episode5:狂姫、東雲静

 

 世界各国でCRSピアニストが活躍している中、女王Ⅰのランクを持つ東雲静はその中でも異端の存在として知られている。


 演奏の際に大きく体を上下に揺らし、圧倒的な重圧プレッシャーを他の演奏者に与えると同時に、どんな難曲も狂ったように笑いながらアレンジして演奏するその姿はまるで「狂ったように演奏する女王のようだ」と言われ、狂姫きょうきという二つ名がついた。


 そんな彼女と顔を合わせるのはいつぶりだろうか。

 相変わらず、真っ赤に染まる長い髪色が目立っていた。 


「まさか、あなたが関わっていたとは……。この状況を説明してくれますか?」


「君のことだ。ある程度は状況が予想できているんだろう?」


「……あの狂姫がとは誰も思わないでしょうね」


 この情報を世間に流すことも場合によっては考えていますという意味を込めてさりげなく言葉に含ませる。

 

「流石、私を音で負かした音殺しサウンド・キルだね。それは脅しかい?」


「……もう引退したんで、その二つ名で呼ぶのやめて下さい」


「好き好んで触れるつもりもないさ」


「……あんた、どこまで知ってるんだ?」


、とだけ言っておくよ」


「っ」


 過去のことがフラッシュバックする。

 

 (……これ以上の腹の探り合いは不毛なやり取りか)

 

 そう思い、両手を上げてこの話についてはもう終わりだと僕のほうから意思を示す。


 すると狂姫は不満気ながらも、膝の上に乗せていた白雪を下して「すまない、白雪。君のパパと大事な話があるから、ちょっと向こうで遊んでいてくれるかい?」と言うと、白雪は頷いてきょろきょろと辺りを見渡す。


「ピアノと楽譜しかない部屋ですが、そこでよければ」


「……ほう、ちょうどいい」


「は?」


「ふふっ、なんでもないよ。いっておいで」


「はいっ! それじゃお話が終わったら呼んでくださいね」と言って、トコトコ僕の部屋に向かって走り去っていった。


 その様子に僕は首を傾げながらも、何事もなかったかのように狂姫は話を戻す。


「……それで、何が聞きたいんだ?」


「僕が聞きたいことは、二つ」


「二つだけでいいのかい?」


「はい」


 僕が対象になった理由とかあまり意味のない発言は避けておく。

 書類に書いてあることは真実なのだろう。

 拒否しようとすると、どんなペナルティが待っているのかわからない。


 しかも、という、この状況はもうすでに詰んでいるし、下手すれば命も落としかねない。


 (……今は大人しくしておこう)


 それに、今できる最善のことはそこじゃない。

 現段階では、なるべく情報を引き出すこと。

 それに、このProject白雪のゴールはどこか、だ。


「一つ目、白雪について教えてください」


だよ」


「……そう、ですか」


「今日本で問題になっている育児放棄ネグレクトで何千人もの子供達が捨てられているのは日本だけでなく、世界中で問題になっているのは知っているな?」


 僕は無言で頷く。


「それに付随してアルバイトや親の金で適当に生活をし、そいつにしかない才能を使わずに持て余すも増えているのも事実でな。政府もこのままでは日本経済が急降下して先進国ではなくなってしまうかもしれないとさえ懸念している。正直、今の現状に手を焼いているのだよ」


 ため息をつきながら僕の顔を見ている。

 他意がないことを心の中で祈っておこう。


「そこで政府が議論した結果が」


「……このProject白雪ですか」


「話が早くて助かるよ。君はもうこのProject白雪の意図に気づいているのだろう?」


 僕は目を閉じて考察し、結論を述べることにする。


「政府が考案したのはニート候補生と捨て子を一緒にして、両者の才能を伸ばしていければ一石二鳥。成功すれば日本経済の回復はもちろん、才能溢れる国ができるかもしれない」


「……続けたまえ」


「しかし、いきなり実行しても成功する保証はない。そこで、まずは信用のできる被験者を選んで政府側が選び実験を行う。その結果次第で今後が決まる」


 (わからないのは、何故僕なのか? ってとこだが……。とりあえず)


「なんかしらの基準に基づき、Project白雪に選ばれたのが僕と白雪だ」


「……」


「無言は肯定とみなしますよ。それに、あなたは女王Ⅰだ。僕と白雪に少なからず関わりがあるからProject白雪の責任者として選ばれた……いや、違うな。何かしらの報酬があり、それが目的で自らproject白雪に参加し、なんだかんだで協力関係の位置にいるってとこでしょうか」


「はぁ……。全く頭が切れすぎるのも問題だね。……そういうわけだ。早見少年には早くそのピアノの才能と向きあってもらって、そのピアノの腕で白雪を育ててほしいんだ」


「育てる、だからですか」


「そういうこと。……まだこの話をするのには三ヵ月以上も先の話なんだけどね(ぼそっ)」


 苦笑い気味に最後は何か言っていた気がするが、よく聞き取れなかった。


「もう一つの質問は?」


「……それは」


 僕が最も聞かないといけない質問をしようとした瞬間。

 この部屋の空気が一瞬にして変わった。



「――――♪」




 ――――僕の部屋から聞こえる一つの音によって。








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