第25話 浅野崇―2017年9月20日

秋の進路相談の期日が迫っている。


ああ、くそつまんねー。

浅野は最近、元気がない。



昨日、駅のホームで七原を見かけた。

他校の女の子と一緒だった。


「やだあ、令くんたら」

そう言いながら、七原の学生服の胸を軽く女の子が叩く。

「いや、ホントだって」

そう言いながら、女の子のおでこに唇がつきそうなくらい顔を近づけて、

くくくっと七原が笑う。


七原、あの子ともうヤってんのかなと浅野は思う。


ヤッてるに決まってる!!

と閃いた瞬間、いつものAV脳をフル活用して、二人のカラミを浅野は想像しようとした。


けれど、女の子に手首に包帯が巻かれているのと、

首筋に首を絞められたような赤黒いあざを見て、

一瞬で萎えた。

顔はカワイイけど、ヤバそうな女の子だ。



べつに羨ましくなんかねぇ。

アユさえいりゃ、俺はいいんだ。

脳内シコパーアダルト放送大賞女優賞のアユさえいりゃ、

俺は一生、生きてける

ん、なんか違うな。

一生、シコれる?


でもそれもあと数カ月。

3月には卒業だ。


アユの気を引きたかったら、鈴木みたいに引きこもりにでもなるしかねえ。


いいかも!

案外、家にひきこもって、アユとリアルAVみたいな夢の生活。


想像したら、


「あんっあんっあんっ」


と浅野の脳内で、主演女優のアユがあえぎ始めた。


「タカシくんのおっきぃ・・・」


うんうん。そーだろ、そーだろ。


「中に当たる、当たってるのぉ、変になっちゃうーーー」


中、中ってどこだ。


ほらほら、アユ、言ってみろ、言ってみろ。



「ワンワンワンワン」



ん? ワンワン?


「ちょっとー、兄貴ーー!


こんなとこにくっさい靴下、脱いでおかないでよー、殺すよ!」


「たかしー。今日はあんたの好きなカラ揚げだよー。ほら、早く降りといでーーー」


ああ、家には両親も妹も犬もいる。

そんなわけにはいかねーか。



あーあ、なんか人生破滅の音が聞こえる。

俺の頭ん中、カラカラ音がしそう。


からっぽ。


例の鈴木みたいに、親が殺人犯とか、ひきこもりになる正当な理由があるやつっていいよな。

俺なんてさ、

どーせ、倍率がひくい適当な地方の私立大学行って、

そこでまあ、顔はブスかもしんないけど、カラダはめちゃくちゃいい女の子を彼女にして、

4年間またバカやって、いやでも社会に押し出されてくんだよな。

どうせ、クソつまんねー仕事につくんだろな。

ああ、つまんねー。

つまんねー。



そんなこと思いながら、屋上で一人でパン食ってたら

浜本がきた。


妙に顔色が悪ぃ。

白くて、むくんで、幼稚園児が紙粘土で作ったような顔をしている。


そういえば七原が抜けて、

アユへのいたずらもなんとなくトーンダウンしてなくなったタイミングで、

三谷がいきなり転校した。


三年の秋に転校って、何だよ、俺らに一言もアイサツなしかよ。

いろいろ、遊んでやったのによ。

とみなでブツクサ言っていたもんだが、


浜本は三谷を特に気に入ってたから、しょげかえってるんだろう。


浅野は浜本の顔を見た。

将来ハゲそうな天パ以外は、平凡な顔だ。

無差別殺人犯とかが、どこにでもいそうって言って、

まっさきに包丁で刺しちゃうような顔。


こいつも、セーブもロードもリセットも勇者も見当たらないような

俺と同じくそつまんねー人生を、過ごすんだろうな。


カラリーメイトを齧りながら、浜本が言った。

「なあ、鈴木の親父、あの一朗って怖くね?」


「はあ、怖いって何が?」


「だって、殺人犯だぜ。

眠ってる間に人殺して溶かしてんだぜ? 

授業中にさ、マシンガンとか持って教室に入ってきて乱射とかしねーかな?」


「はあ?」


「で、寝てました。殺人は故意じゃなかったんですって言うんだよ」


浜本は真剣な顔で言う。

マジでそう思っているらしい。


「バッカじゃね。お前、ゲームのやりすぎ」


「あの親父さ、いつもマメに庭とか掃除してんじゃんよ。

あの気持ち悪い腕とか、えぐれた頬見るとさ、夢に見んだよ。

自分が生きたまま、硫酸入りドラム缶に突っ込まれて溶ける夢」


「いいじゃん、どーせ、俺たち、生きながら死んでんだから。」


浜本は少し黙ってそれから言った。

「そうなんだよな、受験とか就職とか、そういう現実のが怖いんだよな。

俺、硫酸の海で溶けるのに、何が怖いかよくわかんねーんだ。

夢の方がリアルでひりひりしておもしれーんだよな」



浜本と二人で顔を突き合わせて、ぼんやりしてたら、憤上が来た。

「よう」と手を軽くあげる。

相変わらずのカッコつけた格好だ。

アユにふられまくっての、知ってんぜ。


浜本が

「なあ、せんせー、なんで教師になったの?」

と聞いた。


ニッと憤上が笑った。

「そうだな、いろんな人間の人生に関わるのが面白いからかな」

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