第25話 祝勝会の時間だオラァ!

 ギルドでの諸々を片付け、俺とリーリエ、そしてアリアさんがギルドを出た頃には辺りはすっかり暗くなってきていた。


「ドラゴンの引き渡しが思った以上に時間かかりましたね」

「そうですね。単純な素材のやり取りではないので、特別な書類手続きが必要ですから」

「もうああいう書き物はあんまりしたくねぇな……すげぇ肩こりましたよ」

「何を言ってるんですかムサシさん? ギルドの調査隊の報告が上がったら、詳細なクエスト報告書を作って頂くんですから、その時は今日以上の書類仕事が待っていますよ?」

「ヒエッ……」


 うわぁ、嫌だな。書き物なんざ、向こうの世界に居た頃こそそれなりにやっていたが、異世界こっち来てからはほぼやってないからな……強いて言うなら、洞窟の壁に画線法かくせんほうで何日経ったか書き込んでた位か。

 あ、でも最初の方は日記みたいなのも書いてたな。学校の帰り道だったから、筆記用具とノートはあった訳で……あの辺の道具とか持ってくりゃ良かったかな。


「頑張りましょう、ムサシさん。調査系のクエストは詳細な調査結果が必要なので、その報告書は受注したスレイヤーが直接作る必要があるんです」

「え? ちょい待ち、俺クエスト受ける時にそんな話聞いてないぞ」

「あら、ワタシはてっきりリーリエさんが伝えていたのかと」

「……リーリエ?」

「言ってませんでしたから」


 オォイ! しれっと言うなしれっと! 


「……普通パーティーって、情報の共有位きちんとするもんじゃないのか?」

「言ったらムサシさん書類仕事嫌がって逃げ出すかと思ったので」

「ぐっ……良く分かってるじゃねえか……」


 リーリエさんや、君はいつの間に俺の心が読めるようになのかな?


