第8話 二振りの剣

 店内に戻った俺達は、倉庫と思われる場所に来ていた。

 そこには表に展示されていない様々な武器が置いてあったが、その全てがほこりを被った状態だった。


「ここは?」

「他の店から流れてきた中古品だったり、処分のために持ち込まれた武器だったりを保管している所だ。状態のいい物があれば格安で卸したりもするが、殆どは溶かしてインゴットにして市場に出しちまうな」

「何だか、独特の雰囲気がある場所ですね……きゃっ!」

「っと、大丈夫か?」

「あ、ありがとうございます」


 躓いて転びそうになったリーリエを片手で受け止めながら、ゴードンさんに続く。やがてその足は、ある一角で止まった。


「こいつを見てくれ」


 そう言ってゴードンさんがカンテラで照らした所には、頑丈そうな鉄の台座に二振りのが置いてあった。

 はっきり剣と断言できなかったのは、その形が俺の記憶の中にある剣とは大分異なっていたからだ。

 それは、一言で言うなら麺切包丁と鋸を足して二で割った様な剣だった。根元から伸びた刃は切っ先付近で直角に曲がり、背には拳程の台形の角ばった突起が十個程付いている。そして、形がおかしければそのサイズもおかしい。

 刃渡りは俺と比べても遜色無いほどの長さを有し、一振りの幅が俺の肩幅の半分程もある。六十センチ程ある柄の長さも合わせれば俺の身の丈を超え、その身の厚さは先程俺が破壊した両手剣の三倍はある。それが、二振り。


「これは親父の代からこの倉庫に保管されてるもんでな……見れば分かるが、剣としてはあまりにも異質な代物だ」

「よくこんな物残しておこうと思いましたね」

「何度か処分しようかとも思ったんだが……とんでもない労力がかかるからやめた。コイツに使われてる素材は【重黒煌石じゅうこくこうせき】と呼ばれる代物でな、その特性は「クソ重くて、クソ頑丈」っていうひどくシンプルな物だ。素材自体があまりにも強固なせいで、高名な鍛冶師でも加工するのは不可能と言われている。だからこの剣を作った奴はワシを含めた今の鍛冶師達とは比べ物にならない技術を持っていたという事になる……腹立たしい事だがな」


 忌々しい、と言わんばかりにゴードンさんは深い息を吐く。だが、俺は目の前にあるこの二振りの剣から目が離せなくなっていた。

 俺の脳が告げている。「この剣を取れ」、と。


「……ゴードンさん、持ってみても?」

「出来るなら」


 その言葉を聞き、俺は手を伸ばして柄を握り締め、ひょいとその剣を持ち上げた。


「――もしやとは思ったが、本当に持ち上げられるとはな。お嬢ちゃん、試しにもう一振りの方を持ち上げようとしてみな」

「は、はい……って、重っ! ピクリとも動きませんよこれ!?」

「安心しろ、それが普通だ。ワシだって持てん。恐らくここに運び込んだ時は数人がかりでえっちらおっちら運んだんだろう。で、どうだ? 振れそうか?」

「ええ、問題なさそうっすね。リーリエ、そっちの一振りも借りるぞ」

「あっ、はい!」


 もう一振りを左手に収める。いわゆる二刀流というやつだ。


「……もう一つ話をしておくとだな、その剣には取り回しの他にも欠点がある」

「欠点?」

「元になった重黒煌石じゅうこくこうせきは魔力を通さないという特性を持っててな、それは剣として加工されたそいつにも受け継がれちまっているんだ。武器に魔力を通して魔法と併用して戦うこのご時世、この欠点はかなり大きなネックとなると思うんだが」

「ああ、それなら大丈夫ですよ。俺魔法使えないんで」

「は? それは一体どういう……」

「それに関して話すと長いんで……取り敢えず俺は魔力も持たず魔法も使えない人間だって事だけ覚えていて貰えれば」

「はぁ? お前は一体……ああ、もういい。これ以上考えると頭が痛くなりそうだ……で、どうする? 素振りしとくか?」

「是非」


 ◇◆


 中庭に戻ってきた俺は、再びその中心に立つ。手には、光を反射し鈍い光を放つ二振りの長剣。アホみたいに重いはずの剣だが、全く苦にならない。むしろ異様に手に馴染むくらいだ。


