴンの亡骸には、クラークスとの共通点なんて、四つ足と有翼って点しかねえからなぁ。
「遭遇した鉱山の状況、二年前の襲撃の報告、原種との共通点を踏まえて、恐らく二年前に討伐出来なかった時のクラークスだと判断したんですけど……」
リーリエが自信なさげに説明する。亡骸を前にマコールさんは暫く思案していたが、やがてこちらを振り返った。
「アリアちゃん。二年前のネーベル鉱山襲撃の際の報告書、持って来てくれ。それと閉山後の定期調査の報告書も」
「今お持ちします」
「ガレ坊。これからオレッち達鑑定官総がかりで調べるから、一緒に立ち会ってくれ。紫等級スレイヤーとしてクラークスの討伐経験が多数あるお前さんの意見を聞きたい」
「了解」
「ムサシとリーリエちゃんにはその時の状況を出来るだけ詳しく聞きたいんだが」
「相分かった」
「分かりました」
こうして、マコールさん指揮の下、クラークスと思われるドラゴンの検分が始まった。
◇◆
検分が始まってから一時間ほど経っただろうか。亡骸の状態、過去の報告書との照らし合わせ等あらかた済んだ後、マコールさんが俺とリーリエ、ガレオとアリアさんを集めて結果を伝えた。
「結論から言うぜ。コイツはムサシとリーリエちゃんの予測通り、
「おお、合ってた」
「変異種……ですか?」
聞き慣れぬ言葉に、首を傾げるリーリエ。当然の事ながら俺も初耳だ。
「ああ。変異種ってのは、何らかの要因で原種が姿形を変えた個体の事だ。その変異の過程で、原種には無かった特徴や能力が現れる事がある。この鉱石が融合した外殻もそうだし、戦闘の際に用いた粉塵爆発も、変異種になる過程で手に入れた物だろうな」
「オレが前線に出てた頃、ドラゴンの変異種って言うのは何度か見た事がある。ここまで極端な変化を遂げた個体は見た事無かったがな」
そう言ったガレオは、チラリとクラークス変異種の亡骸に視線をやる。
紫等級のガレオでさえ見た事が無いレベルの変化を遂げた個体……道理でめんどくさい相手だと思ったぜ。
「しかし、これだけ外殻を強靭に発達させた個体をよくここまで綺麗に真っ二つに出来たもんだな。切断面なんて鏡面化して光を反射してるぜ。ムサシが背負ってるそのデカブツ、どんだけ切れ味がいいんだ?」
「いや、コイツは切れ味に関しちゃてんでダメですよ。
そう言って俺はリーリエの肩をポンと叩く。照れ臭そうな表情を浮かべているが、事実だからな。
「……失礼ですが、リーリエさんはそこまで高度な光魔法を扱えるのですか? いえ、今まで一度も人前で魔法を行使するリーリエさんの御姿を目にした事が無いもので」
「ああ、えっと……その辺りの事は説明すると長いんですけど……」
「そうですか。ごめんなさい、不躾な質問をして」
「い、いえっ! アリアさんが謝る事じゃありませんよ!」
頭を下げるアリアさんに、わたわたと手を振るリーリエ。ふむ、俺以外にもリーリエの魔法について知る人間は居てもいいと思うんだが……。
「だったらさ、リーリエ。この後≪月の兎亭≫に帰る時にアリアさんも連れて行ったらどうだ? んで、飯でも食いながらゆっくり話せばいいんでない? アリーシャさんも混ぜてさ」
「あっ、それはいいですね。アリアさん、この後お時間はありますか?」
「ワタシは構いませんが……よろしいのですか?」
「はい! アリアさんにはこれまでもお世話になって来たので、是非聞いて貰いたいです」
「分かりました、ではご一緒させて頂きますね」
にっこりと笑い合う二人を見て、俺はうんうんと頷く。
これからのリーリエに必要なのは、理解者だ。アリアさんとは仲が良いみたいだから、そういった気心の許せる相点に自分の事を知って貰うというのは良い事だと思う。それに、女性同士の方が都合が良い事だってあるだろうし。
「オレも是非聞いてみたいもんだがな。これだけ見事に仕留めるだけの力を与える光魔法ってのは、一スレイヤーとして気になる」
「おうオメェは駄目だよガレオ。女性同士の話に割って入っていくつもりか? それにまだ仕事だって残ってるだろぉん?」
「お前さぁ! 全然オレに対して遠慮がないよな!? これでもギルドマスターだぞ!?」
「遠慮してほしいのか?」
「やめろ、気持ち悪い」
「この野郎!」
ギャアギャア言い合う俺とガレオの様子を見て、女性陣とマコールさんが苦笑する。遠目に見ていた他の連中も、どこか生暖かい目を向けている気がする。
どうにもガレオ相手だと、悪友に対する態度みたくなっちまうんだよな。最初こそ殺気の一つも向けられたが、だからと言って嫌いにはならないし。
「良かったじゃねえかガレ坊、そうやって遠慮無く軽口を叩いてくる相手が出来て。ギルドマスターになってからは、中々そういう相手もいなかっただろ?」
「勘弁して下さいよマコールさん……こんな筋肉ダルマ相手ですよ?」
「アリアさんにおもっくそ怒られてたギルマスにそんな事言われたくな――うがっ!?」
「バカ! こんだけ人目がある場所で余計な事口走ろうとするんじゃねえ!」
先刻の醜態を口にしようとした俺の口を、ガレオがヘッドロックで慌てて塞ぐ。俺程ではないが、ガレオも
「ほれほれ、二人共その辺にしとけ。所でムサシとリーリエ、この亡骸はどうする? 換金しとくか?」
「あー、そうっすね。正体が分かれば後は……」
「いや、待て二人共。出来ればこの亡骸は
「? どういう事だガレオ?」
「これだけ大きな変化を遂げた個体だ、出来れば
「学院?」
「一種の研究機関みたいなもんだ。まぁ研究してるのはドラゴンだけじゃないが。魔法なんかも研究してるし、学者と呼ばれるような連中はほとんどこの学院に所属してる」
へぇ、そんな大学みたいな場所があるのか。
「成程ねぇ……どうするリーリエ?」
「私は問題ないと思います。ドラゴンの生態研究は大事な事ですから……ムサシさんさえ良ければ、ですが」
「そうか……半分はこっちで貰い受けていいか? 武具の素材に使ったり出来るかもしれねえし」
「ああ、それで構わない」
「決まったみたいだな。ならムサシとリーリエの持っていく分の解体は任せろ、オレッちの腕を見せてやる」
「マジすか、助かります。後学の為に見学させて貰っていいっすか?」
「おう、構わねえぞ」
「あざっす! あ、素材は等分でいいかリーリエ?」
「ええ、それでいいですよ。私としてはあまり武具を新しく作る予定は今の所無いので、ムサシさんに全部持っていって貰ってもいい位なんですけど……」
……どうにも、リーリエは手柄を全部俺によこそうとする癖があるな。これから二人で力合わせてやっていくってのに、それじゃいけんわ。
「オイオイ駄目だよリーリエ、それはフェアじゃねぇ。俺とリーリエ二人で達成したクエストなんだ、そこから得られた素材も報酬金も当然山分けだ。……俺達は同じパーティーの仲間だろ?」
「……! そう、ですね。パーティーですもんね」
「そう言う事だ。これから先もそういう遠慮は無しで頼むぞ」
「はい!」
よしよし。したらば、ドラゴンの正体もキッチリ分かった事だし、貰う物貰って≪月の兎亭≫に帰りますか。
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