第11話 宿と食事と未亡人

「――で、暴走したそっちのゴリラを道端で説教していたら、頭に血が上りすぎて自分でも気が付かないうちにこっ恥ずかしい事を口走っていた、と」

「死にたい……」

「おう死ぬな死ぬな、明日からパーティーとして一緒に活動していくんだから。それとゴリラはあんまりっすよ女将さん」


 あの後、≪月の兎亭≫から出てきた女性の仲裁により、リーリエの暴走は収まった。

 アリーシャと名乗ったその女性は、それなりに年齢を感じる出で立ちだったが、それを全く感じさせない美貌と肩甲骨辺りでまとめられた長く美しい黒髪、初対面の俺と面と向かって話しても物怖じしない豪気さを併せ持っていた。あと口元のホクロがめっちゃセクシー!


 昔はエルフの旦那さんと二人で【黒銀の双翼】と呼ばれた凄腕のスレイヤーだったらしいが、戦いの中で死別してからは一線を退き、スレイヤー時代に稼いだ金で≪月の兎亭≫を建てたそうだ。

 以来、女将としてこの宿を一人で切り盛りしてきたらしい。


 そして今、俺達はそのアリーシャさんに≪月の兎亭≫一階にある食堂に案内され、カウンター席に腰をかけていた。

 あ、ちなみに金重かねしげはマジックポーチにぶち込んでます。流石にアレ背負ったまま椅子に座ったら粉砕必至だからな。


「うるさいね、女に恥かかせるような筋肉ダルマなんざゴリラでいいんだよ」

「それはゴリラに対して失礼な様な気がするんですが……」


 俺達の前と厨房を行ったり来たりしながらアリーシャさんは的確に俺の心を抉ってくる。

 てかこの世界ゴリラいるのか。魔の山では一度も見た事無かったけど……生息域が違うのか? あとどうせならヒラゴリラじゃなくてシルバーバックがいいです、はい。


「図体の割に細かい事気にする男だね……大体何でウチの店先でおっぱじめるんだい、傍迷惑にも程があるよ。おかげで今日は夕飯時の時間帯なのにアンタ達以外の客が入ってないじゃないか」

「すんません、完全に営業妨害でしたね……あの、お詫びになるかは分かりませんがこれを」


 そう言って、俺はマジックポーチの中からヴェルドラの肉を取り出す。解体してすぐにリーリエのマジックポーチに移し、その後俺のマジックポーチに入れ直したので鮮度は問題ない筈だ。


「ほう……それはドラゴンの肉だね、しかもかなり上質な物だ」


 俺の取り出した肉を見たアリーシャさんの目がギラリと輝く。よし、手応えは十分。


「魔の山で討伐したヴェルドラの肉です。もし宜しければ一匹分全て差し上げますよ」

「ヴェルドラの肉!? そりゃまた稀少な……市場にも殆ど出回らない代物じゃないか。それを丸々一匹分か……よし、受け取ろう。それで今回の件はチャラだ」

「あざっす! じゃあマジックポーチごと渡すので、全部取りだしたら返して貰えれば。あ、あと他のヴェルドラの素材やら俺の剣やらも入ってるので怪我しない様に気を付けて下さい」

「はいよ。にしてもヴェルドラをねぇ……」


 厨房で肉を取り出しながら、アリーシャさんが何か言いたい様な目つきでこちらを見てくる。


「その辺に関しては後でお話ししますよ……しかし助かりました。俺じゃあの場所収められる気がしなかったんで」

「商いの邪魔だったから追っ払おうとしただけだよ。でもその渦中の中心がリーリエだったからね……ウチに泊まってくれてるお客を助けるのもアタシの役目さ」


 そう言って笑うアリーシャさんは、とても美しかった。これが噂に聞く『美魔女』というヤツなのか?

 いや、あんまり不埒な事を考えると天国の旦那さんに申し訳ないし、下手すると呪い殺されそうな気もするが、それでも敢えて言わせてもらいたい。


 ――なんだあの乳!? ホルスタインやんけ! どんだけ夢と希望が詰まってんだよ!!


