第4話 初めての街で服を買う
山を下りてから二日、馬車は無事目的の場所――ミーティンへと着いた。
御者のタロンさんに別れを告げて、俺とリーリアは並んで街へと足を運ぶ。
「おぉ……人や、人が沢山おる……!」
「今はお昼近くですから、特に人出は多いですね」
この世界に来てから初めて人の文明圏に入ったからか、自然と心が躍る。
そんな俺の様子を見て、リーリエがクスリと笑った。
「お気に召しましたか?」
「応よ! あ、所でリーリエさんや、一つ気になってる事があるんだが」
「なんですか?」
「さっきから耳やら尻尾が生えてたり、耳が長い人が歩いてるんやけども……」
「あっ、もしかして≪種族≫については話してませんでしたっけ?」
「解説お願いします」
コホン、と一つ咳払いをしてリーリエが説明を始める。
「人間種は四つの種族に分かれています。ヒト族・エルフ族・ドワーフ族・獣人族……この四つですね。各種族には特徴があって、ヒト族は万能型、エルフ族は魔法に優れ、ドワーフ族は力と鍛冶に長けます。獣人族は非常に高い身体能力を有している種族ですね」
「成程ねぇ。多分だけど耳の長い美形がエルフ、背の低いがっしりとした体つきの奴がドワーフ、獣の耳と尻尾が生えているのが獣人かな?」
「その通りです。ちなみに私はヒト族の父とエルフ族の母のハーフなんですよ?」
そう言ってリーリエが髪をかき分けると、確かにそこにはエルフよりは短いピンと立った耳が生えていた。
「ハーフか、道理で美人さんだと思ったよ」
「ふぇっ!? たたた確かにハーフは美形が多いとは聞きますけど私は別にそんな……」
「いいや間違いなく美人だね、山育ちの俺でもそれはわかる」
「あぅ……」
実際リーリエは美人だと思う。顔はいいしスタイルもいい。それこそ俺の隣を歩かせてるのが申し訳なくなるレベルだ。
「と、とにかく! この四つの種族が共存する事によって今の文明が出来たんです!」
「おう、説明ありがとう。ところで――」
「なんですか!」
顔を赤くしたリーリエがキッとこちらを睨む。非常に可愛らしいが、これ以上この話題を続けると怒られそうなので、別の話に切り替えようそうしよう。
「い、いやさっきから何か俺達……正確には多分俺だと思うんだけど、やたら注目されてる気がするんだよなぁ」
そう、先程からすれ違う人々が一瞬俺の顔を見てすぐさま視線を逸らすという行為を延々と続けており、流石の俺も気にせざるを得なくなってきたのだ。
「え? あぁそれは多分……その、何と言いますか」
「何だ? 俺に原因があるならはっきり言ってくれ」
「えっと、その……今のムサシさんの恰好は非常に個性的といいますか何というか……この街の中では中々見ない珍しい出で立ちをしているので、多分そのせいではないかなぁ、と」
「恰好……?」
リーリエが顔を背けながら言うので、俺は改めて今の自分の姿を確認してみる。
今着ているのは山暮らしの時に仕留めた熊の毛皮から作った上着に、猪の皮から作った腰巻。靴は一応作ったのはいいものの長らく拠点の隅に放置されていた草鞋を履いている。
そしてそれらを纏っているのは身長二メートル、黒髪で全身筋肉のいかつい男……。
「――蛮族じゃねぇか!!!」
「今更ですか!?」
街の中にいきなり得体のしれない毛皮を纏った巨人が現れたら、そら誰でも見るわな。
