第5話 山猿からスレイヤーに!

 ギルドはミーティンの街の中心部にある。

 建物は木造とレンガを合わせた二階建てで、その入り口はひっきりなしに人が出入りしている。俺とリーリエがその扉をくぐると、あちこちから視線を感じた。


「見られてるな」

「ムサシさんは目立ちますから……」


 俺か。やっぱり俺のせいなのか。

 少し落ち込む。そこまで異質な存在なのかね俺は……。

 数多の視線に交じって話し声も聞こえてきた。


「オイ見ろよあの黒つなぎの男」「すげえ体格だな……」「あの胸板何センチあるんだよ」「手足も丸太見てえだ」「身長タッパは二メートルはあるな」「ウホッ」「隣にいるのはリーリエか?」「オイオイ何であんな可愛い子があんな化け物みてえなヤツと……」


「あー……すまんな、俺のせいでリーリエまで目立ってるみたいだ」

「だ、大丈夫です。気にしませんから……それよりも、手早く手続きを済ませてしまいましょう」


 好奇の目を受けながら、俺達は窓口の受付嬢へと声をかけた。


「こんにちは、アリアさん」

「こんにちは、リーリエさん。本日はどういったご用件でしょうか」

「えっと、スレイヤー登録の手続きを……」

「スレイヤー登録……それは、後ろにいる彼が行うという事でしょうか?」


 アリアと呼ばれた銀髪のエルフの受付嬢が、クイッとメガネを指で上げながら俺を一瞥する。似合うなオイ。


「ああ、そうだ。リーリエに紹介されてスレイヤーになるためにここまで来たんだが」

「分かりました。それでは必要な書類を用意いたしますので、それまであちらの方でお待ちください」


 そう促されたホールの先には、衝立で仕切られた空間があり、その奥には椅子とテーブルが設置してあった。

 指示に従い、俺とリーリエはそこで椅子に腰かけてアリアさんが書類を持ってくるのを待つ。


「手続きって書類書くだけでいいのか?」

「いえ、書類とは別に魔力測定が……あっ」

「げっ」


 魔力測定……その単語だけで嫌な予感がしてきた。


「なぁ、俺って確か」

「はい、魔力が無いんですよね……」

「どうしよう、魔力が無いからスレイヤーにはなれませんとか言われたら」

「そ、それはなんとも……で、でも! あの時はあくまで私がその場で測っただけですから、ちゃんとした測定を受ければ実は魔力がありましたなんて事も……」

「さぁてそいつはどうかな」


 リーリエがフォローしてくれるが、実際問題俺は魔力なんて持ち合わせていないと思う。あくまで勘だけど、この勘がよく当たるんだよなぁ。さてさてどうなる事やら。


「お待たせしました。こちらが書類と魔力測定機になります」

「あ、じゃあ書類から書きます」

「どうぞ」


 省類に必要な情報を書きながら、俺はちらりと魔力測定器と呼ばれた物を見る。一見すればただの水晶だが……。


「ムサシさんって28歳だったんですね……一回り以上年上……」

「ん、そうだな。アラサーのおっさんだよ」

「リーリエさん……一応個人情報なので盗み見はちょっと」

「すっ、すみません!」


 そうこうしている内に書類が書き終わった。さて、お次はいよいよ問題の魔力測定か。


「……記入漏れはなし、と。それではムサシさん、魔力測定に入りますのでこの水晶に手をかざしてみて下さい」

「手をかざす……こうか?」


 言われた通りに水晶に向かって右手をかざしてみる。リーリエが固唾をのんで見守っていたが、やがてアリアさんの表情が怪訝な物へと変わっていく。


「……おかしいですね」

「おかしい、とは?」

「通常この水晶に手をかざせばその人物の魔力量、属性、魔力回路の伝達速度などの情報が出てくるはずなのですが……」


 暫く三人で水晶と睨めっこをしていたが、やがてアリアさんが重々しく口を開く。


「失礼ですが、ムサシさんはこれまで魔法を行使したことは?」

「無いっすね」

「一度も?」

「28年の人生で一度たりともありませんよ。それどころか魔法や魔力といったものの存在もリーリエに聞くまでは知りませんでした」

「そんな……有り得ない……」


 アリアさんが信じられない物を見る目を向けてきたので、俺は物心ついた頃から山――リーリエが魔の山と呼んでいた場所で暮らしてきた事、そこでリーリエと出会って初めて魔法の存在を知った事、ミーティンに来るまでにリーリエに魔力や魔術回路を持ち合わせていない事を告げられた事などを話した。


