第10話 リーリエはむっつり型乙女

 ≪竜の尾ドラゴンテイル≫を後にし、俺とリーリエは再びギルドを訪れていた。

 ゴードンさんから譲り受けた古代遺物アーティファクトである金重かねしげの所有許可を貰うためだ。


「で、ガレオさんや。どう?」

「うーむ、本来であれば古代遺物アーティファクトはウチで管理したい所ではあるが……用途不明という訳でも無し、付いている機能も合体・分離のみ。おまけにゴードン氏からの『危険性無し』とのお墨付きとあれば、取り上げる理由は特に無いな……いいぞ、許可を出そう」

「よっしゃ!」

「但し、ちゃんと『誰が何を持っているか』確認するための書類は出してもらうぞ。しっかし……」


 言葉を区切り、ガレオはしげしげと俺の姿を眺める。男にそんな見詰められても嬉しくないです……。


「こうして見ると、ただのやべーやつだな」

「おい喧嘩売ってんのかテメー」

「事実だ事実」


 ケラケラと笑うガレオであるが、正直その言葉は一理あると思う。

 何せ、その辺のスレイヤーよりも遥かにガタイが良い全身筋肉の大男がその身の丈よりも長く、デカい剣を二本背負って歩いているのだ。……うん、異常だな!

 ちなみに街中歩いてた時は通行人には避けられまくり、ギルドに入ったらアリアさん以外にはバックステップで距離を取られた。俺は猛獣か何かか?

 しかしリーリエは、もう慣れたのかそんな俺の隣を歩いていても平然としている。最初出会った時に比べれば肝が据わって来たのではなかろうか。


「とにかく、その剣……金重かねしげだったか。そいつは持って行ってもいい。その代わり頼むから問題は起こさないでくれよ? ただでさえお前たちは目立ってるんだから」

「はいはい、ギルドマスターの仰せのままに」


 そうして、書類を提出した後俺達はガレオの部屋を後にした。これから宜しく頼むぞ、金重かねしげさんよ。


 ◇◆


 一階に戻ってきた俺達は、早速クエストボードの前に立つ。そこには特定素材の採取クエストからドラゴン討伐のクエストまで、様々な依頼書がびっちり張り付けてあった。


「さぁて、いよいよ初クエストだが何を受けるよ?」

「えっと、その事なんですけど……実際に活動を始めるのは明日からにしませんか?」

「へ? そりゃまたどうして?」

「外を見て下さい」

「外……おおぅ」


 リーリエに促されて窓から見える景色を眺めると、そこはすっかり黄昏色に包まれていた。

 思えば、ここミーティンに着いて初日だというのに色々な事をいっぺんにこなしていたので、当然時間も経っている筈である。だが、俺にとっては何もかも新鮮な事ばかりだったので、時間の事などすっかり頭から抜け落ちていた。


「確かにこりゃ明日からにした方がいいな。夜間の行動はリスクが高ぇ」

「はい。それでなんですけど……ムサシさん、まだこの街での活動拠点って決めてませんよね?」

「活動拠点……寝泊まりする場所って事か?」

「そうです。この街でこれから本格的に活動を始めて行くなら、きちんと体を休められる拠点は必須です」

「ごもっとも。しっかしなあ、俺今日来たばっかりだから泊まる当てなんてないぞ」


 宿泊施設は当然あるんだろうけど、街の地理なんてリーリエと一緒に行った場所位しか把握してないしなぁ。


「……あの、ムサシさんさえ宜しければ私がお世話になってる宿屋を紹介しましょうか?」


 俺が思い悩んでいると、リーリエが意を決したように素晴らしい提案をしてきた。渡りに船とはこの事か。


「マジすかリーリエさん、いいんすか?」

「はい。部屋も空いていた筈ですし、宿泊費も他の宿よりも安いですよ」

「おお、いいね。何から何まで世話になってホントに悪いな、明日からの働きで返すから」

「いえいえ。あ、それと一階部分は食堂になっていまして、そこの女将さんが作ってくれる料理がこれまたとっても美味しい――」


 その瞬間、俺は電撃的な速度で動いた。


「行きましょう是非行きましょうすぐ行きましょうリーリエ様!!」

「えっ、きゃあっ!」


 ひょいっとリーリエを抱え上げ、疾風の如く駆け出す。

 飯が美味い、これは非常に重要な事だ。食は人間を形作る大切な要素ファクターである。そして俺は食事が大好きだ。山で暮らしていた時も、狩りに慣れてからは熊肉鹿肉、更には偶に見かけるドラゴンの肉まで喰っていた。


 ……つまり何が言いたいかと言えば、俺は今すぐ美味い飯が食いたいんだよ!


