episode3:私は白い雪って書いて、白雪って言いますっ!

 

 夕暮れ時の室内でじっと目の前の少女を見る。

 銀色の髪に群青色の瞳。

 日本人離れした透き通った白い肌はまるで雪のようだった。


「ごくっ……ごくっ……」


「美味そうに飲むね、君」


「ふぅー、おかわりお願いしますっ!!」


 上唇にミルクをほんのりつけたまま満面の笑みでおかわりを所望してくる銀髪美少女。見た目から見るに歳は10歳くらいだろうか。


 恰好は白のワンピースを一枚着用しているだけ。

 普段は節約の為につけない暖房をつけておくことにする。


 (……風邪なんか引かれても困るからな)


 温かくなるまで時間はしばらくかかるが、この温かくなる瞬間の時間もまた暖房の楽しみでもある。


 が、幾度となく微睡に誘われることになるのも否めない。

 集中してなにかをするときなんかは注意が必要だが、今は緊急事態だから仕方がない。


 つい勢いで家に連れてきてしまったが、一体何に巻き込まれているか検討もつかない。


 しかも、さっきこの子が言った僕を呼ぶ呼称が聞き間違いでなければ……。


、どうかしましたか?」


 可愛く首を傾げながらきょとんとしているのを見て「どうかしているから、困ってるんだけど」とは流石に面と向かっては言えず「なんでもないよ、おかわりどうぞ」と、できるだけ笑顔で応答する。


 (……ああ、やっぱり聞き間違いじゃないんだよなぁ)


 真っ先に考えられるのは、捨てられた子供。いわゆる育児放棄ネグレクトっていうのが一番妥当な線だろうけど、なぜ「早見優人宛」になっていたのかがわからない。


 こんな小さい子にあまり詮索はしたくはないけれど、この子がどこまで自分の状況を理解しているのかで、今後の動き方が決まってくる。


 警察か、それとも……。

 いや、できるならなんとかしてやりたい。

 僕は出来るだけ優しく彼女に聞いてみることにする。


「……えっと、君の名前は?」


「私の名前は、白い雪って書いて、白雪しらゆきって言いますっ! パパの名前は早見優人さんですよね? 知ってますっ!」


 控えめな胸を張りながらえっへんと言わんばかりに、自慢げに語るその姿は見る人からすれば何とも愛らしいが、僕の名前まで知っているのが気になる。


「うん、そうだね。どうして僕の名前を知ってるの?」


「しーちゃんに聞きましたっ!」


「しーちゃん?」


「しーちゃんは偉い人で、かっこよくて照れ屋さんな人ですっ!」


「……そ、そうか」


「はいっ!」


 うん、全くわからん。

 こんなことがあるなら、事前に子供との接し方とか習っておくべきだったな。


 とりあえず、しーちゃんという人物がこの件に関して深く関わっていることだけはわかった。

  

 あとは……。


「質問。なんで僕のことをって呼ぶんだ?」

「これから優人さんをパパって呼びなさいってしーちゃんが言っていたからです」


「なるほど」


「あとは、答え方に困ったときは上目使いで『お願いパパ。いいでしょ?』って、可愛く言えばイチコ? って。……ねぇ、パパ。イチコってどういう意味なんですか?」


「えっとそれを言うならイチロだな。ちなみに意味は、いっぺんでころりと負けることって意味なんだが、わかるか?」


 「んー?」と、人差し指を顎に当てながら首を傾げる白雪。


 おい、しーちゃんよ。

 何者かわからないけれど、あんたの目的めちゃくちゃバラされてるぞ。


「ふんふんふーん♪ いちー、こーろっ、ち、いち、ころころりんっ、えへへーっ」


 なんとも言えない微妙に音程がズレている歌だが、なんとも微笑ましい光景に自分の口許を手のひらで隠す。


 何が何だかわからないこの状況の整理をするために「おかわりのミルク、持ってくるね」と言って、一旦席を立つ。


 これからどうしたものか。警察に行って全てを任せるのが一番手っ取り早いんだが、イマイチ理由もわからずにそのままにしておくのもなんだか気分が悪い。

 

 (……質問攻めで悪い気もするが、もう少し白雪に聞いてみるとするか)


 頭を抱えながら、思わずため息が漏れる。

 すると「パパ、あの……」と袖を引っ張られる。


「ん、どした?」


「しーちゃんからパパがお手紙をパパに渡してって言われたので。これ、どうぞ!」


「よしっ、その喧嘩今すぐ買ってやるぞ。この野郎」


「え?」


「あ、いや、悪い……つい、気にしないでくれ」


 しーちゃんという人物はいい性格をしているらしい。


 例えるなら、友人から食事に誘われて今から出かけようする前に「やっぱり今日、別の予定ができたから無理になったわー」と電話ではなく、LINEで連絡が入るくらいにはイラっときた。


「……はぁ」


「あっ、ため息をついたらが逃げるんだよってしーちゃんが言ってましたっ! すぐに戻さないとっ!」


 そう言って焦った表情で僕の周りの空気を手で必死にかき集めて、その集めたであろう小さな両手で僕の口に運んでくる。


「はい、パパっ!」


 息を切らしながら僕に手のひらを指し出す白雪につい吹き出してしまう。


「くくっ……あははっ!」


「ええっーっ? パパ、どーして笑っているんですかっ!?」


 慌てふためく白雪。


「あのな、白雪。それはって言うんじゃなくてだな」


 これがどういう状況で、どんな縁なのかわからない。

 これから何が起こるのか、今の僕には全く想像もできない。

 けれど、久しぶりに笑った気がしたんだ。


「それは、幸せって言うんだよ」


 こんなに笑ったのは、いつ以来だろうか。

 いつの間にか忘れていたんだ。

 人と触れ合うことでこんなに楽しい音が奏でられるなんて。


 ありがとう、と。

 僕は、心の中で一言お礼を言った。


 そして、僕は白雪から白い封筒に入った手紙を受け取る。

 その表紙にはこう書いてあったんだ。



「――Project白雪?」


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