「……少し、お待ちいただけますか」


 そう言い残し、アリアさんは書類と測定器を持ってどこかへと行ってしまった。


「うーん、やっぱ駄目だったか」

「そうですね……あの、随分と落ち着いてますね」

「そりゃあ一回リーリエに魔力が無いって話は聞いてたしな。それに今更焦った所でどうしようもないし……ま、なるようになるだろ。仮にこれでスレイヤーにはなれませんって言われても諦める気なんかこれっぽっちも無いしな。リーリエとの約束と紫等級になるって夢もあるし」

「ムサシさん……」


 そうだ、諦めるなんて選択肢は無い。そもそもまだスレイヤーになれないと決まった訳ではないのだから、なれなかった時の事を深く考えてもしょうがない気がする。


「お待たせしました。ムサシさん、ギルドマスターがお呼びしていますのでこちらへ。リーリエさんも」

「は、はい」

「ギルドマスターって事は、此処のトップか」

「はい。お二人と直接話がしたいと」


 そう言われて俺達は二階へと案内される。通路を進んだ先、一番奥に他の部屋の扉よりも一回り大きな扉が現れる。アリアさんの先導の元、その中へと足を踏み入れた。


「――よく来たな。まあ座ってくれ」


 部屋に入って聞こえてきたのは、雄々しく覇気のある男の声だった。

 その男は部屋の中央に設置された大きなテーブルを挟むようにして奥の椅子に腰かけ、悠然とこちらを見据えていた。

 促されるままに、俺とリーリアは手前の椅子に腰を掛ける。……この椅子小さいな、俺が座ったら悲鳴を上げたぞ。


「さて、まずは自己紹介からか。オレはここミーティンのギルドマスターをしているガレオだ。よろしくな|」


 ガレオと名乗ったオレンジの髪の男が手を差し出してきた。見た所俺よりも年上に見える。体つきも俺には及ばないがギルドマスターと呼ばれるにふさわしい恵体だ。


「初めまして、ギルドマスター。俺はムサシだ、スレイヤーになるために今日ここに来た」

「聞いてるよ、後オレの事はガレオでいい。そっちは白等級スレイヤーのリーリエだな」

「はっ、はい!」


 ガチガチに緊張しているリーリエを見て、ガレオは苦笑している。しかし流石ギルドマスターと呼ばれるだけあって、俺の姿を見ても全く動じていないな。


「さて、こちらの話をする前にまずはムサシのスレイヤー登録に関してだが……おめでとう、今日からお前はギルド所属の白等級スレイヤーだ。これからの活躍を期待しているよ」

「やった!」


 ガレオの言葉を聞き、リーリエが小さくガッツポーズをする。お前さんはどんだけいい子なんだ……今度飯でも奢ろう。


「そうか……いや、なんか拍子抜けだな。てっきり何か言われるものかと、魔力の事とか」

「ああ、その事か。確かに珍しい事例だと思うぜ、オレ自身魔力も魔術回路も持たない人間なんて初めて見たからな。ただ、ギルドの規定に『魔力を持たない者はスレイヤーになれない』なんて項目は無いからな」

「成程、そりゃ俺にとってもありがたい」

「ただ心しておいてくれ。スレイヤーとは盾であり矛だ。民がドラゴンの脅威に晒されれば真っ先に戦場へと送られる。そしてその守るべき民にスレイヤーとしてあるまじき行為を行った場合は……