しかもその隣には、白を基調としてそれを青いラインで縁取りした生地と、要所をカバーする金属プレートを組み合わせた品のいい防具を身に着けたハーフエルフの美人が歩いているので、尚の事悪目立ちしている。
「これ、最初に衣服整えた方がいいんじゃねぇのか……」
「あ、今向かってるのはギルドじゃなくて服屋ですよ? その辺りはぬかりありません」
「マジすか先輩!」
「先輩はやめてください……流石に今の格好でギルドに行ったら衛兵呼ばれちゃいますよ」
「間違いないな」
一応この世界にも警察機構のようなものが存在しており、≪
それと言語なんだが、街を歩いている中見かけた様々な看板などに書いてあった文字は、問題無く読めた。字体は日本語とはかけ離れているが、すんなりとその意味も理解出来る。
無論、俺に異世界語の知識など無い。これが神の悪戯なのかどうかは知らないが……少なくとも、文字の読み書きで苦労する事は無さそうだ。
「服代はギルドで登録してから素材換金後に全額返せばいいか?」
「はい、それで構いませんよ。ただ、今持ち合わせがそんなに多く無いのであまり高すぎる服は……」
「いや流石に金出してもらう立場でそんな高級品とか要求しねぇよ!?」
「そ、そうですか。……あ、着きましたよ」
そんな会話をしている内に、目的の店舗前まで来た。
看板には≪シェイラ服飾店≫と書かれており、木造で品の感じられる外観をしている。
リーリエが先導して店内に入ると、快活な女性の声が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませー! あら、リーリエじゃない!」
「こんにちはシェイラさん」
「今日はどうしたの? 新しい服を見繕いに……!?」
シェイラと呼ばれたヒト族の女性が俺の姿を確認した瞬間に固まる。彼女もリーリエに勝るとも劣らない美人だった。栗毛の長いポニーテールが素晴らしい。
そしてハッと我に返ると、がっしりとリーリエの肩に両手を置いて真剣な表情で話し始めた。
「リーリエ……人の恋路にあまり口出しはしたくないけれど、流石に相手はちゃんと選んだ方がいいわよ?」
「!? な、なに言ってるんですかシェイラさん!? ムサシさんとはそういう関係じゃありません!」
「あら、ならどういう関係なの?」
「彼は今日スレイヤーになるためにこの街へ来たんです! ただ、その……とても辺鄙な村の出身でして、ああいう服しか持ってないんです。だからこの街を歩いていても違和感の無い服を見繕ってもらおうと思って……」
「あぁ、成程そういうことね」
どうやら俺は超が付くほどの田舎者として認知されたらしい。まぁ山育ちの蛮族と紹介されるよりかはそっちの方が都合がいいな。
「えーっと、ムサシさんだっけ? 取り敢えず身体の採寸をしたいからその毛皮みたいなの全部脱いでくれる? それとリーリエは向こうにいってて頂戴。子供には刺激が強いわ」
「えっ!?」
「ウッス、お願いします」
言われた通りに俺は上着と腰巻をとり、草履も脱ぐ。暫くすると、メジャーを持ったシェイラさんが店の奥から出てきた。
「ほぅ……これはまた、すごい身体ねぇ」
「鍛えてますから」
「ただ鍛えただけじゃこんな体にはならないと思うけど……はい、腕上げてね」
そんな雑談をしながらも、シェイラさんはテキパキとサイズを図っていく。流石はプロだ。
だが、その頬はほんのりと朱に染まっている……というか、さっきからやたらペタペタと体を触ってくる。筋肉フェチなのかな?