 リーリエも防具の上からでも分かる立派なモノおっぱいをお持ちだが、アリーシャさんはそれを遥かに上回る。それでいて美しい形を失っていないとか反則だろ……。

 しかも体がめっちゃ柔らかそうなんだよ。程よく肉付いていて、出るとこは出て締まる所は締まっている。所謂男受けがいい身体ってやつだな!


 そんな女性がその豊かなたわわをゆっさゆっささせながら目の前行き来してたら、そりゃ男なら誰だって見るでしょうよ。邪な事考えるのも不可抗力っすよ……だから旦那さん、今この瞬間だけは許してくれ。明日からは平常心に戻るから。……え? ダメ? マジっすか旦那さん呪殺は勘弁して下さい。


 そんなアホな事を考えていたら、注文していた料理が運ばれてきた。その瞬間に俺の意識は色気から食い気にシフトチェンジした。


「はい、お待ちどうさま。生姜焼き定食と特盛ドラゴンステーキ定食だよ」

「やったぜ! いただきます!」

「はい召し上がれ……って、アンタはいつまでいじけてるんだい」

「いたっ!」


 目の前に出された極厚のステーキと山盛りの白米に食らいつく俺の脇で、カウンターに突っ伏してブツブツと言っていたリーリエの頭にアリーシャさんの手刀が落とされた。


「まずは飯食っちまいな。そのゴリラに対する愚痴なら後でいくらでも聞いてやるから」

「ううっ、はい……あっ、いつもと味付けが違いますね」

「今のアンタに合うように少し変えたのさ。さぁ冷めないうちに」

「ありがとう御座います……」


 ふわっと笑うアリーシャさんに促され、リーリエは箸を進める。まだ落ち込んでいる様子だったが、食が進むにつれて徐々にその顔はいつものリーリエに戻っていった。


「しっかしあのリーリエがこんな男を引っかけてくるなんてねぇ……」

「その辺は(もぐもぐ)色々と(パクパク)ありまして(ガツガツ)」

「食うのか喋るのかどっちかにしな! ああもう、口元!」


 おっと、これは確かに行儀が悪かったな。しかし美味うまいな、リーリエの言葉に嘘偽りは無かった訳だ。他の食事処は知らないが、おそらくここより美味しい所はそう無いのではなかろうか。勘だけど。

 

 しかし女将さん、怒りながら俺の口元をガシガシ拭くのは恥ずかしいのでやめて下さい……絵面が酷い事になってます……。


 ◇◆


「ふぅ……ご馳走様でした。大変美味おいしゅうございました」

「お粗末様。にしてもその身体に見合うだけの清々しい食いっぷりだねぇ」

「女将さんの料理が非常に美味いので尚の事食指が進んだっすね」

「おだてても何も出ないよ……んで、どうやって二人は知り合ったんだい?」


 食器を下げながら、ニヤニヤとアリーシャさんが聞いてくる。女の人ってこういう話題好きだよね……まあ別に色っぽい話なんて何一つないんだが。


 俺は苦笑しながらこれまでの経緯いきさつを話す。俺がリーリエに出会った時の事、この街には今日初めて来たという事、一緒にパーティーを組んでスレイヤー業をやる事になった事等を冗談を交えながら話した。


「成程ねぇ。あの魔の山で生きてきたって言うならその体つきも納得だね、あそこは過酷な環境だし」

「必死で生活してるうちいつの間にか二十八のおっさんになってましたけどね……」

「アタシより年下だったのかい……しかし三十手前の割には店先での様子を見た限り、その歳に対して行動と言動が伴ってないよねアンタ」

「ガハァッ!」


 確かにこの世界に来た時の俺はこんなキャラじゃなかった気がする。もっと真面目というか何というか……まぁあの環境下で生きてきたおかげで、元の世界に居た頃とは比べ物にならない位心も身体からだも強靭になったので、それに伴ってだんだんと今の性格に変わっていったのではないだろうか。