「……ふふっ」


 俺達のやり取りを聞いていたアリアさんの口から、小さな笑い声が漏れる。その表情は、何か微笑ましい物を見ている様に柔らかく笑みを浮かべていた。


「? アリアさん?」

「いえ、ごめんなさい。何だかお二人の様子を見てると、とても出会って数日の間柄には見えなくて」

「そ、そうですかね?」


 アリアさんの言葉を聞いたリーリエは、どこか嬉しそうだ。ま、仲が悪そうって言われるよりは百倍良いわな。


「因みに、どんな間柄に見えたんすか?」

「えっ? そうですね……“ダメなお父さんを叱るしっかり者の娘さん”って感じでしょうか」

「な、なんすかその情けない親子像は。ダメなお父さんって……俺そんな風に見えます?」

「少なくとも、今のリーリエさんとのやり取りを見る限りではそう見えました。体格差も大きいので、尚更ですね」

「マジかよ……」


 まぁ、確かにしっかり者のリーリエが隣だと俺の粗雑さが目立つ気はするが……にしても父と娘か。せめて年の離れた気心の知れる仲間同士と見て欲しかった……。


「親子、か……やっぱり、そう見えちゃうよね」

「ん? どうしたリーリエ」


 俺とアリアさんが話していた時、不意にリーリエが足を止めた。何か呟いた気がするが……。


「……いえ、何でもありません。ごめんなさい、急に止まっちゃって」


 そう言いながら俺とアリアさんの隣に戻って来て、再び歩き始める。


 何を呟いたのかは気になるが……こういうのは、あまり深く聞き出さない方がいいな、うん。


 ◇◆


≪月の兎亭≫に入ると、既に食堂は夕食を食べに来た人たちでごった返していた。


「ありゃ、混んでるな……座る場所あるか?」

「おや、来たね二人共……と思ったら何だ、アリアも一緒なのかい?」

「お久しぶりです、アリーシャさん。今日はお二人に誘われて来たんです」

「なるほどね。しかし、本当に久しぶりだねぇ。忙しいのは分かるが、偶にはウチに顔出しな。アタシが寂しい」

「ふふ、それはごめんなさい」


「なぁなぁリーリエ」

「何です?」

「あの二人って付き合い長いのか?」

「やり取りを見る限りでは、多分……」


「こらそこの二人、何をコソコソ話してるんだい。席はとっといたから、こっちに来な」

「は、はい!」

「うーっす」


 そう言われて案内された先には、大きめの丸テーブルが一つ。アリアさんの分の椅子も追加され、三人でそこに腰掛けた。


「さて、まずはお疲れ様だね二人共。聞いたよ、初めて受けたクエストで大型種のドラゴンに遭遇したそうだね。しかも、そいつは変異種だって言うじゃないか」

「随分と耳が早いっすね」

「街中で噂になってるよ。白等級スレイヤーの二人組が、変わったドラゴンをぶっ倒したってね」

「ま、街中でですか……」


 既に俺達が何をやったか知れ渡っている事に、リーリエは恥ずかしそうに身を縮める。そんなリーリエの気持ちを解きほぐす様に、アリーシャさんはその両肩をグイグイと揉む。


「くくっ、何を恥ずかしそうにしてるんだい? パーティーを組んで初めてのクエスト、そこで変異種の大型ドラゴンを討伐! しかもそれをやったのは白等級の二人組だってんだから、とんでもない偉業だよ? 何も恥ずかしがる事なんて無いんだから、もっと堂々としな!」

「そうですよ、リーリエさん。見て下さいムサシさんを。貴女と同じ白等級、しかもつい先日スレイヤーになったばかりの新人ルーキーだっていうのに、堂々としたものですよ?」

(腹減ったなぁ。今日は何食おうかな)

「……アレは堂々としているというより、全く別の事を考えていて周りの事を気にしていないだけだね」

「えぇ……」


 アリーシャさんは呆れたようにジト目でこちらを睨み、アリアさんは力が抜けたようにカクっと肩を落とした。しょうがねーだろ、腹減ってんだから!


「ま、取り敢えずは飯にしようかね。今日は二人のお祝いだ、たんと食わせてやる。アリアもガッツリ食っていきな。祝い酒も出す」

「お、マジすか。じゃあ俺とリーリエは酒デビューだな」

「お酒ですか……その、お手柔らかに」


 にっと笑ったアリーシャさんが厨房の奥へと消えていく。どうやら、出される飯は既に決まっていた様だ。

 さて、問題なのは酒だな。初めてで調子こいて悪酔いだけしない様にしよう。


 ◇◆


「おお、コイツは……!」

「すごいご馳走です!」


 俺達のテーブルに並べられた食事の数々。魚料理から肉料理まで、その種類は様々だ。その多種多様な料理が、テーブルのスペース一杯に並べられていた。


「今日は腕によりをかけたからね、残さず食うんだよ?」


 やり切った表情のアリーシャさんが、ニカッと笑う。やべえ、涎が出そう……いや、出てるわ。これ口開けるとだばぁしちゃうヤツだわ。


「なんだか、ワタシがこの席に同席するのが申し訳ない感じがしますね」

「何を言ってるんですか、アリアさんをお誘いしたのは私達ですよ? 是非一緒に食べましょう!」

「……ありがとう御座います。お言葉に甘えてご同席させて貰います。けど、料理とお酒は別に頼みますよ。ここに並べられている料理は、アリーシャさんがお二人の為に作られた特別な料理ですから」

「むぅ、そうですか……」


 うーん、さすがギルドのやり手受付嬢。こういう事をサラッと言えるあたり、大人の女性だよなぁ。


「ほれ、二人共これを持ちな」


 俺達二人に、樽ジョッキが渡される。そこに注がれているのは麦酒エールだ。

 コホン、と咳払いをしてアリアさんが口を開く


「お二人とも、改めてパーティー初クエスト達成おめでとう御座います。ギルドの一職員として、そしてアリアと言う一個人としてお祝いさせて頂きます」

「アタシからも……おめでとう、二人共。特にリーリエ、アンタにもようやく苦楽を共にする仲間が出来た訳だからね。何だか感慨深いよ」

「……ありがとう、御座います」

「うんうん。ムサシ、これからもリーリエの事頼むよ。途中でほっぽり出したらからね?」

「ナニを!? しませんよそんな事!」


 勘弁して下さいアリーシャさん……タマヒュンで食欲逃げてっちまいますよ……。


「クエストからの帰り道に、リーリエに宣言しましたから。心配ご無用っす」

「ちょ、ちょっとムサシさん!?」

「わぁ……!」

「ほぉ! その辺の事は是非詳しく聞きたいね!」


 なんだ、何故慌てるリーリエ。そしてそこの女性陣二人は何故目を輝かせているんだ。


「~~っ! さ、冷める前に食べましょう!」

「そうだな!」


 まあ何はともあれ、まずは目の前にある飯だ! あ、その前に乾杯か?