「よし、こんなものかしら」
「お、終わりましたか?」
「リーリエ……アンタ覗いてたわね? 顔が真っ赤よ?」
「ののの覗いてませんし! シェイラさんこそ顔が赤いですよ!」
「な、なに言ってるのこの子は! お客さんの裸見たくらいでそんな……こと……」
何やら桃色の会話が繰り広げられているが、このままだといつまで経っても先に進まなそうなので俺が間に入った。
「シェイラさんどうすか? 俺の体に合いそうな服あります?」
「あ、ああそうね……ちょっと待っててね」
そう言うとシェイラさんは店の奥に入って何やらゴソゴソと音を立て始める。
店舗内にはパンツ一丁で腕を組んでいる俺と、相変わらず顔を赤くしたままのリーリエが残された。犯罪的な絵面である。
「あの、ムサシさん……せめて腰巻を……」
「シェイラさんに預けっぱなしだよ。いいじゃねぇか、下着は着てるんだし」
「そういう問題じゃないと思います……!」
まぁ正直に言えば年頃の乙女の前に裸体を晒し続けるのは良くないとは思う。だがしかし、今の俺にはどうする事もできない、不可抗力なのだ。
だったら恥ずかしがるよりも堂々としていた方が、リーリエも変に意識せずに済むのではないかと思ったのだが……無駄な努力だったようだ。
「お待たせ。一応今この店にあるもので見繕っては来てみたけど……貴方、色々と規格外のサイズだから種類はそんなにないわよ?」
「全然問題ないっすよ。ちなみにその見繕ってもらった物の中で一番安い奴ってどれです?」
「一番安いの? それだと……これになるわね」
そう言ってシェイラさんが手に取ったのは、一着の黒い上下一体型の服と大きめブーツだった。
「これは……つなぎ?」
「そうよ。本来は土木作業とかに使う服で普段着ではないんだけど……ただ値段は一番安いしサイズも大丈夫だと思うし、今の毛皮スタイルよりはよっぽどマシになるわよ。ブーツは一般的な物で一番サイズが大きい物を持ってきたわ」
「成程。しかしよくこんなサイズの物がありましたね」
「昔、サイズを間違えて発注したのが倉庫の奥に眠ってたのよ」
「あぁ、道理で……試着しても?」
「どうぞどうぞ」
俺はつなぎを受け取ると早速その場で身に着ける。
オーバーサイズなだけあって問題なく着る事が出来た。ただ全身に力を入れると一気にピチピチになるなこれは……まぁ大丈夫だろ、多分。
「あら、似合ってるじゃない」
「あざっす。手首は締められない、か。捲れば問題なし、ブーツもオッケー……シェイラさん、これでお願いします」
「いいの? 確かに一番廉価だけど……」
「いや、実は俺今手持ちがなくてリーリエに建て替えて貰う事になってるんで……ギルドでスレイヤー登録が終わったら故郷から持ってきたドラゴンの素材を換金して返す予定なんですよ」
「あら、そうなの? ならしょうがないわね。つなぎとブーツ、セットで五千ゲルトになるけど……リーリエ?」
「あっ、はい。これでお願いします」
そう言ってリーリエは財布から一万ゲルト札を取り出してシェイラさんに渡す。
ゲルトというのはこの世界におけるお金の単位で、体感的には1ゲルト=1円という感じだ。
ちなみに貨幣は魔法を用いた特殊な方法で作られており、偽造は不可能……らしい。
「はい、お釣りの五千ゲルトね」
「すまんなリーリエ。すぐ返す」
「いえいえ、この位は……あ、そう言えばムサシさんが今まで来ていた毛皮はどうしますか?」
「あー、どうしようかな」
「あの毛皮、結構傷みが激しかったから持ってても売れ無さそうだけど……もし良ければウチで処分しとくわよ?」
「お願いします!」
「まかせて。さて、これで買い物はおしまいかしら?」
「はい、何から何までありがとうございました」
「スレイヤーとして名を上げた時にはお礼をさせてもらいますよ」
「ふふっ、楽しみにしてるわ」
こうして買い物を終え、シェイラ服飾店を後にしようとした時、俺はシェイラさんに小声で呼び止められた。
「ちょっと、ムサシさん……」
「はい?」
「貴方、これからスレイヤーになるんでしょ?」
「ええ、そうですね」
「ならリーリエの事、よろしくね」
「了解っす。どの道スレイヤーになったら一緒にパーティー組んで活動するつもりなので」
「……それは、あの子の魔法について知った上で?」
「もちろん」
「そう、ならいいわ」
それだけ言うとパッとシェイラさんは俺の元から離れる。ふわっと、何だか優しい匂いがした。
「二人とも頑張ってね! またのお越しを!」
そう言って手を振るシェイラさんに、俺達も手を振り返す。今度こそ、俺達はその場を後にした。
「……お前、愛されてるな」
「? 何か言いました?」
「いんや、何でも」
不思議そうな顔するリーリエと一緒に俺は歩く。目指すは、ギルドだ。
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