第23話 浜本裕司-2017年9月10日

「ハンコとか、パンツ、燃やすだけじゃつまんなくね?」

甲木がニュッとデッ歯を突き出して言った。


浜本はそれを聞いた時、何言い出すんだ、こいつ。と不審がわいた。


「マンネリだって、アユもそろそろ飽きてきてると思うんだよね」

まるで、ピッチャーに出す配球指示みたいな言い草だ。

甲木は野球部でキャッチャー、学年では意外に頭がいい方だ。

ただ、顔の造作がふざけてる。

坊主頭の下には下がり眉、小さな目、とがった小さな鼻がしゃべりだしたとたん、

絶望的に売れないお笑い芸人みたいになる。


「例のさ、アユが通っている鈴木って卒業生、

親父の起こした事件が結審したんだよ。」


「決心?」高橋が言う。

浜本にもよくわからない。


「有罪か無罪か決まるってこと」

甲木が鼻をほじりながら言う。


「で、それがー?」

高橋の声が間抜けに響く。


「無罪になったからさ。俺たちで鈴木家のお祝いしてやんない?」


「なんかおっもしれーことすんの?」

高橋が飛びあがるように言う。


俺は深く考えずに、この時の甲木の案にのったことを、

後から死ぬほど後悔することになるとは微塵も思っていなかった。


    



そのあと、甲木、高橋、吉井と一緒に四人で、学校帰りにミニ・火炎放射機を2台持って、

鈴木の家に行った。


三谷も誘ったが、お腹痛いと言って、早退していた。


吉井と一緒になって食わせた、バッタの足が胃袋にひっかったのかもしれない。


食わせる前にライトセーバーで、よく焼いたんだけどな、よええな三谷と、浜本は思った。



「除草」という名目で、鈴木の家の庭の草でも燃やそうということになったのだ。

鈴木の家は家人がひきこもりだけあって、庭木と草がぼうぼうに茂っていた。



二階、鈴木の家の窓ガラスが割れているのを見て、


なんだ、俺たちじゃなくってもみんなやってんだと、浜本はそんなことを思った。


四人でめちゃくちゃに庭草を焼き払っていたら、近所のババアが

「あんたたち、何しているの?」と聞いてきた。


「俺たち、この家の鈴木君のお友達なんです。庭の草の除草を頼まれてやってます」


四人の中では一番、見た目がいい吉井が、真面目ぶった顔でしれっと答えると、


ババアは、ちょっと不審そうな表情を浮かべたが、それでも

「まあ、よく気を付けてやるのよ」と言って去っていった。


草を燃やして、スッとしたのは最初の30分だけで、すぐ全員が飽きた。


「奥に納屋あんじゃん。あれ、燃やさね?」

 甲木がそう言うと、


高橋が「だねーー!。どーせゴミしかつまってないっしょー」


四人は納屋の壁に落書きするみたいにライトセーバーもどきで切り付けた。

しかし、納屋にはなかなか火がつかなかった。



「んだよ、つまんねーな。ほい、バッター交代」

浜本がライトセーバーもどきを、甲木に渡したその時、

びしゃっと大量の液体が全身に浴びせられた。



「うわっ!」


「うべえっ」


あちこちで、声がした。


浜本は液体を浴びた瞬間、ぞわっと総毛だつ感覚がした。


そうだ、この家の親父は人を殺して、濃硫酸で溶かした奴だった。

じゃあ、その息子だって・・・。


その液体が、硫酸やガソリンだったらという恐怖で、浜本は少し漏らした。




「てめ、あにすんだよ!!」

吉井が二階を見上げて、窓をにらみつけた。


そこには窓を開けて、バケツを持った筋肉質な青年が立っていた。

長い前髪の奥から強い光を放つ目、4年前に高校を卒業したんだから22歳のはずだが、

浜本には、それよりもずっと大人びて見えた。



次の瞬間、四人は大量の水にぶっとばされた。

青年がホースを持って、無表情で四人に浴びせる。

「あばぶぶぶぶぶ・・・」


ホースの先に水圧を調整する器具でもとりつけてるのか、水が痛い。

全身がぶたれているようだ。

    


しょんべんを漏らしたのも全部、水で流されてラッキーと思う一方で、

浜本は、隣で悲鳴をあげている三人に、

「なんかこれって、ちょっと生きてるって感じがしねえ?」

と言ってみたくなったのだった。




それからだ。


浜本が、用務員鈴木一朗の赤黒い血管と神経が透けた両手で持ち上げられ、

生きたままドラム缶に満たされた硫酸液の中に沈められる、

コバルトブルーの夢に苛まされるようになったのは。


夢の中で浜本は、


煙をあげて、

しゅうしゅうと溶けていく溶けていく。


「助けっ・・・」

声を上げようとする喉に流れ込む硫酸。


ごぶごぶどろどろどろ沈んでいく沈んでいく・・・

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