第24話 七原令馬―2017年9月10日

今日は、最後のプールの授業。


保健室のベッドで寝ている七原のもとに、アユがやってくる。


布団をかぶって、いつものように七原は隠れる。


こういうとき、自分がまるで巣穴の子リスにでもなったようだ。


アユがいつものように、パイプベッドのパイプを握る。

ギシッと、ベッドに体重がかかる音がする。


でも、今日のアユは、なんかいつもと違う。

緊張感みたいなものがあった。



「令馬くん、私、知ってるのよ」


知っているって何だ。


俺がアユにつけた、マブタの、肩の、手のひらのハンコのこと。

浅野たちに入れ知恵して、あんたの下着を燃やさせたこと。


そんなの

何を知られてても構わない。

俺が一番、知られたくないのは・・・。



アユが言った。

「ごめんね」


ベッドに腰かけていたアユがスカートをまくりあげたのが見えた。



「令馬くん、服を脱いでハダカを見せて」



七原は布団をはねのけて、アユのスカートの中を見た。

そこにはスポーツ用のイエローのハーフパンツがあった。

拍子抜けした七原を、アユの真剣な目が見つめいた。


「見て」


そう言ったアユの白い指が、そっとハーフパンツをめくった。


「シカオ」


七原の目は

へったくそな文字で刻まれた男の名前を見た。


「何これ?」



「高校の時につきあっていた彼につけられたの。

先生のヒミツ。

バレたら、学校をクビになっちゃう」


はあーっと七原は息をついた。


「なんで、こんなもん、俺に見せるの?」


誘ってるの? ヤリたいの? 

バカみたいにそう言えたら、どんなにいいだろう。



アユが、七原をそっと抱きしめて言った。


「私、知っているよ」


やめろ!


七原は顔をそむけた。

いったい、俺の何を知ってるんだよ。



「令馬くんのカラダとココロに、たくさんのたくさんの傷があること」


七原は、


なんでわかるんだよ。


と言って、自分の体を抱いた。


「プールが始まってから、ずっと落ち着かなくなったよね。

私も同じだからわかるの。


この『シカオ』のおかげで、授業のプールで着る水着も、

下着も、ハーフパンツ型の面積が大きいのしか着れなくて。

修学旅行とか、交流キャンプでも、大きな絆創膏貼って隠してさ」


「何も話したくない」

七原はそれだけをやっと喉の奥から絞り出すようにして言った。


「聞いて、令馬さん。

このベッドで毎日、あなたが待ってたのは、私じゃないんでしょう」


「何を言っているんだ、俺はただ授業をサボっていただけで、誰も待ってなんかいないよ」


アユは言った。

「私が保健室を出たあと、あなたが子どものように深い眠りに落ちること、知っているの。


令馬さん、家で、安心して眠れないんでしょう?


あなたのいた中学校に問い合わせたの。

もともと成績はよかったのに、中学2年の時、突然、授業でたびたび居眠りするようになって、成績がどんどん下がって、工業高校に行くことになったんだって。


たぶん、中二、15歳か16歳のときにあなたは・・・」



七原は泣き出した。


「俺は、小さな頃からずっと母さんに虐待を受けてて、それで、それで、、、」


中二とのときに寝てたら、母さんにハダカでのしかかられたこと。


乳首やヘソや、下半身に噛まれた跡が幾つも幾つもあること。


タバコを押しつけられた跡が、服で隠れる部分にまんべんなく分布していること。


人前で服が脱げないこと。


初めてできた彼女に、「大丈夫だから」と言われて、


体を見せて


「これ、ヤバすぎ、ごめん、無理」と言われたこと。



全部全部、七原は話していた。



全部聞いたあと、アユは言った。


「辛いかもしれないけど、カラダをお医者さんや警察の人に見せられる?

虐待の証拠が必要なの。

お母さんと離れて、令馬さんが二度と傷つけられないようにしてあげるから」


七原は顔を上げた。

「でも!、もう高三の秋になる時期で、今、家を出たら、進学に響く」



アユは言った。

「学校のことなら、大丈夫。用務員の鈴木一朗さんが雇われてから、

校長や理事たちの気持ちが変わったの。

肉体的なハンデや経済的な問題をある生徒には、

できるだけ配慮するって、そう言っているから」


七原は、鈴木一朗の頬の肉がえぐれた顔と、血管と神経がむきだしの両手を思い出した。


「わかった。とりあえず、俺、どうしたらいい?」

アユは、泣いて真っ赤になった七原のまぶたに、人差し指と中指を伸ばした。


その人差し指には「田中」の文字があった。

ああ、鈴木の家にまた、この人は行っていたんだと七原は思う。



マブタに触れる2本の指。

アユは言った。

「とにかく眠りなさい。

私が保健室に寄付しているハーブのアイマスクをあげるから、

それをつけてぐっすり寝なさい」


そう言って、アユはギシッとベッドを鳴らして、

立ち上がると、医療箱にアイマスクを取りに行った。

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