第13話 2013年3月5日
濃硫酸ドラム缶殺人事件
【事件経過】
以下は鈴木一朗、(後にSといわれる)の供述に基づくものである。
3月5日、この日、高校の卒業式を迎えた鈴木の息子、琢磨のお祝いをしようと言って、日ごろから行き来があり、仲が良かった独身の上野聡(うえのさとし)が焼酎と刺身盛りを持って、鈴木の家を訪れた。
息子の琢磨は、二人に夕飯だけつきあい、早々に自室にひきあげた。
「特に話すこともなかったから」というのが、琢磨の証言だ。
一朗は、体質的に極端に酒が弱かった。
上野と話し込んでいるうちに、いつの間にか、寝てしまい、
起きたら、居間に一緒に酒を飲んでいた上野はいなくなっており、
おかしいなと、玄関に出ると、上野の靴がある。
上野の車をとめさせたガレージに行ってみると
そこに、濃硫酸の入ったドラム缶があった。
白煙が上がっている。
間違いなく危険物だ。
なぜ、こんなものがガレージに?
そう思った一朗は口元を手で押さえて、ドラム缶を覗き込んだ。
そこには、上野の金属フレームの眼鏡が浮かんでいた。
そして、その時初めて、自分の手のひらがひりひりすることに彼は気づいた。
そこには濃硫酸に溶かされて、皮膚が赤くずるむけた自分の手のひらがあった。
一朗は、すぐに近所の交番に出頭した。
「酒を飲んで寝ている間に、どうやら同僚を殺して、濃硫酸で溶かしたようだ」
最初は、交番にいた巡査は、その言葉を信じなかった。
巡査から見た鈴木一朗はいかにもひ弱そうで、顔が赤く、酒臭かった。
酔っ払いのたわごとだと、判断した。
しかし、
「本当なんです」
と繰り返し、骨までむき出しになった両の手のひらで、しがみつく一朗の様子に
やっと巡査は、これは本物の事件だと気が付いた。
一朗に伴われて、巡査は一朗の自宅を訪れ、そこでガレージの中にある、ドラム缶を見た。
一朗の言った通り、確かに青い濃硫酸液がなみなみとドラム缶を満たしていた。
そこには眼鏡の金属フレームと黒い小さなシャチハタが浮かんでいる。
見たものはそれだけなのに、巡査は、ドラム缶の中に遺体が沈んでいることを確信した。
ドラム缶から立ち上る白い煙は、まがまがしく巡査の全身を刺した。
巡査の通報によって、警視庁捜査一課の刑事および鑑識ら捜査官が鈴木の家に到着した。
上野聡の死体が沈んでいると思われるドラム缶は厳重に梱包され、警察に回収された。
缶の底に穴が開けられ、中のコバルトブルーの液体がすべて出された。
ドラム缶から出たのは、
十円玉と、眼鏡の金属フレーム、プラスチック製のシャチハタ「上野」、
プラスチック製のワイシャツのボタン、ビニール製のカード入れ、鞄の金具だけだった。
上野の肉体は、すべて濃硫酸の青い海に溶けていた。
そのため、上野の死因は不明となった。
上野と鈴木一朗は、会社でもプライベートでも仲が良く、動機も不明。
4年にわたる裁判の争点になったのは、
本当に鈴木一朗は、証言したように睡眠時に上野を殺害したのかということだった。
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