「リーリエ、ジョッキ!」

「! はい!」


 俺が樽ジョッキを向けると、リーリエも同じように向けてくる。ああ、いいなこれ。気分が高まる。

 えーと、なんて音頭取ろうか……よし。


「――俺達二人の門出に!」

「門出に!」


「「乾杯!!」」


 ガコンッという小気味よい音が、俺達の間に響いた。


 ◇◆


≪月の兎亭≫の食堂で過ごすこと一時間弱。飯時も過ぎたという事で、食堂の中の人影はまばらになっていた。今居るのは俺、リーリエ、アリアさん、アリーシャさんの他に数名程だ。

 飯を食い終わり酒も入った所で、俺は女性陣三人から少し離れた席で一人、樽ジョッキを傾けていた。


「……うん、いい感じの笑顔浮かべてんなリーリエ」


 俺の視線の先では、アリアさんとアリーシャさんがリーリエの話を楽しそうに聞いていた。多分、リーリエは自分の魔法の事や、ここ数日であった事とか話してんだろうな。


「仲良き事は美しきかな、っと……」

「兄ちゃん、隣いいかい?」

「んお? どうぞどうぞ」

「じゃあ遠慮なく」


 不意に俺に声を掛け、隣に腰を下ろしたのは見ず知らずの爺ちゃんだ。歳は六十手前って所か? 顔に刻まれた皴が、長い年月を生きて来た事を物語っている。


「いいねえ、女子おなごが集まってお喋りしている姿を肴にして飲む酒っていうのは」

「ですねぇ。しかも全員美人と来てますからね、肴としては最高でしょう」

「カカカッ! 全くもってその通りだ」


 そう言って爺ちゃんは手に持っていた樽ジョッキの酒をグイっと呷ると、感慨深げに口を開いた。


「しかしあのリーリエちゃんがなぁ……兄ちゃん、ありがとうよ」

「ん? 何がです?」

「あのに新しい世界を見せてやってくれて。兄ちゃんだろ? リーリエちゃんとパーティーを組んだスレイヤーってのは」

「ん、そうですね」

「リーリエちゃんとはそれなりに付き合いがあってな……ここで何度か飯を一緒に食った事もある。儂だけじゃない、ここの常連の連中はあのがここに居を構えた時から、何かと付き合いがある。だからかね、あのの事は孫娘みたいに見えるんだな……」


 そう言ってリーリエに視線を向けるその表情は、好々爺そのものだ。


「リーリエちゃんはな、とても心根の優しい子なんだが、中々同業者の仲間に恵まれなくてな……それでも、クエストを終えてここに帰ってくると、笑顔でその日あった事をアリーシャに話すんだ」


 懐かしむように、慈しむように、爺ちゃんは言葉を紡ぐ。


「今まで見ている事しか出来なかった儂が言える事じゃないかもしれんが……あのを頼むぞ、お若いの」

「ええ、任せて下さい」


 間髪入れず、俺は爺ちゃんに視線を合わせて答える。それを見た爺ちゃんは、どこか安堵した顔で席を立った。


「行きな、兄ちゃん。お呼びのようだ」

「ご老人、お名前は?」


 俺の問いには答えず、背を向けてひらひらと手を振りながら爺ちゃんは別の席へと移っていった。


「……なんか、カッコいいな。ああいうの」


 決して大きくない背中。しかし、そこから感じさせる情の深さは底が見えなかった。


「どれ、したらば俺も移動しますかね」


 ジョッキを空にして、俺は席を立つ。仄かに頬を赤く染めたリーリエがこちらに手を振っている。飲み過ぎてなけりゃいいが……ま、今日位はいいかもな。


 俺は苦笑を浮かべながら、リーリエ達が居るテーブルへと歩を進めた。

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