第16話 光と闇とあたたかな手と

なにも聞こえなかった。

たぶん、耳がやられている。体のどこかが痛い。どこが痛いかもわからないくらい頭が混乱している。

苦しい。

頭が下になっているようだ。

あえいでも空気は入ってこなかった。


もしかして、死んでしまう?

これが死ぬってこと?


真っ暗だ。目を開けているのに、なにも見えない。

やっぱり、そうか……


誰かが、僕に触れた。

そっと。柔らかい手。

ああ、これは、サアルだ。

その瞬間、光が見えた。ような気がした。


だけど、光があると、そこにある闇が鮮明に浮き上がる。

恐ろしいほどの暗闇が、ある。というより、居る。

総毛立った。

これは、良くないものだ。


サアルの手が、僕の手の中に滑り込んできた。

すっ、と体が軽くなったような気がした。

見える。

聞こえる。

僕は大丈夫だ。


僕は、暗闇を凝視した。

サアルにも見えているはずだ。


『クウちゃん?』

ミヤさんだ。近くにいる。

声を出そうとした僕を、サアルが止める。

『喋らないでいいの』

僕はまた混乱した。

二人の声は聞こえていなかった。だけど聞こえている。


いきなり遠くに壊れた電車が見えた。

斜めに突き出た車両、横転している車両。線路上をジクザグに塞ぐように止まっている。ガラスが割れている。周囲は林で、人家があまりない。それでも遠巻きに人が集まってきている。

どうして、見えているんだ?

僕は電車の中にいて、目は、暗闇を見ているはずだ。


ふっ、と暗闇が消えた。

遠くに赤色灯がいくつも見えている。

助かった。たぶん。


ジャリッとガラスの破片を踏む音がして、人影が現れた。

壊れた窓から入ってきた長身の人は、傾いた床を器用に歩いて僕たちのところへ来た。

サアルが立ちあがった。つないでいた手が離れる。

「大和」

ほっとしたような声だ。

彼はミヤさんに手をかして、言う。

「行くぞ」

僕は、立てない……

「あの……力が入んなくて……」

大和に腕をつかまれた。ものすごい力で引き上げられる。

「さっさと歩け」

どうしてこの人は、こんなにぶっきらぼうなんですか……?

僕は傾いた床をよろよろしながらなんとか移動した。


外からガヤガヤと人の声が聞こえてくる。

冷静に見れば、かなり酷い現場じゃないか。

僕たちは暗闇にまぎれて、その場を離れた。



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