第三楽章 -決意の音-
episode12:狂姫ならぬ凶器そのものじゃないか
僕には欲しいものがあった。
それが何なのかと聞かれると、具体的な名前はいまいちわからない。
敢えて言葉にするのだとすれば、それは「光」だと思う。
その光が純粋に欲しくて、ただがむしゃらにそれを追いかけた。
何度も、何度も……。
いつしかそれが欲しいと思い、自分の手が限界になるまで音を奏で続けていた。
そんな、都合のいい光があるわけがない。
それでも僕は、何かに縋らずにはいられなかったのだ。
縋って、求めて、追いかけてを繰り返して……。
そんな毎日から僕は抜け出せないでいた。
色で表すならそれは曖昧な玉虫色のようで……。
消えそうな夢のような曖昧な白い光。
それが手に入ったらきっと……。
僕は僕でいられると思ったから。
今日も飽きずに、必死に追い求める。
それが、僕の罪であり罰と言わんばかりに。
決して掴まえることができない光を必死に追いかけ続けるのだった……。
♯♯♯
あれから二週間が経過し、正月が過ぎた頃だった。
相変わらずお金を稼ぐために、アルバイト生活に明け暮れていた僕は久しぶりの休みにソファでゴロゴロ寝転がりながら溜まっていた小説を読んでいた。
すると、スマホ画面に「東雲静」と表示された無機質な着信音が鳴り響く。
「……はぁ」
「パパ、出ないんですか? しーちゃんからですけど」
「んー……」
Project白雪関連のことだろうから今は出たくない。
さらに本音を言えば、手元に置いてある本の続きが気になって仕方ないのだ。
白雪には悪いけど、ここはパパとして社会で生き残る為のニート候補生直伝の特別授業をしてやろう。
「いきなりだけど、これからいつでも社会に出られるように一つ。社会人としての知恵を授けようと思うんだ」
「社会人の知恵ですか? それは嬉しいですけど……って、それよりしーちゃんからの電話に出なくてもいいんですか!?」
「……そう。今のこの状況がまさにそうなんだよね」
「えっと? それってどういう……」
「僕は今本を読んでいて電話に出たくないんだ」
「はい」
「そんなときは、あえて電話に出ないという習わしが日本では広がっていることはご存知かね?」
「ええと……それって、つまり……」
「ふむ、これは社会人になってから結構使える技術だから白雪も覚えておくといい。ということで、無視しよう」
「えっと……パパ? それって居留守ってやつなんじゃ……」
「日本ではそういう言い方をすることもあるし、ないこともあるかもしれないし、そんな気がしなくもないよね」
「あるのか、ないのかよくわからないですが……。もしかして、パパは……」
ジト目で見てくる白雪に気づきながらも、さっと横に視線を逸らしながら答えることにする。
「面倒です。今本読んでるし、今日は絶対家から出たくない。以上」
「あ、もしもしー? しーちゃんですか? 今パパに代わりますねっ!」
「あっ、バカ。なんで電話出てるんだよっ!?」
「もうっ、居留守なんて使ってはダメですよ! はい、どうぞっ!」
「……くっ、仕方ねーな」
僕は仕方なく白雪からスマホを受け取る。
勝手に電話に出た仕返しも兼ねて白雪の膨らんでいる頬を人差し指で軽くちょんちょん押して「わわっ、パパっ!?」と、慌てふためいている姿に少し癒されながらもスマホを耳を当てる。
「えー、コホンッ……。ただいま、早見優人は電話に出ることができません。ご用の際には一度電話を切り」
「居留守の上に、ふざけているとCRS時代の君の黒歴史を白雪にバラしてやっても」
「はい、すみません。なんでございましょうか?」
「ふっ、それでいいんだよ。今から白雪と一緒にCRS舞台館に来てくれ。白雪には荷物の中に白いドレスがあるからそれを着せて必ず来るように、以上」
「またいきなりですね、今忙しいんですけど……」
「本を片手にソファに寝ころんでいる奴が忙しいものか」
「えっ、何で知ってるんですか!? まさか、カメラとか仕掛けてたり……」
「はぁ……君ってやつは本当にしていたのかね」
「あーいや、今ちょうどバイトに行く前でー、あははっ」
「すぐにバレる嘘をつくんじゃない、全く……。白雪を連れて必ずきたまえ。頼むよ」
「あ、ちょっと……って、切れてるし」
そう言って、最後まで聞かずに電話を切る狂姫こと東雲静。
てか、誰だよ。
狂姫って二つ名をつけたバカ野郎は。
狂姫なんて生易しいものじゃないぞ。
「狂姫ならぬ、凶器そのものじゃないか」
ため息をつきながらも、さっきの会話が聞こえてきたのだろう。
横で今にもはしゃぎ出しそうな白雪を見て、素直に諦める。
言われたとおり、荷物から白雪のものであろう白いドレスを取り出し、僕も久しぶりにドレスコードを着て準備をする。
「パパ、早く行きましょう!!」
「こらこら、その白いドレスだけじゃ防御力全然ないからね?」
「そうでしょうか? 私なら全然いけますが?」
「バカ言うな。僕が世間から冷たい目で見られるっての。ほら」
そう言って、このあいだ買っておいた赤のダッフルコートと緑色のチェックマフラーを首に巻いてあげる。
「わわっ」
「これでよし……っと。寒くないか?」
念のため確認を取ると、少々呆れ気味で僕を見ていた。
「……あのですね、パパ」
「ん?」
「私が何歳だったか覚えていますか?」
「十歳だろ?」
「ええ、そうです、十歳です! 十歳になれば一人で着替えもできるし、マフラーだって巻けるんですよ?」
「そう、なのか?」
「そうなんですっ! パパがすごく優しいのはわかりますけど、甘すぎます! 胸焼けするレベルで甘々ですっ!」
「お、おお……」
「心配なのはわかりますが、このままだと私がダメダメになってしまうのでこれからは頼りたいときにしっかり頼りますので、甘々モードはこれからなしでお願いしますっ!」
「りょ、了解です。白雪さん」
前のめりで訴えてくる白雪に、思わず頷くことしかできない僕。
そこまで甘々だったつもりなかったんだけど、白雪曰く、人がダメになるレベルで甘々だったらしい。
頬を掻きながら、自粛しようと心に誓う。
そして、白雪は身支度を済ませ、ガッツポーズしながら笑顔で身支度完了の言葉を投げかけてくる。
「準備できましたっ!」
「僕も終わったとこ。それじゃ、行こうか」
この選択が大きく運命を変えることになるだなんて、この時の僕は思いもしなかったんだ……。
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