第17話 新しい家で
「やだ、ちょっと! クウちゃん、起きても大丈夫なの!?」
ミヤさんの大慌てな声が可笑しい。僕は思わず笑ってしまう。
「おおげさですよ。大丈夫なんだから」
「でも、でもね」
僕は大破した電車から脱出したものの、そのあと気を失ってしまい、丸三日間も意識が戻らなかったらしい。
あの事故の少し前から、僕の記憶は曖昧だ。意識が戻ってから、数日間は検査を繰り返していた。それもはっきりと覚えていない。受け答えはちゃんとしていたようだ。なのに、記憶に残っていないことがたくさんあった。
結局どこにも異常はなく、十日ほどで退院できた。
しばらくは自宅安静。
自宅といっても、僕にはまったく馴染みのない家だ。意識がぼんやりしているときで、逆に良かったのかもしれない。
家は、マンションというよりは、小さなビルの中にあった。三階建ての、三階部分。そこに、ミヤさん、サアル、大和と、僕よりも少し年下のアトという少年が一緒に住んでいた。そこに僕も加わったわけだ。
二つづつベッドのある部屋が三つあるけれど、僕は一人で使っていた。たぶん、怪我人だからだ。
部屋は殺風景すぎるくらいに、なにもなかった。最低限の調度品のみ。僕の少ない荷物では、殺風景を埋めることは無理だ。
そんな部屋で寝ているのは、退屈だった。退屈すぎて、また意識がなくなりそうだった。
というわけで、初めて帰宅して室内を案内され、一通りの自己紹介が終わり、部屋に入ったものの十分もたたないうちにリビングに移動したところで、ミヤさんに慌てられてしまったのだ。
だって、このリビングは最高だった。
広さは、たぶん学校の教室くらいはある。その壁のほぼ一面が、大きな窓になっていた。明るい光が差し込んでいる。
窓の手前に、いかにも座り心地の良さそうな、大きなソファのセットがある。
建物の周囲の様子はよくわからないけれど、ソファに深く座ると、視界はすべて空になった。
ものすごく気分が良い。
リビングはパーテーションでいくつかに区切られている。
奥のほうはダイニングテーブルの置かれたスペースで、隣のキッチンに続いていた。
入口に近いところには、こじんまりした応接セットがあった。ここにはファイルの並んだ棚もあるから、仕事っぽい作業をするスペースにも見える。
それとは別に、本やら雑貨やら、いろいろなものが入ってる大きな棚と、カフェのようなカウンターテーブルのあるオシャレな感じの一角もある。
それぞれの場所に人がいても視界には入ってこないけれど、気配は感じられる。そういうのも居心地が良かった。
僕はソファに体をうずめて、ぼんやりと空を眺めた。
「ほら」
と、毛布を差し出してくれたのは、アトだ。
薄い茶色の天然パーマの頭は、たいていボサボサだ。薄い色の青の目と白い肌で、見るからに、映画で見るような「アメリカ人少年」だ。
でも喋るのが普通の日本語で、最初はそのギャップに驚いた。
「なにか欲しいものある? いまからコンビニ行くけど」
アトは上着に袖を通しながら言った。
「あ、いまはいいや……ありがとう」
アトの小気味よい足音が遠くなって消えると、いきなり静けさに包まれた。
ミヤさんも、サアルもいるはずなんだけど。
どこに行っちゃったのかなあ……
毛布にくるまりながら、差し込む光を避けて目を閉じた。すぐに眠気がやってきた。
遠くの方から、コトコトと密やかな音がしている。
ああ、やっぱりいるんだな……
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