「ま、まあともかく、そんなこんなで今まで人里に下りた事が無かったせいか、この街で目に映るモノは何から何まで新鮮に見えて、思わずテンションが上がって向こう見ずな行動しちまう時があるんすよ」

「だろうね。まぁだからと言ってうら若き乙女を抱き抱えて街中を走り回るのはいただけないけど」

「耳が痛いっす……」


 そうこうしている内にリーリエの方も食事が終わったらしく、「ご馳走様でした」と小さく言ってから俺達の会話へと合流した。


「落ち着いたかい?」

「はい、ありがとう御座いますアリーシャさん。それとムサシさんも申し訳ありませんでした、混乱してその……へ、変な事口走っちゃって」

「あ、あぁ。元はと言えば俺に原因があるから気にすんな」


 ……い、いかん。何か微妙にギクシャクする。その様子を見かねてか、女将さんがパンパンと手を叩いた。


「はいはいそこまで。リーリエ、アンタがそのムサシって男を連れてきたのは飯を食わせるためだけじゃないんだろ?」

「あ、そうです。アリーシャさん、ムサシさんはこの街に活動拠点を持ってないのでここを使わせていただきたいんですけど」

「ああ、なるほど。ムサシはウチでいいのかい?」

「勿論。是非ともここに拠点を置かせてもらいたいですね」


「ならこの宿の部屋を一つ提供しよう。料金は長期間にウチに滞在するなら一ヶ月に一回払う形になるけど、構わないかい?」

「それで構いません。当面別の街に行って活動する予定は無いので……あっ、一応聞くけどリーリエは別の街に拠点移す予定とかある?」

「いえ、全くありませんね」

「なら長期滞在って事で」

「よし分かった、じゃあ早速部屋へ案内するから付いてきな」

「了解っす……あっ、飯代は?」


「今日は新人の門出を祝ってサービスしとくよ。次からはきっちり払ってもらうけどね」


 そう言って振り返ったアリーシャさんは笑顔で一つウィンクをする。そういう事されるとおっさんの心がときめいてしまうのでやめて下さい。……嘘ですもっとやって下さい。


 ◇◆


 通された部屋は、空室だった割に綺麗に整えられていた。恐らくアリーシャさんがきちんと毎日掃除をしているのだろう。

 広さはシャワーとトイレを含めて十畳程だろうか。ベッドと机と椅子が備え付けられており、生活するのに十分な部屋だ。洞窟暮らしの時と比べれば天と地ほど差がある……当たり前の事だけどね。


「家具の持ち込みは自由だ。あ、でも壁に穴開けたりするのは禁止だからね! それと綺麗に使うように。はい、これが部屋のカギだ」

「うっす、ありがとう御座います」

「それじゃあアタシは下に戻るけど、何か分からない事があったら遠慮せずに聞くんだよ」


 そう言い残してアリーシャさんは部屋を後にし、一階の方へと降りて行った。


「私も自分の部屋に戻りますね。ムサシさん、改めて明日から宜しくお願いします」

「おう、こちらこそよろしくな」


 別れの挨拶を交わしてリーリアが出ていこうとしたので、彼女の部屋の前まで送った。

 ……隣の部屋じゃん。こりゃ下手に大きな音はたてられないな。いや、五月蠅くする予定は無いけれども。


「よし……取り敢えず荷物を置くか」


 俺は腰のポーチ類とブレードホルダーを外して机の上に置く。そして、部屋に備え付けてあったベッドに横になった。


「はぁ~……毛皮製じゃないベッドで寝るなんて十年ぶりだな。どうすっぺ、まずはシャワーでも――」


 ミシシシィッ!


「……今度デカくて頑丈なベッドを買って来よう」


 足はみ出るし、幅的に寝返りを打つのもしんどそうだからな。

 俺は悲鳴を上げたベットの上で、そう決意した。

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