第24話 麻衣

「私のおじいさまのところに、ときどき通ってくる人がいたの」

 広く、豪奢な室内だった。ただ、少し古めかしい。厚い絨毯に重いカーテン、壁には豪華な額縁の絵が飾られ、重厚な暖炉もある。

 人形のような顔をした彼女が座っていて、独り言のように、たいして面白くもなさそうに話している。

 彼女は麻衣という。

 麻衣はこの部屋に相応しい、古めかしい人形のような恰好をしている。この部屋が彼女の好みに作られているのだろう。これだけの広さの部屋を思い通りに飾ることができる、麻衣はそういう立場にある。

 部屋の隅に置かれた猫足の椅子には、男が一人いた。黒いパーカーのフードを目深に被ってうつむいて、顔は見えない。全体の感じからそれほど若くはないことがわかる。この部屋にはまったく異質の存在だった。

 彼女はその男に向かって話しているのではない。しかし、男に聞かせるために話しているのは間違いない。

 男は聞いているのかいないのか。身じろぎひとつしない。

「おじいさまはかなりのお歳でね、ほとんど部屋から出ることがなかったから、用事がある人は、出向いてくるのね。その人も、そのひとりだった」

 麻衣は少し頭を傾ける。

「初めてその人を見たのは、私が三つか四つか……定期的におじいさまのところに通ってきていたから、顔を覚えたの。それに外国人で、とてもきれいな人だったから、会えるのが楽しみで。ああ、でも本当は駄目なのよ。おじいさまのお客様に会ってはいけないの。だから、いつもこっそりのぞいていたの。はしたないけれど」

 麻衣はくすっと笑ったが、すぐに笑みは消えた。

「私が大きくなってからも、その人は来ていた。年に数回。見るたびに同じ顔をして。私は大きくなっているのに、その人は変わらない。初めて見たときの顔のまま。髪も、体つきも」

 その顔には執念が宿っている。

「十年たち、二十年たっても、同じ顔をして。歳をとらない。いつの間にか、私はあの人よりも歳をとってしまっている」

 大きく息を吸う。

「どうして?」

 その声は震えている。

 大きく息を吐く。

「……ともかく、私は知りたいの。あの人に起こっていることを。あなたに会ったのも、あの人を追っていたからだわ。何か関係があるのよ。何も話してくれないのは、話せないからでしょうけど、いいわ、話さなくても。ただ、こちらの目的は知っておいて。私は、あなたの邪魔はしない」

 ここで、男はぴくりと動いた。一瞬だけ。

「あなたは、あの男の子を追ってるんでしょう? なんていったかしら、斉藤……まあいいわ。あの人は、その子のそばにずっといる。今のところ私たちは同じ方向を向いているのよ。だからできることは協力する。私が言ってること、通じているわよね」

 男はまったく言葉を発しない。出会ってから一年近くになるが、一言も喋らなかった。

 麻衣が男を拾ったのは、海外でのことだった。男はボロボロの酷いありさまで、人間にすら見えなかった。それでも麻衣は男に声をかけた。

 言葉が通じないのも無理はない。最初はそう考えたが、そうではなさそうだった。

 男は麻衣の言うことを理解しているようだ。それと同時に、麻衣も男の考えがわかるような気がしていた。理由はわからないが、確信はあった。

「あなたも、私に協力して」

 相変わらず、男は動かない。

 しかし、麻衣は満足して話を終えた。


 秘密は絶対に手に入れる。

 それは麻衣の執念だった。



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