第9話 七原令馬―2017年7月10日
今日も、七原令馬(ななはら れいま)は保健室のベッドの上で、
アユが来るのを待っていた。
来た!
布団に潜り込む。
いつものように、アユがベッドのパイプをつかむ。
ギシッと音がなる。
「令馬さん、体育だってちゃんと出ないと単位、取れないよ。」
布団からこっそり上目遣いになって、自分に話しかけるアユを見る。
真剣な顔で、七原を見ている。
「プールに出なくても、単位が取れる方法、もう一度、校長にかけあってみるから。
だから、七原くんも、ね? ガンバロ」
その声は、
「七原くんのこと、全部、わかってる。大丈夫だから」
と優しく言っているように七原には聞こえる。
けれど、
だまされないぞ!
と七原は思う。
クラスメイトの甲木(こうき)の話じゃ、中田アユは、男子高生を誘惑する淫乱だ。
職員室の引き出しの中に、過激な、ほとんど面積のない紐みたいな下着を入れて、
それをお気に入りの男子生徒にだけこっそり見せて、欲望をあおって、愉しむ趣味があるという。
自分はそんなものを見せられたことがない。
野球部で坊主頭、出っ歯であんまり冴えてない甲木は、見たことがあるというのに。
それだけじゃない。
4年前に卒業した男子生徒が卒業後に引きこもりになったのを知って、
もう担任でも何でもないのに、毎日、学校帰りにそいつの家に性欲処理に通っているという。
性欲処理って、天使なのか、アユは。
でも自分は、こうして毎日、保健室のベッドでアユを待っているが、一度も誘惑されたことがない。
長めの髪、ハムスターのようなより目で童顔。
通学の電車では、「あの人、カッコイイ」「顔がカワイイ」と他校の女子高生に囁かれることもある。
今朝も、他校の女の子から、ホームで手紙を渡された。
「好きなんです」
と言う目が、恋愛っていう幻想に欲情していた。
ドロドロに。
手紙には
「あなたの顔を見ると、ドキドキします。
お友達からはじめて、
それでいつか彼女になれたらいいななんて、
一人で勝手に思っています…」
とかなんとか書かれていた。
ドキドキじゃなくて、ムラムラだろと、七原は手紙を丸めながら思った。
俺のこと、何にも知らないくせに。
そんで、彼女になったら、
「こんな人だったなんて思ってなかった」
って勝手に逃げてくくせに。
俺はダメなんだー。
きっと、一生、誰とも付きあえない。
なのに、アユは
どうして、毎日、俺が体育をサボって保健室にくると、様子を見にくるんだよ。
俺のこと、別に好きじゃないんだろ。
どうして、そんなに心配そうな目で、俺のこと見るんだよ。
「じゃあ、令馬さん、そろそろ行くね。
次は憤上先生の化学だから、出るんだよ」
ギシッと音がして、アユがパイプベッドから、手を離して、
離れる気配がする。
布団から、こっそり見る。
手を振って去るアユの右の手のひらには、赤い
「田中」
が刻まれている。
保健室を出る直前、アユが医療用品の入った木箱を開けて、
ハーブのアイマスクと肩こり用のしっぷを取り出すのが見えた。
ほら、あいつはドロボウだ。
いくら、立派なことを言ったって
学校の備品を盗むドロボウなんだ。
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