第16話 アユ-2017年7月10日

顔と腕と頭に、ガラス片で切った傷から出た血が滲んでいた。

その日、泡立てた石鹸の泡が、アユの全身にしみた。


肩には


昨夜と同じく


「田中」


がいた。



翌朝、右マブタにも


「田中」はいた。


学校に行くと右の手のひらに


「田中」


が現れた。



鈴木の家に行くと右の人差し指に


「田中」


が現れた。


毎日毎日、


「田中」は


アユの体に現れた。




そして同じように、盗まれる専用の下着は相変わらず、

デスクの引き出しから盗まれ続けた。




同僚の憤上は、毎日、デートに誘ってくる。

アユは、たまに昼食につきあった。




夏休みが終わった。


9月1日、登校日。


アユは出勤してデスクの引き出し。


その下の段には、


横書きのハンコがぎっしり並んでいる。

3年B組、担当クラスの30人分、すべて男だ。


「浅野崇」(あさの たかし)

「甲木健一」(こうき けんいち)

「砂田彰」(すなだ あきら)

「高橋幸生」(たかはし ゆきお)

「七原令馬」(ななはら れいま)

「浜本祐司」(はまもと ゆうじ)

「三谷透」(みたに とおる)

「吉井直樹」(よしい なおき)

・・・・。


アユは知っている。


7人全員が愚かな「田中シカオ」だということを。



うふっと笑ったアユに、

憤上が言った。


「ニュースで見ましたよ。

鈴木んとこの親父さん、無罪判決出ましたね。


今日、釈放ですよね」


「ええ。よかったです」


アユがそう言うと、憤上は怪訝そうな顔をした。


「人ひとり殺して、遺体を薬品で溶かして処分して、


それで無罪って、


正直、俺には納得できないすね」


「でも、殺そうという殺意のあった故意ではなくて、


夢の中のことですから。


鈴木君のお父さんには何の罪もありませんよ?」


「そうなんですけど」


憤上は、これ以上話しても意味がないなと、

話を打ち切った。


「あっ、そろそろ昼休み終わりますよ。次、プールの授業でしょ? 


中田先生」


「ええ、憤上先生も、次は第二実験室でしたよね?」

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