第28話 空の都市3

「イルド?」

 返事はなかった。

 彼女はたいてい先に帰宅している。だが、ここのところ帰りが遅い日が多い。

 トーラスは落ち着かなかった。なにが、と言われても説明はできないのだが、なにかが違うような気がしている。

 イルドと一緒に住むようになってから、まだ一年とたたない。彼女は、この都市では最も必要とされる人物のひとりだ。つまり、彼女はエイラーンの制御者だった。

 動力部の警報が気になってしまうのは、イルドがそこで働いているからかもしれない。


 トーラスは、ずっと彼女に憧れていた。とても手が届かない人だと思っていた。何しろ彼女は都市に24人しかいない重要人物なのだ。

 しかしイルドはごく普通の女性だった。真面目で仕事熱心で、思慮深い。

 トーラスは、外見だけではなくその内面を知って、なお彼女に憧れたのだった。

 彼女なら一蹴しないできちんと考えてくれるだろうと思ったから、勇気を出して交際を申し込んだ。断られても納得できるだろうと思った。

 イルドは、決して短絡的な考えをする人ではないが、冒険心を忘れてもいなかった。彼女はトーラスのことをおもしろがった。

 つまり、トーラスにはチャンスが巡ってきたのだった。すべての運を使い果たしたかもしれない。彼女と一緒に住むことになったのだから。


 じっとしていることができずに、トーラスは部屋を出た。

 イルドとのラインは通じていなかった。仕事中はいつもそうだから、まだ仕事をしているのかもしれない。

 足は動力部へ繋がる通路に向かった。職務時間外に機関エリアに立ち入る権利は、トーラスにはない。それでも行った。

 途中、どことなく騒がしくなった。

 それと同時に、通信ラインがいくつも開いた。

 また警報だ。

 しかし、混乱している。同時に処理するのが困難なほど混乱するのは初めてだった。脳内の処理が追いつかない。

 トーラスは迷いながら、広場へ出た。

 一般の市民が大勢いる。警報のアラームが鳴り響いている。

 誰もが不安そうに眼を見開いている。おそらく、全員の脳内で処理できないほどの大量の情報が流れている。

 これまで、管理エリア以外で警報が鳴ったことはない。

 なにが起こっているのか。

「ビッテ、何があった?」

 ビッテからの返答はない。

 トーラスは、管制室へ行くべきだった。

 しかし、イルドが気になった。警報の元は動力部なのだ。


 機関エリアにたどり着く前に、大きな振動があった。

 足元が揺れる。

「ビッテ!何が起こっているんだ!?」

 トーラスは叫んだ。

 どこか遠くで、断続的に大きな振動が起こっているようだ。爆発か。

 まさか、動力部が。

 トーラスは走ろうとするが、足元が揺れて思うように動けない。

 やっとの思いで機関エリアの扉にたどり着いた。しかし、扉は開かなかった。

 非常事態のコードも使えない。

 ビッテは沈黙したままだった。


 

 

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