第9話 これも古代文明って奴の仕業なんだ。

 気を失ったゴードンさんを店内に運び、取り敢えずはカウンター内にあった椅子に座らせる。

 しかしリーリエがブチ切れるとヤバイな、まさか蹴りで俺に物理的ダメージを与えるとは……これからは出来るだけ怒らせないように気を付けよう。


「う……ここは」

「あっ、気が付きましたか?」

「ああ、ワシは倒れたのか……全く、この歳になってあの程度の事で情けない」

「いえ、仕方のない事だと思いますよ……」


 目を覚ましたゴードンさんと介抱していたリーリエが話し込んでいる。その間俺が何をしているのかと言えば、ひたすら二振りの剣をくっつけたり引っぺがしたりを繰り返していた。

 フフフ、楽しい。


「……で、お前さんはさっきから何をしているんだムサシ」

「遊んでます」

「おい」

「(半分)冗談っすよ……一応この剣について自分なりに考えてたんですが」

「成程……何か分かったか?」

「専門的な事は何も……ただ、コイツはどうやら俺ので大剣になったり双剣に戻ったりするみたいっすね」


 そう言って俺は手元の剣を見る。

 この摩訶不思議な剣、合体と分離にはその持ち主の意志が関係しているらしく、ただ合わせただけでは合体はしない。中庭で不意に合体が起きたのは、俺が「何か二つ合わせると大剣っぽいな」とでも考えたからだろうか。


「なんだそりゃ、そんな魔法を組み込んでる武器なんざ聞いた事が……いや、そもそもその武器の特性上魔法絡みの機構を組み込むのは無理だな。大体魔法が使えないムサシでは仮に――」


 俺の話を聞いて、何やらブツブツと呟きながらゴードンさんは考え込む。こりゃ長くなるかな?


「それにしても……両手剣にすると威圧感が更に増しますね」

「両手剣っつーかもう大剣だよ、このサイズだと」

「そうですね、形は剣らしくありませんが」


 そう言ってリーリエが苦笑する。確かに、これを剣かと言われると非常に微妙である。

 だって見た目がどう見ても馬鹿デカい長方形の鉄板なんだもの。鉄板と言っても、その厚みは二十センチはあるがな。

 先端に刃はついているが、平面なのでこれでは刺突攻撃は不可能だ。普通の剣と同じ様に突き出せば、対象を「刺す」のではなく「切断する」羽目になるだろう。


「しかし、これだけのデカさなら剣自体を盾として使う事も出来そうだな」

「確かにそうですね。大剣にすると幅がムサシさんの肩幅とほぼ同じになりますし、耐久性も凄く高そうです……あ、でも盾として使うなら構造的に結合部が気になりませんか?」


 成程、言われてみれば確かにそうだ。こういった物は接続部分が他の部位に比べて構造的に弱くなりやすい。なら……。


「確認してみよう。――フンッ!」


 言うが早いが、大剣の結合部めがけて拳を叩き込む。

 ガァン! と音がして受けた剣身と殴った腕にビリビリとした衝撃が走った。


「……うん、問題無さそうだな。めっちゃかてぇわ」

「い、いきなり無茶苦茶な事しないで下さい……耳が痛いです」

「ごメンチ」

「ていうか何ですかその音、ぶつけたのは人の拳なのに何でそんな鉄と鉄を打ち付けたみたいな音がするんですか。全身金属ですか?」

「失敬な! 今の言葉は聞き捨てならんぞ! 俺の身体は金属よりずっと硬い!」

「怒るのそこなんですか!?」


「おい、いつまで騒いでる」


 ギャアギャアと言い合っていた俺達の会話を遮り、いつの間にか考え事を終えたゴードンさんが呆れたような顔を俺達に向けていた。


「あっ、ごめんなさい。五月蠅かったですよね?」

「本当に申し訳ない」

「いや、いい。それより、その剣についてなんだが……もしかすると、そいつは【古代遺物アーティファクト】のたぐいかもしれん」

古代遺物アーティファクト!?」


 ゴードンさんの言葉を聞き、リーリエが驚いたような声を上げる。うん、何の事か分からない。


「あのー、あーてぃふぁくとって何?」

「……お前さんはいい歳してそうなくせにやたら知識が浅いな」

「ガッハァ!? そんなストレートに言わんといて下さい……」

「はぁ……まあいい。古代遺物アーティファクトっていうのは、遥か昔に存在していたとされる古代文明の遺産の事だ。主に当時の遺跡等から出土する事が多いな。その殆どは今の技術では再現不可能な代物ばかりでな……加工不可な素材を用いて作られた剣である事といい、その機能といい、その全てが古代文明が栄えていた時代に当時の技術で作られた物だとすれば、強引ではあるが説明がつく」


 ふむ。ゴードンさんの話を聞く限りでは、恐らくこの剣の正体はその古代遺物アーティファクトと呼ばれる物でほぼ間違いだろう。

 だが、俺は思う……それって、意味不明な代物見つけたら取り敢えず「古代遺物アーティファクトだ! 古代文明ってスゲー!」って言っとけばいいって事になりませんかね?

