第13話 直登

 学校から少し離れた場所で、僕は車から降ろしてもらった。

 ゆるい坂道がずっと続いている。直登と僕は、この道をだらだらと歩きながら、くだらないことをたくさん喋りながら、毎日往復していた。

 家が並ぶ中、信号のある交差点の角に小さな店が一軒あった。コンビニになりそこなった酒屋のようで、たいがいシャッターが半分下りていた。いくつも自販機が並んでいて、それだけが賑やかだ。

 僕は、その自販機の横に立って、直登を待った。

 坂道のずっと下の方に、歩いてくる人影があった。三人。

 そのうちの一人は直登だ。遠くからでもわかる。だけど、あとの二人は知らない。

 直登は自転車をおして歩いていた。僕と一緒のときは、自転車ではなかった。僕が歩いていたからだ。僕に合わせてくれていた……

 三人が近づいてくる。僕は、なんとなく自販機に隠れるように下がった。

 声が聞こえてくる。笑い声も。楽しそうだ。

 どうして僕は身を隠したんだ。

 出ていって、「やあ直登」って言えばいいんだ。

 だけど、体は逆に下がっていく。

 声だけが聞こえている。

 誰かが言っている。

「直登、進路希望を進学に変えたんだって?」

 え?

 ものすごく意外な話だった。お母さんのために、あれほど早く働きたいって言ってたのに。

 赤信号で、三人は立ち止った。

「そうそう。なんかさー、ウチ、事情がいろいろ変わりそうで。俺もいきなりでついてけないっていうか」

「なんで。なんかあんの?」

「んー、ウチ、どうやら引っ越すらしくて。年内? すぐじゃん。いきなりじゃん、マジまいった」

「うそ、直登、引っ越すの?」

「引っ越すつーか、元の家に戻るって感じ? なんか父親と母親が縒りを戻すとかでさ、大人ってほんとよくわかんねー」

 文句を言っているようだけど、声は嬉しそうに弾んでいる。直登がどんな顔をしているのか、完璧に目に浮かぶ。

 直登は年の離れたお兄さんが大好きで、すごい人で、尊敬していると言っていた。ことあるごとに。

 そうか。

 直登も引っ越すのか。両親と兄弟がいる家に。

 僕とは、まったく正反対の方向へ。

 信号が青に変わった。

「俺、就職するつもりだったから全然勉強してないんだよ、どうしよう。マジまいった。たぶんこれから超塾とか行かなきゃダメだよなー」

 笑い声。三人の後姿。僕には気がつかないで、遠くなっていく。

 声は、かけられなかった。

 直登は違う人のように見えた。

 僕は、何をやっているんだろう。

 またね、の一言さえ言えなかった。


 ああ、なんだか、すっかり空っぽだ。

 僕の中には、何もない。


 直登、きっと大丈夫だよ。

 直登は頭がいいし、なんでも器用にこなせる。広い世界を目指せる人だ。

 僕とは違う。


 しばらく呆然としていた。

 けれど、もう行かなきゃ、と思った。

 少しほっとした。僕には、行くところがある。待っている人がいる。 

 何もないわけじゃ、ない。


 じゃあね。直登。

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