第7話 鈴木琢磨-2017年7月10日

鈴木琢磨(すずきたくま)は、4年間ずっと家に引きこもっている。


自分の部屋で、膝を抱えて、カーテンの隙間から窓の外を見つめる。

玄関に差し込む夏の日差しが見える。

光ー。

今の琢磨にとって遠い遠い光景だ。


部屋の隅には、畳まれたユニフォームとグラブ。それからダンベル。

カーテンレールには洗濯物のかかったハンガーがずらり。

机の上にはノートパソコン。


ベッドの上には、毎日、アユがくれるメモの山がなだれている。

メモにはその全部に、「中田」と赤いアユのハンコが押されている。





琢磨は毎夜、夢でドラム缶を満たすコバルトブルーの海を見る。



プカプカと浮かぶ眼鏡の金属フレーム、その横に浮かぶ黒いシャチハタ。

あれはきっと


「上野」だ。


硫酸の海から眼鏡をかけた上野の頭が浮かび上がる。

しゅうしゅう、白い煙を出して溶けながら。


にょっきり突き出た顔は、眼鏡越しの目は、琢磨をドラム缶の濃硫酸風呂に一緒に入ろうと誘う。


赤いただれた手で。


その度に、琢磨はダンベルを握り締めて、おもいっきり上野の頭をブン殴る。


「ゴツッ」


上野の頭蓋骨が割れる音。


忘れたくても、絶対に消えないあの音。


ダンベルで殴られた上野が沈む。




ハッハッハッハッ!


汗びっしょりになって目覚めた琢磨は、部屋の隅に行って、グラブの匂いを嗅ぐ。


その生々しさに、このグラブは生きていると思う。


動物の臭いがすることにとてつもなく安心する。



この部屋の中にいる、自分はとっくに死んでいるのに。

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