第3話 魔法ってなんぞや?
無事ヴェルドラの解体が終わり、リーリエと拠点まで戻って荷物を持ち出した所で下山を開始した。
十年過ごした場所を後にし、俺達は山の麓を目指す。
「も、もっとゆっくり走って下さい~!!」
「ゆっくりしてたら日が暮れる! この山結構広いんだよ!」
「あうぅ~!!」
「喋るな、舌噛むぞ!」
背中から悲鳴が聞こえ、首に回された腕に力が入る。そう、俺は今リーリエをおぶった状態で山中を全力疾走をしていた。
しょうがないよね、普通に下ってたらほんとに日が暮れちゃうからね。断じて背中に当たるたわわの感触を楽しみたいからおぶってるとかじゃないぞ!
「おっ、道が見えてきたぞ。あそこに泊まってる馬車でいいのか?」
「は、はいぃ~。あれが私の乗ってきた馬車ですぅ~」
アカン、完全に目を回しちまってる。馬車の傍まで来た所で、俺はリーリエを地面へと降ろした。
「おう、リーリエちゃん。もう薬草集めは終わった――って、誰だその筋肉ダルマ!!?」
「あ、チッス」
待機していた御者と思われるおっちゃんが驚愕の表情で俺を見る。筋肉ダルマなのは否定できないな!
「お、お疲れ様ですタロンさん。えっと、この方は――」
フラフラとした足取りのままリーリエがタロンと呼ばれたおっさんに説明をしている。
「成程、ヴェルドラに襲われていた所をなぁ……そんなに奥まった所での採取依頼だったのかい?」
「あはは……まぁ、色々ありまして。それで、帰りの道なんですけど」
「あぁ、いいよ。二人とも乗せていこう。ただ運賃は二人分になるけど……」
「構いません。私が彼の分も出しますから」
そうか、俺は今貨幣を持っていない状態だ。人間社会で生きていく上で持ち金がないのはいかんな。
「あ、すまんな。稼いでから返すよ」
「いえいえ、助けてもらった恩もありますから」
そうしたやり取りを行った後、俺達を乗せた馬車はミーティンへ向けて出発した。その馬車の中で、俺はリーリエとこれからの事とその他諸々について話し合っていた。
「さて、街に着いたら取り敢えずギルドに行く感じなのか?」
「そうですね。スレイヤーになるための手続きをしてからギルド内にある換金所で素材を売って軍資金を作って、その後は街の武具屋に行って装備を整えましょう」
「装備、装備かぁ……」
俺は腕組みをして思案する。どうせだったら剣士とかやってみたいな、ファンタジーだし。まぁどの道俺の戦い方じゃ後衛とかは絶対無理だしな……。
「そう言えば気になったんだけど、リーリエもスレイヤーなんだよな? 普段どんな感じで戦ってんの?」
「その……実はムサシさんをパーティーに誘ったのは私の戦闘スタイルが関係していまして。ムサシさんはヴェルドラとの戦い方を見た限り近接戦闘型ですよね?」
「そうだな」
「私は魔法を用いたサポートを中心とした戦いがメイン……というかそれしか出来ないんですよね」
あはは、とリーリエが申し訳なさそうに笑う。
成程、魔法ねぇ……ん? んん!?
