第26話 空の都市

 不穏な音が鳴り響いている。警報のアラームだった。

 ここ最近、毎日のように鳴る。

 トーラスは立ち上がった。

 広い管制室内では誰も慌てていない。アラームに慣れてしまっているのだ。


 トーラスはアラームを切るために、ブースに移動する。

 モニタを切り替えた。管制室の壁面にいくつものモニタが現れる。

 同僚たちもやってきて、一緒にモニタを眺めた。


 動力部分に異常がある、とモニタには示してある。

 ビッテはいつもながら仕事が早い。ビッテとは、都市統治システムの名称である。

 管制官たちはビッテの手足のようなものだ。

 トーラスもそのひとりだ。ビッテの指示に従って操作し、警告アラームを切った。

 管制室内には静けさが戻ってきた。


「しかし、こう毎日異常が出るのは、さすがにおかしいんじゃないか」

 トーラスがこの仕事につくようになってから、かなり長い月日がたっている。だが、少し前までは、小さな不具合は日常茶飯事でも、警告アラームが鳴るほどのことは起こらなかった。

 ビッテの指示通りにすれば、アラームは止まる。

 しかし、それが毎日だ。


「報告はしてあるし、警告が出てるんだから上層部も把握してる。ここで俺たちにできることはあるか?」

 同僚は素っ気なく言って、自分の席に戻っていった。

「うーん。しかし、なあ……」

 トーラスは腑に落ちないまま、モニタを眺める。

 これまでに何度も、警告の原因をビッテにきいた。しかし、ビッテは「再現不可能な不明な原因」としかこたえない。

 不自然だった。


 ビッテは、この巨大都市をすべてコントロールするシステムだ。ビッテが開発されなければ、この都市は建設されなかっただろう。

 5万人を超える人々が暮らす都市だった。

 都市は空中に浮かんでいる。

 良い気候を求めて、あるいは住人の気まぐれで、移動している。

 それは長い長い年月をかけて作られてきた技術の粋だ。


 空中都市は、その技術が生み出された場所にはなかった。

 ここは、故郷と同じ宇宙ですらない。

 

 宇宙と、別の宇宙は、壁のようなもので隔てられている。

 やがて壁に亀裂があることが発見された。

 技術的困難を乗り越える発明や発見が相次ぎ、文明が猛烈な勢いで発達している時代だった。

 勇敢な祖先たちは、その亀裂を超えた。

 別の宇宙さえも手中にするために。


 移住可能な星はすぐに見つかった。多少の不整合は、技術でなんとでもなった。

 環境は故郷の星に似ていた。しかし、文明を作り出すまでの知性を持った生物はいなかった。

 原住生物の遺伝子操作は、ごく簡単なことだ。

 自らの遺伝子を組み込んで、人にそっくりな外見をもった生物が生みだされた。

 彼らは擬人と呼ばれた。

 巨大空中都市の建設には、数万人の擬人が使役されたのだ。


 擬人が空中都市に住むことはできない。地上から、都市を見上げるだけだ。

 地上には、擬人の町がいくつも作られた。

 擬人は空中都市の整備とともに、都市の住民のための生産活動を行っている。

 広大な耕作地に、大きな工場、擬人の町もまた大きくなっていったのだった。


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