森の奥地へ、痕跡を追って 1
気の合うバンド。山川錬は彼等のことをそう紹介したし、それは彼等と錬がもう何度も同じステージに立って演奏を合わせて来ていることからも明らかである。そんな君川宏樹、ジョー、江藤
ばかとかあほとか、言ってやりたかった。アドリブでどんどん自分の世界へ入って行って、挙句その場でありがとうとだけ言って霧の中へ消えてしまうんだから。そして抱きしめてやりたかった。その骨が折れて皮膚は溶け合い、二人が一体になるまで。しかしそういった言葉は喉のところで堰き止められて引き返しを迫られ、そういった行動による主張も体が金縛りにあった様に固くなってしまったので無理だった。香菜に可能だったのは涙が零れ落ちそうになるのをほのかに口角を上げた無理なほほえみで止めることだけだった。並んで歩き出すと雨が降って来て、じきに大降りになったので香菜は助かった。傘のない二人は音の跳ね返るアスファルトの上を観念した様子でゆっくりと歩いて駅へ向かった。全身を濡らして電車に乗るのはためらわれたが、車内に人は少なかった。錬の家の最寄り駅で外に出ると、東京の夜の夏の雨はもう止んでいた。香菜はまるで錬の冷たい手に導かれて特別な世界――森――へ足を踏み入れてしまったかの様に思った。並ぶ電灯が道を示す暗い住宅街の区画には二人の他に誰もいなかった。香菜は錬の手を握りしめた。思った通り、雨の匂いをまだ含んでいる冷たい手だったのですっかり嬉しくなった。涼しい風が無断で立ち入ってはいけない森の木々が示す忠告の様にふと吹いて、香菜は隣の湿った服に体を密着させた。
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