「魔法!? 魔法なんて物があんの!?」
「え? えぇっ!? も、もしかして魔法の存在を知らないとか?」
「知らないっす。今初めて知ったっす」
「魔法も無しにどうやってあの山の中で暮らしてたんですか!?」
「そらもう全部手動よ。火は火おこし器で確保して水は手作りの桶で運んで……」
「で、でもヴェルドラを倒した時に身体強化系の魔法を使ってましたよね?」
「いんや? 全く使ってなかったと思うけど」
「うそ……あの、ちょと失礼しますね」
そう言うとリーリエは俺の顔に手をかざす。するとその手が白い光を帯び始め、そこから伸びた光が俺の体を包み込んだ。
「おお、凄ぇ。めっちゃ魔法っぽい」
「そんな……保有魔力がゼロ……? そもそも魔力回路が存在しない? いえ、まさかそんな……」
しばらく手をかざした後、ゆっくりと光が収まっていく。リーリエは暫く考え込むような仕草をした後、意を決して口を開いた。
「信じられない事ですが……どうやらムサシさんは魔力を一切持ち合わせていないようです。そもそも魔力を流すための魔力回路自体が体の中に存在しないようなので、これでは仮に魔力があっても魔法を使う事は出来ませんね……」
「それって珍しいのか?」
「少なくとも私は今までそんな人は見た事がありません。人は大なり小なり魔力を保有しているものですし、魔力回路は生まれ落ちた時から体に備わっている器官ですから」
「マジか……俺魔法使えないんか」
「残念ながら」
うーん、これは結構ショックだ。どうせなら俺も使ってみたかったんだけどなぁ、魔法。
まぁしかし、こればっかりはどうしようもない事だと思う。そもそも俺はこの世界で生まれたのではなく、別の世界――すなわち魔法なんて物が存在しない所からここへ来た訳だから、魔力や魔力回路なんて物が備わっている筈が無いのである。
「で、でも魔法が使えないからと言ってその知識が有ると無いとでは大分違うと思います」
「そりゃそうだな。じゃあ俺に魔法について教えてくれるか?」
「分かりました。まず基礎知識としてこの世には魔力というものが存在します。魔力は、人間だけに限らず殆どの生物が多かれ少なかれ体内に持っている物です。そして魔力は、こうして今話している私達の周り……大気中にも含まれています」
ほうほう。って事は、山で暮らしていた時も俺が気付かなかっただけで周りは魔力で満たされていたって事か。
「そして、この魔力には≪属性≫というものが存在します。基本属性の≪火・水・雷・土・風・氷≫の六つに補助属性の≪光・闇≫の二つを合わせた八つで、前衛であれ後衛であれ魔法を戦闘スタイルの中に組み込んで戦う人がほとんどです」
結構属性多いな!
「で、この属性の内基本属性の六つは攻撃として用いられる事が多く、補助属性の二つは戦闘のサポートに使われる事が多いです」
「成程。だとさっきの会話を聞く限りリーリエの属性は光と闇って事でいいのか?」
「そうですね。大体一人に備わっている属性は二つから三つと言われていて、私の魔力は光と闇の二つを宿していたんですね」
「サポート系一本か。それだと確かに俺みたいな近接火力を叩き出せる人間がいないとキツイな」
「そうなんですよ……せめて光か闇の片方が基本属性のどれかだったら良かったんですけどね」
「確かに……しかしこんな事をいうのも失礼だけど、何でスレイヤーになろうと思ったんだ? サポートだけじゃしんどいだろうに」
「……憧れだったんです」
口からそうこぼしたリーリエは馬車の外へと目を向ける。
「私の父は青等級のスレイヤーだったんです。その父からスレイヤーとして経験してきた様々な話を聞く内に、いつか私もスレイヤーになって父と同じ景色を見るんだ、って……」
母には反対されましたけどね、とリーリエは苦笑する。そう話す彼女の姿が、俺にはひどく眩しく見えた。
俺に夢なんて言うものは無かった。元の世界に居た時はただ漠然と生きていただけだったし、こっちに来てからは「生き残る為に強くなる」という目標はあったものの、夢と呼べるようなものは無かったと思う。
「でも、現実は厳しいものです。他のスレイヤーの方とパーティーを組もうとしても私が補助魔法しか使えないと知るとみんな離れて行っちゃうんですよね。だからソロでもこなせる採取系のクエストばっかりこなしてたんですよ。なのでいつまで経っても等級は白のままです」
申し訳なさそうに話すリーリエは、傍から見れば夢破れた人間に見えるかもしれない。
だが俺は確かに見た。困ったように笑うその瞳の奥に燻ぶりながらもいまだ燃え続けている火を。
諦めていないのだ、自分の夢を。ならば俺が取る行動は一つだ。
「よし、分かった」
「え?」
「やろうぜ、二人で。リーリエは親父さんと同じ景色を見るために。俺はスレイヤーの頂点、紫等級になるために頑張る!」
「……いいんですか? 誘っておいてアレですけど、ムサシさんほどの実力なら私よりも他の方と――」
不安げなリーリエの声を遮り、俺は笑顔を浮かべる。
「俺はリーリエに誘われたからスレイヤーになろうと思ったんだ。そもそもあの出会いがなければ俺はこの場にいないしな。それに――」
俺は握った拳を前に突き出す。
「魔法が使えない男と補助魔法しか使えない女。中々歪な組み合わせだが……いいパーティーになれると思うぜ、俺達なら」
そう言って笑う俺を見て、一瞬ポカンとした表情を浮かべたリーリエだが――やがてその瞳に笑みを浮かべて俺の拳に同じく握り締めた拳を向けてきた。
「……ええ、そうですね。私達なら!」
「応よ!」
決意の笑みを浮かべた俺達二人の拳が、コンッという音を立てて合わさった。
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