第22話 ごめんなさい

 ねえミヤさん、怒ってる?

 僕はどうしたらいい?


 って、直接ミヤさんに言えればいいのに。

 どうしてもそれができない。


 もやっとしながら部屋を出てリビングに向かう。

 ソファにミヤさんがいる。

「あ……」

 言葉に詰まる。

「あ……コーヒー飲もうかな。えっと……飲みます? 僕、いれてこようかな……?」

 ミヤさんが僕を見たのは一秒以下で、完全に目を伏せてしまった。

 僕はキッチンに向かった。

 今の時間、他には誰もいなかった。張り詰めた空気が充満している。


 ここのところ、みんな忙しいようで、サアルと大和は部屋を開けていることの方が多った。いつ帰ってきて、いつ眠っているのかもわからないくらいだ。


 インスタントのコーヒーを薄くいれた。ミヤさんは薄いコーヒーじゃないと飲まない。

 ためらったけど、ミヤさんに持っていった。

 テーブルに、そっと置いた。

 ミヤさんの顔は見れなかった。僕はそのままダイニングへ移動した。


 大きなテーブルに頬杖をついて、窓の外を見た。ほかに見るとこもないし。

 ダイニングの窓は小さくて、半分ブラインドが下りている。見えるのは、隣の大きく繁った樹の葉っぱだけだ。わさわさ揺れているから、けっこう風があるんだな、と思った。

 ……今日は何日だっけ?

 月日の感覚があまりない。

 もう二月だから、外は寒い。ここはいつでも暖かいから、季節の感覚も薄くなっている。

 僕はポンコツだな……


 ふいに、うめくような声が聴こえた。

 なんだ?

 僕は急いで立ち上がった。


 ソファの方を、そっと覗いてみた。

 ミヤさんがうつむいている。

 膝の上で両手を握りしめている。

 そして、泣いている。いや、泣くのを懸命にこらえようとしている。


「ごめんなさい」

 僕は思わずそう言っていた。


 この人を悲しませたくない。悲しませちゃいけない。

 と、思った。

 ミヤさんは、みんなにそう思わせる人だった。

 いつも上から目線だし、乱暴な口をきくし、すぐに機嫌が悪くなる。けど、わかる。

 落ち込んだり、傷ついたり、迷ったりしたときに決まって乱暴になる。そして、それを隠し切れない。

 すごくわかりやすい人なんだ。

 純粋すぎる人なんだ。


 だから、僕はミヤさんに嫌われたくない。


「ごめんなさい……」


 ミヤさんは言った。

「……謝んないでよ」

 僕の方を見ようとしないで。


「だけど、僕のせいで、困ってるんでしょ? ごめんなさい」

 僕にはそれしか言えない。


「そうよ……すごく困ってる。あんたのことで。だけど、それは、あんたのせいじゃない……」


「ごめんなさい……」


 そのとき、ガチャっとドアの開く音。

 ミヤさんが慌てた様子で顔を上げる。涙を隠すように顔に手をあてている。


 軽い足音は、アトのようだった。

 だけど。


「あーあ、ほんとに見てらんないよ!」

 と、顔を出したのは、アトではなかった。


 僕は心臓が止まるかと思うほど驚いた。

 彼は。


「ミヤ、大丈夫?」

 彼は、まっすぐにミヤさんに向かう。


 ミヤさんも目を丸くしている。

 涙を拭くのも忘れて。


「ヒロぉ……」

 ミヤさんの口から出たのは、知らない名前だった。


 だけど。

 彼は。


 間違いない。

 あの声も。

『高太郎は、君に何をしたんだ?』


 夢に出てきた少年だ。


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