第6話 一文無しからプチ富豪に
【Side:ギルドマスター・ガレオ】
「……行った、か」
今しがたこの部屋に来ていた二人が退室したのを見届け、オレは大きく息を吐く。そのまま座っていた椅子の背もたれに身を預け、天井を仰いだ。
「お疲れ様です、ギルドマスター」
「ああ。しかし、とんでもない新人が現れたもんだな……」
「えぇ、そうですね」
正直、アリアから彼等――正確にはムサシについての報告を受けた時は眉唾物の話だと思った。だがこうして実際に相対して分かったのは、報告を受けた話が全て真実だという事だった。
「……彼等の前にヴェルドラの討伐報告が上がったのはいつだ?」
「直近ですと四年前ですね。その時は赤等級四人と青等級二人の六人パーティーで討伐したそうです。ただ、その場所は魔の山ではなく、そのヴェルドラもムサシさんとリーリエさんがおっしゃっていた個体よりも小さい個体だったみたいですが」
その話を聞き、二人が見せてくれたヴェルドラの素材を思い出す。あの頭殻と竜核の大きさから察するに、体高は優に六メートル、全長に至っては二十メートルに届くような個体だったのではないだろうか。
仮にそうだとしたら、例を見ない成長を遂げた個体だったという事になる。恐らく、魔の山という過酷な環境が規格外のサイズのヴェルドラを生み出したのだろう。
「しかし、よろしかったのですか?」
「何がだ?」
「新人とはいえ、実質ソロでヴェルドラを討伐するような者を、白等級スレイヤーとして遊ばせておくというのは……」
「仕方あるまいよ、いくら実力があっても規定は規定だからな……なんだ、その顔は。言いたい事がありそうだな?」
「いえ、今まで何度もその規定を
「お、お前も言うようになったな……」
まぁ、アリアのいう事もわかる。あれだけの戦力、最初から青等級でも与えてギルドの近くに置いていた方が色々と都合がいいとは思う。だが……。
「仮にあの場で高い等級を与えても、ムサシは納得しなかっただろうし手綱を握るのも不可能だったと思うぜ。アレはそんな生易しい存在じゃない」
「……
「ああ。オレの殺気を浴びても眉一つ動かさなかったうえに、途中からオレの方が奴の気に呑まれていたからな」
ふぅ、と息を一つ吐き、オレは彼等が出ていった扉を暫く見つめていた。
◇◆◇◆
ギルドを後にした俺達は、これからの事について話し合っていた。
「さて、まずは換金所でヴェルドラの素材を買い取ってもらいましょう。それから武具屋に行ってムサシさんが使う武器と防具を見繕いましょうか」
「そうだな。全部売っぱらうとどの位になるんだろうなあ」
「あ、それなんですけど……換金するのは一部の素材だけにしませんか?」
「そりゃまたどうして?」
「ドラゴンの素材は良質な武具の材料になるんです。しかも今回持っているのは【
「成程、把握した」
それなら、外殻の類は売らない方がいいだろう。どう考えても防具とかの材料として使えそうだしな。となれば、売るのはそれ以外の部位という事になるが……。
「取り敢えず、竜核だけ売ってみるか? 素材の価値についてはあまりよく知らねえけど、多分高いんだろ?」
「そうですね。竜核はドラゴンの素材の中で一番高値で取引される部分ですから」
やはりか。しかしあんなデカくて重いモノ何に使うんだろうな?
そんな俺の心の内を読み取ったのか、リーリエは口を開く。
「竜核は【万能結晶】とも呼ばれる素材で、その利用価値はとても高いんです。このマジックポーチも竜核を特殊な方法と魔法で加工して作られた物なんですよ?」
「マジで!? あの石ころがコレになんの!?」
なんだそりゃ、それが本当ならとんでもない反則素材だな。【万能】って表現もあながち間違いじゃないのかもしれない、不可能を可能にするって意味で。
「竜核を石ころなんて呼ぶのはムサシさんだけですね……とにかく、それだけ強力な素材なので流通はギルドによって厳しく制限されています。ギルドを通さず不用意に個人で売買を行えば厳しく処罰されます」
「そりゃそうだな。んじゃ取り敢えずは竜核だけ売っぱらうか」
さて、いくらになるかね。
◇◆
換金所はギルドの建物に併設される形で建っていた。その出入り口からはスレイヤーと思われる者達が頻繁に出入りしており、活気があるのがよく見て取れる。
そんな者達に交じって俺とリーリエも中へと入る。ここでも相変わらず数多の視線を感じるが、いい加減慣れたので気にせず窓口と思われる場所へと足を運ぶ。
「すいません、素材の換金お願いしたいんですけど」
「!? わ、分かりました。それでは
受付のお姉さんの前に俺とリーリエは揃って認識票を差し出す。
「はい、確認しました。ムサシさんとリーリエさんですね。それではこちらの書類をお渡ししますので、奥の鑑定所で素材の引き渡しを行った後、鑑定官からサインと査定額を記入してもらってから再びこの窓口までお越しください」
お姉さんに促され、俺達は奥にある屋外へと通じる扉をくぐる。その先にはぽっかりと開けた巨大なスペースがあり、そこではスレイヤーと鑑定官が素材のやり取りをしている光景が見えた。
「おっ、次はそこのデカいにーちゃんと……リーリエちゃんか。 こっちへ来な」
そう言って声を掛けてきたのは、「おやっさん」という言葉が似あうナイスガイだった。
「初めまして、だな。オレッちはマコール、ここで鑑定官をやってる。よろしくな!」
キラン!と白い歯をのぞかせてマコールさんは笑った。歯も光っていたが頭も光っていた。
「こちらこそよろしく。俺はムサシだ」
「おう、よろしくな! して、今日は何の鑑定だ?」
「えっと、今日マコールさんに鑑定して貰いたいのはドラゴンの素材なんですけど」
「な、なに!? リーリエちゃん、ついにドラゴンを討伐できるようになったのか!?」
「い、いえ。倒したのは私じゃなくてこちらのムサシさんなんですけど……」
そう言って、リーリエはこれまでの経緯を簡単にマコールさんに説明をする。やがて話を聞き終わったマコールさんは、神妙な面持ちでこちらに視線を向けてきた。
「そうか……魔の山でヴェルドラをなあ。よし、早速見せてくれ。オレッちがバッチリガッチリ鑑定してやらぁ!」
江戸っ子? 江戸っ子なの? 下町育ちなの?