 まぁこんな事口に出したら十中八九怒られるだろうから、相槌を返すに留めておく。世の中口に出さない方がいい事もあるのだ。


「しかし古代遺物アーティファクトだとすると、どうやってゴードンさんのお店に回って来たんでしょう……普通ならギルドで保管されている筈なのに」

「ん? なんでそこでギルドが出てくるんだ?」

「えっと、過去にある学者さんが出土した古代遺物アーティファクトを対象にある実験を行った所、大爆発が起こったという事件がありまして……」

「えぇ……ちなみに、どんな実験を行ったんだ?」

「耐久性を調べるために、ドラゴン討伐に使うハンマーで思いっきり叩いたそうです」

「バカかな?」


 思わず率直な感想が出てしまった。得体の知れない物にそんな大雑把な実験を行うとか頭ウンコか?


「アハハ……とまぁそれ以降、同じような事故が起きるのを防ぐために、遺跡から見つかった物は原則的にギルドで保管・管理を行う事になったんです」

「そりゃ死人が出ちまったらそうなるわな……」

「え? その学者さんは死んでませんよ? 大怪我は負いましたけど、ちゃんと回復してまた学者業に戻ったそうです。人的被害はその学者さんだけだったので、牢に入れられるという事も無くギルドからの厳重注意と物的被害に対する賠償だけで済んだようです」

「マジすか……中々どうして、世の中にはとんでもねぇ奴もいるもんだな」


 俺が呆れた口調で言うと、「どの口が言ってんだ」みたいな目でリーリエとゴードンさんに見られた。ヒドイよ……。


「それはさておき、だ。今までの話を聞く限り、一端いっぱしのスレイヤーでしかない俺がそんなモノを所有するのは問題があるんじゃねぇのか? ギルドに没収されたりしない?」

「うーん、確かに……」

「それに関しては問題ないと思うぞ。ギルドで保管されてるようなのは、ホントによく分からないような代物……つまり正体が掴めない物ばかりだと聞く。その点、ムサシに渡したそいつは形状はどうであれ「剣」と呼べる代物だ。用途が確立されているなら、ちゃんとギルドに説明さえすれば個人所有も認められるだろう。なんなら「ギルド公認店」の店主であるワシの書状も付けてやる」


 おお、それは心強い。それで認められれば晴れてコイツは俺の武器になる訳だ。


「ありがとう御座います。しかし、何から何まですみませんね……あの、やっぱり代金は支払いますよ。ここまでして貰って無料タダで譲り受けるのは流石に心が痛むというか……」

「ああ? 気にするな……と言いたい所だが、それじゃお前さんは納得し無さそうだな。うむ……それなら、一つ頼み事がある」

「頼み事、ですか」

「うむ。お前さんはスレイヤーだ。これからドラゴンと腐るほど戦うだろう? だったら、偶にでいいから店に来て戦った時の剣の使用感や戦いの中で気付いた事があればワシに教えてくれ」

「……うーん、それが代金の代わりでいいんすか?」

「ああ。ワシにとって鍛冶とは生き甲斐であり、人生だ。お前さんがもたらした情報の中に、ワシ自身の鍛冶能力を向上させるキッカケがあるかもしれん。それは、どんな金銀財宝よりも価値がある」

「成程、そういう事であればいくらでも話を持ってきますよ」


 ゴードンさんの考え方には、大いに賛同できる。俺も山暮らしの時に培った技術や肉体、精神等は何物にも代え難いと思っているし、ましてやそれを金額で測ろうとは思わないし、測れない。


「宜しく頼む。ああ、それとお嬢ちゃんにも話があるんだが」

「は、はいっ! 何でしょうか?」


 突然話を振られたリーリエが目を白黒させている。何だ、何を言うつもりなんだ?


「お嬢ちゃんは、恐らくだがムサシとパーティーを組むんだろう? コイツは絶対戦場で無茶苦茶な事をやるだろうから、目を離さないでやってくれ。あと歳の割にバカだから、ちゃんと手綱を握るんだぞ? それとどうせ武器もメチャクチャな使い方するだろうから、あんまりにも目に余る時は容赦無く引っ叩いてやれ、そしてワシに報告するんだ。そしたらワシも倉庫から廃棄寸前のハンマー持ち出してぶっ叩くから」


 きょ、今日初めて会ったばかりなのに無茶苦茶言いよるなこの爺さん!

 いいのか? 泣くぞ? いい歳したおっさんだけど涙ちょちょ切れるまで泣くぞ!?


「――はい、分かりました! 任せて下さい!」

「うむ、いい返事だ」


 うぉおおおい! リーリエさん貴女俺と同じでゴードンさんとは初対面の筈なのに何変な同盟結んでんの!?


「そう言う訳ですので、改めて宜しくお願いしますねムサシさん!」

「何が『そう言う訳ですので』なんですかねぇ! もういい、アタイ帰る!」

「おう待て待て、そのまま出るつもりか? その剣とセットで保管されてたブレードホルダーがあるからそれも持ってけ」

「あ、了解っす」

「それとだ、その剣に名前を付けてやれ。それだけの業物なのに名無しでは可哀想だ」


 そう言い残してゴードンさんは倉庫のある方へと消えていく。名前、名前ねぇ……。


「ふむ、俺の名前は武蔵ムサシで、振るう剣は二本」


 だったら、名前なんて決まってる。


「――無銘むめい 金重かねしげ


 かつて、天下無双と謳われた二天一流の開祖・宮本武蔵が使用したと言われる名刀。

 俺がその名を与えた瞬間、微かにその刃が鈍く光った気がした。

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