 それ相応ね……成程、なろうと思えば書類一枚でなれるが責任も大きく、罪を犯せば……この場合、命を取られる事もあると考えた方がいいだろう。


「了解、心に刻んでおくよ」

「是非そうしてくれ。さて、今度はこちらの話なんだが……確認しておきたい事があってな」


 そう言うと、ガレオの目が僅かに鋭くなる。その視線はまっすぐ俺に向けられていたが、今更この程度で動じる俺でもない。


「アリアから一通りは聞いている。ムサシがどういう生活をしていたか、君達二人がどうやって出会ったか、それからこのミーティンに来た経緯もな。その上で聞きたい――二人が魔の山深部でヴェルドラに遭遇し、それを討伐したというのは本当か?」


 ああ、聞きたいのはその事か。まあ疑われるのも無理はないよなぁ、あのクラスのドラゴンは等級の高いパーティーで討伐するのがセオリーみたいだし。


「本当だよ、ガレオ。確かに俺達はあそこでヴェルドラを仕留めた」

「私は逃げてただけですけどね……あの時はムサシさんが助けてくれなかったら今私はここにはいません」

「その討伐を証明できるものはあるか? ヴェルドラの素材とか」

「あぁ、あるよ。確か全部リーリアに預けてたよな?」

「はい、全てマジックポーチに入っていますよ。ただ、ここで出すのは……」


 ポーチを手で撫でながらリーリアが言い淀む。その様子を見たガレオが顎に手を当てながら問いただしてきた。


「なんだ、出せない理由でもあるのか?」

「いえ、出せるには出せるんですけど……その、量が多くて」

「そんな事か。別に全身の素材を見せろって訳じゃない。外殻一枚とそうだな……があれば見せてもらいたい」


 竜核――リーリエから聞いた話じゃ、ドラゴンの心臓にあたる素材だと聞いたな。確か解体した時に取って来た筈だ。


「それでしたら大丈夫ですね。えーっと……すいませんムサシさん、ちょっとマジックポーチから取り出してくれませんか?」

「ん? あぁ、デカくて重いもんな。任せろ」


 普通倒したドラゴンの素材はパーティーのメンバーで協力してポーチに入れるらしい。だがあの場には俺とリーリエしかいなかったので、リーリエがポーチを広げそこに俺が素材を片っ端からぶち込んで入れていた。リーリエ一人じゃどう考えても素材持ち上げられなさそうだったからな……。

 とにかく、そうして手に入れた素材は帰ってきてから換金所に併設された広いスペースで、ポーチをひっくり返してまとめて出すんだとか。

 ……出す時大雑把すぎね?


「えーっと、殻はまずこいつ」


 そう言って俺が引っ張り出したのは、ヴェルドラの巨大な頭殻だった。


「ちょっ、おま! なんでよりによって頭殻なんだよ!」

「え? デカい素材の方がインパクトあるやん? あとこれが竜核ね」


 ガレオが困惑している隙に竜核も取り出す。それを見たガレオとアリアが息を呑んだ。


「お、大きい……!」

「八十センチはあるな……成程、こいつは大物だ」


 俺が片手で持った竜核は今だに力強く輝いており、その素材としての価値の高さを伺わせる。


「しかしお前、よく片手で持てるな……」

「こんなの重いうちに入らねえよ。さて、これで信じてもらえたか?」

「ああ、もう十分だ。ポーチにしまってくれ」

「あいよ」


 納得してくれたようなので再びポーチにしまい込む。しかしこのマジックポーチというのは不思議だ、口はドラゴンの素材を丸ごと入れられるくらい広がるのに、入れ終われば元の大きさに戻る。一体どんな魔法が使われてるんだ?


「よし、取り敢えずこちらの用件は済んだ。手間をかけさせてすまなかったな」

「いえいえ、納得してもらえたのならそれで。さて、じゃあ俺達はもう行っていいか?」

「ああ、待て。これを」


 そう言ってガレオが俺に手渡してきたのは、一つの白いドックタグのような物だった。そこには俺の名前と種族、性別と年齢が刻印されている。


等級認識票タグだ。スレイヤーの身分を証明するものでもあるから肌身離さず持っておけ。更新は一年ごと、歳を重ねる毎に新しいものを渡す」

「相分かった。無くさないようにするよ」


 ――この日、俺はスレイヤーとなった。

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