「どーれ、じゃあやってみるか」


 剣の柄を人差し指と中指で挟み、ペン回しの要領でクルクルと回しながら俺はその場で二、三回軽くジャンプをして身体の重心を調整する。


「……なぁ、お嬢ちゃんよ。ドラゴンよりもアイツの方がよっぽど化け物じゃねえのか?」

「そ、そんな事無いですよ! ムサシさんはその……色々と規格外ですけど、根は優しい人なんです! 規格外ですけど!」


 ねぇ何で二回言ったの? 大事な事だから? 大事な事だから二回言ったの?

 まあ規格外な事は認めるけどさ……今から更に規格外な事するけど驚くなよ。


「よし……フッ!」


 息を吐くと同時に、虚空に剣を奔らせる。さっきの様に最初から全力で振り下ろすのではなく、横薙ぎ・切り上げ・袈裟斬りといった感じに次々と剣を振るう。

 その太刀筋はお世辞にも美しい物とは言えないだろう。今の俺の剣技は、自分の本能に従った我流。型もクソも無いので、ただひたすら力任せに、己の最速を以って剣を振るう。一応、二刀流の利点である手数を生かせるように左右交互に振るように意識はしているが。


「おいおい……アイツはドラゴンをみじん切りにでもするつもりか?」

「剣が見えない……」


 ある程度振るった所で俺は柄の根元を親指と人差し指で握り、大きく振りかぶった。


「――ッッ!」


 一瞬の脱力、その後全身に力を入れ、両手剣の時の様に全力を以って振り下ろす。踏み込んだ右足が地面を砕き、剣が風を切る音が響いた。


「……うん、いいね。最高だ」


 俺の手元には、持ち出した時と寸分たがわぬ姿の双剣。折れる事も、曲がる事も無く見事に俺の力に応えてくれた。


「ゴードンさん! これ買います!」

「お、おう……もうなんか、いいよ。無料タダであげるわソレ。もともといつかは処分しようと思ってた物だしな」

「マジすか!? あざっす!」


 やったぜ、まさかタダでこんな素晴らしい武器が手に入るとは……俺のスレイヤー人生、中々幸先がいいかもしれねえな。

 そんな事を考えながら、何の気無しに二振りの剣の背と背を近づける。すると――


 ――ガチン――


「え?」

「何の音……おい、ムサシ。お前さん一体何やった?」


 二振りの背を近づけた瞬間。突如その台形の突起が噛み合うようにお互いを引き寄せ、その姿を双剣から一本の大剣へと姿を変えた。


「剣が……合体した?」


 ぽつりとリーリエの口から言葉が洩れた。成程、合体か。確かに一言で言い表すならこの現象は合体以外の何物でもないな。


「いやぁ、凄いっすねゴードンさん。まさかこんな機能がついてるなんて――」

「アホか! ワシだってその剣にそんな機能があるなんて知らんかったわ! 一体どういう原理で――!」

「お、落ち着いて下さいゴードンさん、暴れないで! ムサシさんも見てないで手を貸してください!」

「お、おう!」


 一度に沢山の事が起こりすぎてオーバーヒートを起こしたゴードンさんを鎮めるため、慌ててリリーエの方へ向かおうとした時、無意識に元の双剣形態に戻そうとしたら――


 ――パキン――


 さっきまでガチガチに固まっていた大剣が、あっけなく双剣の姿へと戻っていた。


「……ウーン」

「ゴードンさん!? ゴードンさあああん!」

「しっかりしろゴードンさん! 傷は深いぞ!」


 ――ぷっちん☆


「――ふざけた事言ってないでさっさと剣置いてそのアホみたいな腕力でゴードンさんを運んでください!!」

「!? ウ、ウッス!」


 俺の余計な一言でブチ切れたリーリエにケツを蹴飛ばされながら、俺は慌ててゴードンさんを抱えて店内へと入っていった。


 脛は……脛はやめてリーリエさん! 痛いっす!

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