第7話 武具屋に着いたけど、どうしてこうなった

 竜核を売ってから、武具屋に向かう途中でマジックポーチと財布、それとアイテムポーチと呼ばれるものも買った。三つで二十万ゲルト、これで今の手持ちは百三十万ゲルトだ。


「いやー予想はしてたけどマジックポーチ高いねぇ」

「スレイヤーの必需編ですからね。使用用途から考えても妥当な値段ですよ」

「ごもっとも。しかしマジックポーチとは別にアイテムポーチってのも必要なんだな」


 そう言って俺は腰にあるもう一つのポーチを撫でる。こちらはマジックポーチと違ってドラゴンの素材等といった大型の物を入れるわけではなく、出先で使うアイテム……水や携帯食料、魔力回復液マナポーション等を入れるための物らしい。

 このポーチもある程度伸縮は効くらしいが、マジックポーチのような反則的な収納性能は無いので、元の大きさがマジックポーチの三倍ほどある。


「マジックポーチはあくまで大きくて重量のある素材を運ぶために用いる物ですから……もしアイテムと素材をごっちゃにしてマジックポーチに入れると大変な事になりますよ?」

「肝に銘じておきます……そう言えば、今リーリエが担いでる――魔導杖ワンド、だっけ? それって今から行く武具店で買った物だったりすんの?」

「いえ、これは魔導士ウィザードの武具を専門としている別のお店で作って貰った物です。魔導杖ワンドは近接武器とは構造も用途も大きく違うので、お店自体も分かれているんです」

「成程ねぇ。作って貰ったって事は、一品物オーダーメイドか?」

「そうですね。私の場合、使える魔法の兼ね合いで一般的な万能型の魔導杖ワンドではどうも合わなかったので、光と闇に特化した物を作って貰ったんです。お値段は張りましたけど、武器の相性はスレイヤーにとって大事な事ですから」

「ああ、確かに大事だな。自分の命に直結するもの」

「はい。さて、そろそろ着く筈なんですが……場所と名前は知ってるんですけど、実際に入った事は無いお店なんですよね」

「そらそうだろうな、魔導士ウィザードとはが違う連中の為の店なんだろうし……っと、ここかな?」


 俺達の前に現れたのは、「いかにも」という感じの建物だった。壁のガラスの向こうには剣、槍、フルプレートの鎧等が展示してあり、入口の上には≪武具屋・竜の尾ドラゴンテイル≫と書かれた巨大な看板が見えた。その脇には「ギルド公認店」の文字もある。

 店内へと入ると、所狭しと武具が展示してある。その奥にあるカウンターには立派な髭を蓄えた一人の老人が椅子に腰を掛けていたが、俺達に気付くとゆっくりこちらへと視線を向けた。

 顔こそ老いを感じさせるが、その身体は服の上からでも分かるほどガッシリとしていた。身長と体つきを見る限り、恐らくドワーフだろう。


「いらっしゃい」

「どうも。武具を見繕いたいんですけど、店内少し見て回ってもいいすかね?」

「ああ、気が済むまで見てくれ」


 そう言った老人は俺の姿を見ても全く動じていない。年の功という奴だろうか、どこに行ってもこういう反応だったら嬉しいんだけどなぁ。


「ムサシさん、どんな武器を使うか決めてるんですか?」

「それなんだが……剣を使ってみようと思っててな。いや、っていうのも俺今まで基本的に素手でばっか戦ってたから、この機会に自分のを増やしたい訳よ。んで、考えた末選んだのが剣」

「(す、素手……)成程、ちなみにどうして剣を選んだんです? 他にも槍や鎚もありますけど」

「浪漫だから」

「えっ」

「剣とは! 男であれば一生に一度は使ってみたい夢と浪漫とカッコよさが詰まった武器だからだ!!」


 拳を天に突き上げ、俺は高らかに宣言する。心なしかリーリエが引きつった笑みを浮かべている気がするが、この気持ちは男にしか理解できまい。

 そんな俺の背中にポン、と一つ手が置かれた。振り返ると、そこには不敵な笑みを浮かべたあのドワーフのおっちゃんが立っていた。


「兄ちゃん……よく分かってるじゃねぇか」

「! 分かりますか、この気持ち!!」

「ああ!」


 ガッシリと、二人で握手を交わす。今ここに、漢と漢の熱い友情が誕生した……気がする。


「ワシはここ≪竜の尾ドラゴンテイル≫で店主兼鍛冶師をやっとるゴードンだ。兄ちゃんの使う剣は是非ワシに見繕わせてくれ。そっちのお嬢ちゃんは付き添いか?」

「は、はい。私は白等級スレイヤーのリーリエといいます」

「同じく白等級スレイヤーのムサシです」

「おう、よろしくな二人とも。さて、一口に剣と言っても様々ある。片手剣、両手剣、双剣……ムサシの場合は、体格からすると両手剣が合うと思うんだが……これなんかどうだ?」