「オルアアアア! 腹一杯食うぞォオオ!」

「お、落ち着いて下さいぃ~目が回ります~! それと宿は反対方向ですからぁ~!」


 ◇◆


 その宿は≪月の兎亭≫という名前だった。建物は木造の二階建て、兎の形をした洒落てる看板が入口の上から吊り下げられている。その中からは食欲をそそる良い匂いが漂ってきていた。

 今すぐにでも中に入りたいが、残念ながらそれは出来ない。


 ……何故なら、俺は今道の上で正座をさせられ、リーリエにお説教を受けている最中だからだ。


「聞いてますか、ムサシさん!」

「ハイ、キイテマス」


 腕を組んで仁王立ちしているリーリエの後ろには不動明王が見える。ドラゴンより怖えぇ……。


「全く……いくら早くご飯が食べたかったからって、私をあんな……お、お、お姫様抱っこして街中を走り回るなんて!」


 顔を赤くし涙目になりながら捲し立ててくる。しかしこんな事を考えるのはアレかもしれんが……美少女が恥じらいながら怒ると絵になるねぇ。


「……ムサシさん? 今 何 を 考 え て い ま し た ?」

「リーリエは怒り顔も可愛いなといふぁふぁふぁふぁいだだだだ! いふぁい痛い!」


 馬鹿正直に口からポロっと零したら両頬を思いっきり引っ張られた。ブチ切れたら威力が上がるのは蹴りだけじゃなかったんか! 腕力と握力も上がるんか!


「は・ん・せ・い・し・て・く・だ・さ・い」

わふぁりまひた分かりました!」


 俺が必死にそう答えると、溜息を吐きながら頬を離してくれた。おぉ痛ぇ痛ぇ。


「もう、これじゃどっちが年上なんだか分からないじゃないですか……」

「すんまへん……まあそれはそれとして、割とガチですまんかった。年頃の女性をあんな晒し者にするような真似しちまって」


 さっと居住まいを正して、頭をきっちり下げる。

 夕暮れ時で通った道に人が少なかったのが幸いだが、それでもとんでもなく悪目立ちしたのは目に見えている。この事でリーリエに良からぬ事言ってくる奴がいたら……俺がシメよう、うん。


「……ちゃんと反省してくれたのならそれでいいです。次……があったら困りますけど! それでも次からは気を付けて下さい!」

「相分かっ――」

「それと! 私以外の女性にあんな事しちゃダメですからね!」


 ……んん? それは相手がリーリエならいいって事か?


「もしシたくなったら、代わりに私にシていいですから!!」

「ちょちょちょちょちょ! 天下の往来で何口走ってるんですかリーリエさん!?」


 その言い方は非常に宜しくない! ニュアンスもおかしいし、いらん誤解を受ける!!

 大体自分が何言ってるのか分かって……あっ、あかんわコレ。顔真っ赤で目がグルグルしている。恐らく自分が何言ってるのか分かってねぇわコレ。


「何ですか!? 私じゃ不満なんですか!!?」

「お、落ち着けって! さっきから発言が暴走超特急ばりにあらぬ方向に突き進んでるから!」


 い、いかん。どうにかしてリーリエを正気に……ダメだ! こういう時女性に対して何て言ったらいいのか分かんねぇ! どうすりゃええっちゅうねん!


 その時、≪月の兎亭≫の入り口が勢いよく開け放たれ、中から一人の女性が大股でこちらに歩いてきた。


「くぉらっ! 人の店の前で何痴話喧嘩やってんだ……おや、リーリエじゃないか。一体どうしたんだい?」



 なんだ、救いの女神ってのは案外近くにいるもんなんだな。

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