第23話 ブリザード系受付嬢

 ネーベル鉱山を発って二日。ミーティンに帰ってきた俺達は、クエストの報告の為にギルドへと向かっていた。


「そう言えば、ムサシさんが言っていた偉人さんってどなたの事なんですか?」

「へっ?」

「いえ、ムサシさんって私と会うまでは他の人と会った事が無かったんですよね? そのムサシさんが知っているって事は、余程有名な人なんじゃないかなって思ったんですけど……私の知る限り、ムサシさんが話してくれたような言葉を後世に残した人って聞いた事がないなって思って。後学の為に教えていただければと思いまして」


 ……やっべええええ! そう言えば俺ずっと山暮らしだったって話にしてたの忘れてた!

 どうしよう、まさか『俺が前居た世界の人だよ』何て言える訳も無いしなぁ。


「あー、それはだな……山で拾った本に書いてあったんだ、うん。名前はエジーソン博士だったかなぁ」

「………」


 ぐっ! さ、流石に無理があるか……?


「なるほど、そういう事でしたか」

(マジで!? 納得しちゃったよこの!)


 ちょろい、ちょろいぞリーリエ! もっと人疑う事を覚えよう! いや、この場合は助かるけれども!!


「今度図書館で詳しく調べてみますね。すごく素敵な言葉だったので」

「お、おう。そうしてくれ」


 屈託なく笑うリーリエの顔を見て、尋常じゃないレベルの罪悪感に襲われる。

 すまぬ、すまぬリーリエ……いくら調べても多分出てこない……。


「あっ、見えてきましたね」

「……そうだな。なぁリーリエ、クエストの報告ってアリアさんにする感じでいいのけ? その、あんな感じになっちまったけど」

「うーん……一応アリアさんに全て報告して、その後はギルドマスターに詳細を報告する必要があるかもしれませんね。何せ定期クエストの巡回コースに入っているエリアを一つ潰した訳ですし」

「ですよねー」


 ああ、こりゃガレオに色々と言われるかもな……ま、ありのまま話すしかあるまい。その先は気合と根性と度胸と筋肉で乗り切ったるわ。


 ◇◆


「……で? 二年前に鉱山を襲ったと思われるクラークスと戦闘を行った結果、鉱山を切り崩しちまったと?」

「そっすね」

「バカか?」

「オイコラ、ストレート過ぎんだろ」


 ギルドに戻った俺とリーリエは、案の定ギルドマスターのガレオに呼び出されていた。そしてありのままを報告した結果、返ってきたのがこの暴言である。酷くねぇ?


「大体なんだ、山をぶった斬ったっていうのは。幾らお前が化け物染みた力持ってるからって、そんな与太話信じられる訳が無いだろうが」

「つったってなぁ……」

「あの、信じがたい話だというのは重々承知ですが、本当の事なんです。ムサシさんの話した事にも、私が話した事にも嘘は入っていないんです」


 リーリエもフォローしてくれるが、ガレオの顔は渋いままだ。正直、気持ちは分からんでもない。


「二人が嘘を言うとは思っていない、ただどうしても信じられないだけだ」

「だったら討伐した――」

「クラークスの素材を見せられても、それが山崩しの証拠にはならん」


 ダメだ、取りつく島もねぇ。これ以上は平行線になりそうだな……アカン、頭回らなくなってきた。


「……もうメンドくさいから戦闘の衝撃で自然崩落したって事で手を打たねぇ?」

「ムサシお前……いい事言うじゃねえか」


 俺の冗談を真に受けたのか、ガレオが悪い顔になる。それでいいのか、ギルドマスター。


「いや、冗談だよ。聞き流してくれ」

「ドラゴンとの戦闘で崩落したって事なら、多少強引でもそこまで違和感は無い筈だ。後はちょちょっと……」

「いや、だから……」


「ダ メ で す」


 ぶん投げ体勢に入っていたガレオと俺の会話に、アリアさんの底冷えするような声が割って入ってきた。

 めっちゃ寒いんだけど、ブリザードかな?