 そう言ってゴードンさんは店内にある剣の中から一振りの両手剣を持ってくる。サイズは他に置いてある両手剣よりも一回り大きく、刃も分厚い見事な一振りだった。


「こいつは朱剛鉱石クリムダイトと【銀鋼竜ぎんこうりゅう】シルバリオスの角を溶かして精錬した合金から作った剣だ。ワシが作った物だ、品質は保証する」


 ゴードンさんから剣を受け取り、眺めてみる。正直素材についての知識は一切ないので、なんかの鉱石となんかのドラゴンの角が使われているという事しか分からないが、剣自体は素人目線の俺から見ても業物だというのが分かる。微かに朱に染まる剣身が美しい。


「稀少鉱石とドラゴンの素材を使った剣ですか……どうですかムサシさん?」

「そうさなぁ……ゴードンさん、素振りとかできる場所あります?」

「ああ、こっちだ」


 そう言われて案内されたのは、店舗の中に作られた中庭のような場所だった。広さは十分、これなら大丈夫そうだな。


「今はお前さん達しかいない。思う存分振ってくれ」

「ではお言葉に甘えて……」


 中庭の真ん中に陣取り、剣を構える。剣の振り方に覚えは無いが、取り敢えず全力で振り下ろしてみよう。


「ふぅー……」


 息を吸いながら上段へと剣を持っていく。ビキビキと筋肉に力が張り巡らされていき、着ていたつなぎがパツパツになった所で――


フンッッッ!」


 呼吸が一瞬止まった次の瞬間、俺の全力を以って剣が振り下ろされた。


「きゃあっ!」

「うおっ!?」


 ドン! という轟音と共に、踏み込んだ右足が地面にクレーターを作った。砂塵が舞い上がり、中庭が土煙に閉ざされる。暫くして視界が明けた時、俺は自分の手元に視線を下ろした。


「――あっ」


 驚くほど間抜けな声が、口から零れ落ちた。


「ゲホッゲホッ……いやぁ凄まじい力だな――ん?」

「……えっ? あの、ムサシさん。 剣は?」


 二人が困惑した表情で俺を見てくる。一方の俺はダラダラと冷や汗を流しながら自分の手元に視線を落としていた。

 そこには、剣の柄があった。である。


「……やべえよやべえよ! 売り物壊しちゃったよ!!」

「おおお落ち着いて下さい! 剣身は一体どこに……」

「――あそこだ」


 慌てふためく俺達とは対照的に、ゴードンさんは静かな声で中庭の壁の一点を指さす。

 そこには、と思われる剣身が、レンガ造りの壁に深々と突き刺さっていた。


「マジかよ……あの、ゴードンさん?」

「…………」


 ゴードンさんは俺の問いかけに答えず、つかつかと剣身が突き刺さった壁へと歩いていった。

 そして、壁に刺さった剣身に手を触れる。その瞬間、剣身に無数のヒビが入り、ついには砕けて地面へと落ちてしまった。

 気まずい沈黙が場を支配していたが、やがて小さく笑い声が聞こえ始めた。


「クックックッ……」

「「あ、あの……」」

「はーっはっはっはっ! いやぁ、まいった! こんな経験は初めてだ!」


 そう言ってひとしきり笑ったゴードンさんは、どこか晴れやかな笑みを浮かべていた。


「あの……怒ってないんすか?」

「いんや? 壊れるような剣を作ったワシが悪いのであってお前さんに非は無いよ」

「でもあの剣、素人目線でも結構な業物だと思ったんですけど」

「そうだなぁ、最近作った剣の中では間違いなく一番の自信作だったな」

「Oh……」

「でもまぁ、壊れちまったものは仕方がない、気に病むな……しかし、その見てくれからしてかなりの力自慢だろうなとは思っとったが、これ程とはな」


 砕けた剣身と、俺から受け取った柄をしげしげと眺めながら言葉をこぼす。正直非常に申し訳ない気持ちで一杯である。


「だがこれだと、お前さんがまともに振れる剣はウチには……いや、待てよ? アレなら……だがしかし……いや、これだけの膂力があれば……」


 何やらぶつぶつと呟きながら、ゴードンさんは店の中へと消えていく。その背中を慌てて俺とリーリエは追いかけていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る