「えっとじゃあ、ムサシさん、お願いします」
「ほいきた。よっ、と」
俺はリーリエから手渡されたマジックポーチから目当ての竜核を取り出す。それを見たマコールさんがギョッと目を見開いた。
「こ、こいつはすげえ! こんなデカイ竜核は中々お目にかかれねえぜ! そしてそれを片手で持ち上げるお前さんは一体……いや、その身体なら出来ても不思議じゃねえか」
「お褒めにあずかり光栄だ。で、こいつはどの位の値が付きそうなんすか?」
「そうだな、ちょいと待ちな。あ、下に置いていいぞ」
そう言ってマコールさんは懐からメガネを取り出し、鑑定を始める。
「ふむ、コイツの持ち主は間違いなくヴェルドラ、それもかなり大型の個体だな。状態もいいし、核の純度も非常に高い」
竜核に手を触れながらマコールさんは言葉を続けている。話を聞く限りだと、これは期待してもいいのだろうか。
「……うん、よしきた! 査定額を出すぞ、こいつの値段は――三百万ゲルトだ!」
……え?
「サ、サンビャクマン!?」
「えっ、えっ!? そんなに高く買い取ってくれるんですか!?」
「おう! これが妥当な値段だと思うぜ」
それを聞いた俺とリーリエは肩を寄せ合って後ろを向く。そして声を潜めて話し合った。
「なぁ、リーリエさんや。三百万ゲルトって言われたけど……」
「わ、私だって驚いてますよ……それだけの金額があれば一年は仕事をしなくても暮らせます」
「マジすか!」
てことは、この世界での物価は日本とあんま変わらねぇな。確か二十代の平均年収は大体250~350万だった筈だし。
「じゃああれだけ売って他の素材は持ち帰りって感じでいいか?」
「それでいいと思います」
「オッケー」
方針を決めた俺達はくるりと振り返る。
「話はついたか?」
「うっす。その金額で頼みます」
「よしきた、書類を渡しな」
俺が渡した書類にマコールさんがスラスラと査定額とサインを書き込んでいく。しかし三百万か……この世界の物の価値はいまだ把握しきれていないが、そんな俺でも竜核という物の価値が凄まじく高いというのはわかった。
「よし、これで終わりだ。いやあ、こんな大物を鑑定したのは久々だったからオレッちも興奮しちまったぜ」
「そりゃよかった。また同じようなの持ってくるかもしれないからその時は宜しくお願いしますよ」
「おう! 次回もよろしく頼むぜ!」
そう言って俺達は鑑定所を後にする。逸る気持ちを抑えて、換金所の窓口へと足を運んだ。
「おや、終わったようですね。それでは書類の提出をお願いします」
「どうぞ」
「はい、確かに受け取り……こ、これはまた、すごい金額が付きましたね。少々お待ちを」
そう言って窓口の奥の方へとお姉さんが消えていく。暫くすると、札束を持ったお姉さんが戻ってきた。
「はい、こちらが査定額の三百万ゲルトになります」
「ありがとう。さてリーリエ、手を出してくれ」
「? はい」
首を傾げながら差し出されたリーリエの手の上に、俺は査定額の半分……百五十万ゲルトをポンと乗せた。
「えっ、あの、これ……」
「今まで立て替えてもらった諸々の金と、山降りてからここまで来るのにかかった手間賃、後は無教養な俺に色々教えてくれた授業料だな」
「そ、そんな! どう考えてもこんな金額に見合うような事を私はしていませんよ!」
「そんな事ねぇよ。そもそもリーリエがいなかったらこの金自体俺が手にする事は無かったわけだしな」
「で、でも……」
「いいからいいから。それにこれから二人でどんどん上を目指していくわけだろ? この位の軍資金はあった方がいい、お互いにな」
「むぅ……ムサシさんがそう言うなら」
「よし、じゃあ次は武具屋に行こうか!」
無理やりリーリエを納得させ、俺達は換金所を後にする。次は武具を揃えないとな……といっても、俺剣とか一切使った事無いけど、まあ成るように成るだろ。
「そう言えば俺、財布とか持ってないんだけど」
「あっ……まずは商店でマジックポーチと財布を買いましょう。流石にお金をそのまま持ち歩くのは宜しくないと思います」
「合点承知の助」
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