「報告書の偽造なんて、ギルドの信頼に関わります。バレるバレないに関わらず、やってはいけない事なんです。人々をドラゴンの脅威から守り、その方々から援助や物資の融通を効かせて貰っているギルドで、そんな事が罷り通ると本気でお考えですか?」

「ぐっ……すまない、軽率な発言だった。オレとした事が、ムサシの甘言に危うく乗っちまう所だった」

「冗談だっつってんだろテメェ! 何俺に罪なすり付けようとしてんだ!」

「うるせぇ! お前の言う事は冗談なのか本気なのか判断に困るんだよ!」


「お 静 か に」

「「アッハイ」」


 やべぇ、アリアさん表情は笑顔なのに目が全然笑ってねぇ。あまりの怖さに思わずガレオとハモっちまった。


「全く……信憑性が無いのなら、ギルドで調査隊を派遣して、そこに学者の方なりなんなりに同行して貰って徹底的に調べて頂けばいいんですよ。その結果が出てから改めてムサシさんとリーリエさんの報告と照らし合わせればいいんです。念の為再確認しますが、お二人の報告に虚偽は無いんですよね?」

「ないっすね」

「ありません」


 二人して首を揃えて頷く。それを見たアリアさんは眼鏡をクイッと上げながら話を続けた。


「分かりました。でしたら今日の報告は一旦保留と言う形で、後日調査結果を踏まえた上で改めて正式な報告書を作りましょう」

「……アリア、もうお前がギルドマスターやってくれない?」

「どうやら、ギルドマスターにはまだ戯言を言う元気があるみたいですので、こちらの書類を片付けて頂きましょう」


 にっこりと笑ったアリアさんは、大量の書類をガレオのデスクに置く。それを見たガレオの瞳からは、生気が失われていた。おっかねぇ……。


「さて、お二人は帰って頂いて結構ですよ。お疲れでしょうし、素材の換金等もあるでしょう?」

「あっ、それなんすけどね……ギルドここに生物学的にドラゴンに詳しい人っていますかね?」


 唐突な俺の問いに、アリアさんは目を白黒させる。


「生物学的に、ですか? それはまたどうして……」

「いや、今回は討伐したクラークスの死体そのまま持って帰って来たんすよ」

「えぇ!? 解体してないんですか?」

「私が提案したんです、アリアさん」

「リーリエさんがですか?」


 驚くアリアさんに、事の説明を始めるリーリエ。いやぁ、頼りになるなウチの魔導士ウィザードは。


「はい。今回遭遇した個体は、私が知識として記憶しているクラークスとは大きく異なる姿をしていました。なので、その道の専門家の方に見せた方がいいんじゃないかと思って」

「成程、そう言う事ですか」

「だったらオレが見よう」


 さっきまで死んだ魚の様な目をしていたガレオが立ち上がる。こういう切り替えがキッチリしている辺りは流石だな。


「クラークスとの交戦経験は腐るほど有る。割とポピュラーなドラゴンだからな」

「腐るほどって……やっぱしガレオって凄腕のスレイヤーなのか?」

「言ってなかったか? オレの等級は紫だ」

「ああ、成程」


 ギルドマスター何てやってる位だから、相当な腕前だとは思っていたが……まさか最高位だとはなぁ。思いもよらぬ形で俺の目指す場所に居る人間を目にする事になったな。


「でしたら、ワタシも行きましょう。今まで上がってきたクラークス討伐の報告書と照らし合わせます」

「鑑定官のマコールさんにも見て貰おう。彼はその道のベテランだ」

「決まりだな。リーリエ、マジックポーチを預けて貰えるか?」

「はい、どうぞ」


 差し出されたリーリエのマジックポーチを手に取り、腰に括り付ける。


「? どうしてリーリエさんのマジックポーチを?」

「真っ二つにぶった斬って仕留めたんで、半分ずつに分けて入れてたんすよ。全部俺のに入ればよかったんすけど、流石に解体も何もしていないドラゴンの体丸々一匹入れるのは厳しかったんで」

「そういう――えっ、真っ二つ?」

「アリアさん、気にしたら負けですよ。ムサシさんに常識は当てはまらないんです」

「そうだそうだ」

「好き勝手言いよってからに……はぁ、行こうか」


 そうして、俺達四人はギルドマスターの部屋を後にする。さてさて、コイツの正体は俺とリーリエの見立て通りなのかそうじゃないのか、ちょっと楽しみだな。

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